11 12月25日 Hollynightに幸せを

 程なくしてマリーの元へ、直仁様が戻ってきました。出がけには持っていたプレゼントが全て無くなっている所を見れば、直仁様の方も任務を無事完遂できたことが窺い知れました。


「マリー、ご苦労様。お蔭で助かったよ」


 直仁様は優しい笑顔でそうマリーに告げ、それを受けたマリーは顔を真っ赤にして照れてしまいました。もっとも今の直仁様は女装をしており、更にはセクシーなサンタ服を纏っているのです。これは見ようによっては百り……。


「ちょ、ピノンッ! 私、そんな趣味ありませぬからーっ!」


 ボックの言葉を聞いたマリーが慌てて否定しました。もっともそれは直仁様に聞かれようがなく、そこまで慌てる必要もないんですけどね。


「うう……ピノンは意地悪でするー……」


 そんなやり取りを見ていた直仁様でしたが、疑問が浮かんだのかすぐにマリーへ質問を投げ掛けました。


「……そう言えばあの時……子供が一人起き出した時、よく時間稼ぎが出来たな? あいつらの意識も殆どこっちに向けられなかったし、そのお蔭で俺も何とか配り終える事が出来たんだが……」


 その言葉でマリーは雪白達の事を思い出し、事の経緯を直仁様に説明しました。


「な……何っ!? 柾屋雪白がここに居たのか……まぁ、今回は彼女にも助けてもらったという事か……今度会ったらお礼でも言っておかなくちゃな……」


 柾屋雪白が直仁様に親近感を抱いている反面、直仁様はその誤解のせいで雪白に対して苦手意識を持っています。そんな雪白は若干マリーが苦手と言う、なんとも奇妙な三角関係を形成しているのでした。


「あっらー? なんだ、もう終わっちゃってたのー?」


 二人が和やかな雰囲気を醸し出していた時、ふいに暗闇から声が掛けられました。言うまでも無くその声はクロー魔の物です。


「あっちゃー……これはとんだ Miscalculate計算違い ね……。もうちょっとてこずると思ってたんだけどなー……」


 クロー魔は本当に残念そうな表情を浮かべていました。特に勝負事が大好きなクロー魔にとって、どんな事にも「負ける」と言う結果は納得いかない物なのでしょう。


「……これはスグ達の勝ちを認めるしか……」


「クロー魔、それはちょっと違うんでするー」


 クロー魔の言葉を遮って、マリーが事の経緯を説明しだしました。黙っていれば解らない物なのですが、ここがマリーの良い処でもあるのでしょう。

 時刻は12時をすっかり回り12月25日となっています。

 師走の凍てつく空気が支配する暗闇の中に立ち尽くすのも意味がない事です。直仁様とマリー、それにクロー魔はそれぞれに経緯を報告し合いながら帰って行きました。




 ―――翌日。

 朝食を終えた直仁様達は、マリーの提案で再び第1施設へと足を運ぶことになりました。色々と不思議な事が起こった夜でしたから、それが子供達にどう捉えられているか心配になったのです。


「直仁兄ちゃーんっ! 見て見てーっ! サンタさんに貰ったんだよーっ!」


 施設を訪れた直仁様達を、子供達は満面の笑みで迎えてくれました。直仁様の周りには瞬く間に人だかりが出来、直仁様は掛けられる声に一つ一つ笑顔で答えていました。


「……それでそれでっ!? 結局サンタさんは居たのっ!?」


 その人だかりとは別の場所で、裕也君、義達君、真尋ちゃんの前に二人の子供が質問の答えを待っていました。昨日「サンタは居るのか?」と言う事で揉めていた二人であり、その答えを裕也君たちは約束していたのでした。


「……いや……それがハッキリ見た訳じゃないんだけど……」


 裕也君は凄い勢いで詰め寄る二人の子供に気圧されながら、シドロモドロに言葉を濁しています。


「僕はあの影がサンタさんだと思うけどなー……」


 そこに義達君の援護射撃が加わります。サンタがいると言っていた子も、いないと言っていた子でさえその言葉に目が輝きます。


「……うーん……でもあれだけじゃーちょっと解らないわねー……」


 今度は真尋ちゃんの言葉に、子供達の輝いていた瞳から光が急激に失われました。正しく一喜一憂とはこの事ですね。


「……そうなんだよなー……俺達が戻って来た時には、もうプレゼントが配られてたんだよ……その間に人の気配なんて感じなかったしなー……」


「なぁ?」とでも言うように、裕也君が他の2人に視線を投げ掛け、それを受けた2人も頷いて答えます。結局のところ彼等にも結論は出せないという事でした。

 

「……でも確認出来ていないって事は、いるかもしれないって事だろ?」


 そこへ直仁様が声を掛けました。3人は、いえその場の子供達は全員、直仁様に視線を集中させました。


「もしお前たちが来年もプレゼントを欲しいと思うなら、今から一年間院長先生の言う事を聞いて良い子に過ごすんだな。そうすれば来年もサンタがやって来るだろうし、その時にもう一度確認すれば良いんじゃないか?」


 如何にも大人らしい言葉ですが、クリスマスとプレゼントに浮かれている子供達はその言葉で一気に盛り上がりました。

 子供で居られる時間など僅かな物です。いずれプレゼントやサンタの仕組みに気付いてしまう時が来るでしょう。しかしその時まで “夢” を持っていても何ら問題など無いのです。そして子供には夢見る時間は長ければ長い程良いのですから。





「しっかし流石スグ、施設のOBねー。言う事がしっかり Seniorityお兄さん してるじゃない」


 施設では簡単なクリスマスパーティが開かれ、それに参加した直仁様達は帰路へと付いていました。


「まあな。俺もサンタクロースの真実を知った時は愕然とした物さ……」


 いずれは通らなければならない道だとは言え、夢が現実に変わる瞬間程残酷な物は無いのかもしれません。それでもあの時直仁様が話した事で、施設の子供達はまだ “夢” を持つ事が出来るのです。子供にとって夢を見ている時間程幸せな刻は無いのですから。


「あー……私もそんな時期、確かにありましたのー……」


 恐らく昔話の中でも「サンタの真実にまつわる話」は、誰にとっても悲しく寂しい物でしょう。直仁様とマリーの間に、やはり物悲しい雰囲気が流れ出しました。


「そーだっ! マリー、結局昨日の勝負はどうなったのかしらー?」


 その場の雰囲気を刷新するかのように、殊の外明るく大きな声でクロー魔が話し出しました。昨晩はあのまま有耶無耶となっていましたが、確かに直仁様とマリー、そしてクロー魔は「配達対決」を行っていたのです。


「なんだクロー魔、まだあの勝負に拘ってたのか?」


 直仁様がやや呆れたようにそう言いました。施設でのクリスマス会ですっかり和やかになっていた直仁様と、そして恐らくはマリーもその事を忘れていたのでしょう。


「とーぜんっ! あたしはこの勝負に勝って、スグに今晩のエスコートをさせてデート費用全額出させようって決めてたんだからっ!」


 鼻息も荒く自身の野望を語るクロー魔に、直仁様とマリーは苦笑いを浮かべるしか出来ませんでした。

 結果として早く配達を終えたのは直仁様達です。しかしそれも部外者の手を借りての勝利であり、更にはクロー魔には大きなハンディキャップがありました。どちらも納得のいく結果とはならなかったのです。


「じゃーさ、クロー魔。ここは “引き分け” って事で良いんじゃないですかのー?」


「……引き分け?」


 マリーの言葉に、クロー魔がオウム返しに答え、それを受けてマリーも大きく頷きました。


「……じゃーさ……“商品” はどうするのさ?」


 商品扱いされている直仁様は怪訝な表情を浮かべましたが、クロー魔の言った要望も恐らくはマリーの希望も同じ物です。


「今年は3人でクリスマスを祝うって言うのはどうですかの?」


 しかし既に答えを決めていたのでしょうマリーは、クロー魔の問いに満面の笑顔で答えました。その笑顔を向けられては、さしものクロー魔も自儘(じまま)を通す事は出来ませんでした。


「……まったく……マリーには Desire が無いかしら?」


 呆れた顔で、それでもまんざらではない笑顔を浮かべたクロー魔がそう零しました。


「私はそれが一番嬉しいのでするー」


 そしてそう言ったマリーの笑顔はとても嬉しそうな、幸せそうな物でした。


「OK OK! マリー、その話に乗ったわ。折角だから正装してお祝いするってのはどうかしら?」


 クロー魔もすでに先程までのこだわりを捨ててマリーの話に便乗しているようです。


「正装ですかの!? それは面白そうでするー!」


「でしょー? どうせならスグの衣装も二人で見繕ってあげようよ!」


 そう言って直仁様の方を見たクロー魔の瞳には、とーっても意地の悪い光が灯されていました。


「お……おい、クロー魔っ! なんで俺まで……。それよりもその “衣装” ってのはまさか女装じゃないだろうな!?」


 その光に不吉な物を感じたのか、直仁様が慌てて確認します。


「さぁー、どうかしら? ねえマリー? どっちが良いと思う?」


「んー……私はどちらかと言うと……」


「お、おいっ! マリーッ! クロー魔っ! 俺の話を聞けよっ!」


 賑やかな三人の聖夜祭は、今晩幸せの内に催される事でしょう。




 Happy Merry Christmas!


 皆様、良い夜をお過ごしください。

 

 了

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Hollynightに幸せを 綾部 響 @Kyousan

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