第54話【師匠】

 今回は籠城ろうじょう戦の形をとるのだが、いったんは部隊を城門前に展開する。

 これには、敵の注意を引きつける目的以外に、我々別動隊べつどうたいの出撃を隠す意味合いがある。


 鍾乳洞しょうにゅうどうまでは馬で移動する。

 ララはブラックの馬に乗って移動するのだが、なぜか二人は集合に遅れてきた。


「ごめんなさい、遅れてしまいました!」


 理由は詳しく聞いていないが、ブラックではなく、ララが原因で遅れたようだ。

 まじめなララにしては珍しいことだ。

 ひょっとして、さすがに怖くなったのではないかと心配したが、そういうわけでもないようだ。


 城門前に展開された部隊は重装兵団ヘビーアーマー、すなわちテレンスの部隊である。

 整列した重装備の兵が幾重にも並んだ景観は、頼もしいと感じると同時に美しくもあった。


 1列目が敵に聖槍ホーリーランスで突進したのち、跳んで後ろに退く。

 そこへ間髪かんはつ入れずに後列がチャージをかける。

 延々と続くこの連携を正面から破るのはほぼ不可能である。


「ふっふー! 魔王狩りに参加できないのは悔しいが、城の守りは我らに任せるが良い!」


 テレンスがふんぞり返って自慢げに言う。

 憎たらしい態度ではあるが、実際、守りに関してテレンスの部隊を上回るものは存在しない。


「背中は預けたぞ、テレンス!」


 俺は馬上から手を差し伸べ、テレンスと固く握手をかわした。

 ニヤッと笑うテレンス。

 そしてテレンスは俺の下を離れ、ブラックの馬に乗るララの前に進み出た。

 テレンスの身長は2メートル30もあるため、馬上のララと頭の高さがほぼ同じ位置になった。


「ララ殿。見事モロクスを打倒し、それをご両親への土産話にされるが良い。」


「テレンスさん・・・いつも優しくしてくれてありがとうございました。御恩は忘れません。」


 ララの言葉にテレンスは答えず、重装兵団のほうに振り返って大声をあげた。


「・・・魔物は一匹たりとも城内への侵入を許してはならん! 行くぞ、皆の者!」


「うぉー!」


 重装兵団の怒号が響き渡る。

 きっと、はるか離れた敵軍にも届いたに違いない。

 それほど偉大で力強いものだった。

 我々の体にも闘志がみなぎってくる。


 テレンスがあれ以上ララに答えなかったのには、他にも理由があるだろう。

 ヤツのことだ、ララとの別れがつらかったに相違ない。

 きっと、向こうを向いた彼の頬には光るものがあるはずだ。


 ララには、それが分かっていたようだ。

 胸に手を当て、テレンスの後姿をしっかりとその目に焼き付けている。


 感謝―――。

 人間というものは、かくも美しいものか・・・。





 我々は馬を走らせ、鍾乳洞にたどり着いた。

 入口の前まで来ると、カイルの忍者部隊が音もなく現れた。


「ルーファス、洞穴どうけつ内に敵の姿は無いようだ。やっこさん、やっぱりこの抜け道には気づかなかったようだな。」


 部下からの報告をカイルが伝えてきた。

 魔神モロクスは鍾乳洞を警戒していない。

 ここまでは我々の目論見もくろみ通りである。


 馬を降りた我々は、松明たいまつを手に鍾乳洞に入った。

 念のため、透明になったシルフに先行してもらっている。


「優秀な友達だな、アイリス?」


 俺はニヤリと笑いながらアイリスに話しかけた。


「でしょー? 可愛いし、魔法も使えるし、最高よ!」


「お前には驚かされることばかりだよ。」


「えへへへー!」


 アイリスは得意げだ。

 実際、精霊を言葉を交わす彼女の能力が無ければ、シルフを仲間にすることなど出来はしなかった。


「全く―――。」


 突然ブラックが話に割り込んできた。


「どうなってんだ? 俺の精霊だぞ? 召喚者の命令を越えて操るばかりか、現世に滞在させ続けるなど、そんな話は聞いたことがないぞ?」


 苦虫を噛み潰したような顔でそう言う。

 たしかに、結果だけを拾ってみれば、召喚者の名折なおれと言ってもいい話だ。


「それは私も不思議に思っています。通常、あり得ないことです。」


 そう言ったのはルイッサである。

 魔法の生き字引いきじびきたる彼女が言うのだ、これは本当に奇跡の技なのであろう。


「あり得ないと言えばルーファス、貴様もだ。」


 突然ブラックが俺に話を振ってきた。


「何のことだ、ブラック?」


「貴様、俺の白虎の攻撃を見切っていたな?」


 忘却の塔タワー・オブ・オブリビオンでの白虎の連携攻撃のことか。


「・・・見切っていたというのは言い過ぎだ。せいぜい、『見えていた』というところだ。」


 俺を聞いたカイルがビックリして大声をあげる。


「な、なにぃ~!? じゃあ、俺の助けは無駄だったってーのか!?」


「いや、致命傷は回避できたかもしれないが、ダメージは負っただろう。無傷で済んだのはカイルのお陰だ。」


 俺たちの会話を聞いていたブラックは不機嫌この上ない顔をして言う。


「フンッ、くそったれが! あの技を食らって生き延びた奴は今までいなかったものを! まったく、忌々いまいましい!」


 俺とカイルは顔を見合わせて肩をすくめた。


「そう言えばお前、そこの女の光の剣技ライトニングソードも見えたそうだな?」


 聞いていたアイリスが怒りだす。


「誰が『そこの女』よ!? 私にはアイリスという名前がちゃんとあるのよ!?」


 ブラックは、アイリスの抗議を気にも留めず、俺に質問をつづけた。


「光速の剣ともいわれる光の剣技を、どうやって視界にとらえたのだ?」


「見えたというより、『読んだ』というべきだろうか・・・。」


 今にもブラックにとびかかろうとしていたアイリスを抑えながら俺は答えた。


「なに? 『読んだ』だと?」


「最後に習った師匠の技だ。」


 ブラックの目がキラリと光る。


「ほぉ・・・それほどの手合いがまだこの世にいるとはな。」


よわいは、もう90を超えている。」


「ちっ、じじいか・・・。」


「だが俺はまだ、師匠に触れることすらできていない。」


 それを聞いたブラックは興奮し、ギラギラした目をこちらに向けてきた。


「なにっ!? どこのどいつだ、そいつは!?」


 しまった、余計なことをしゃべってしまった。


「いずれ紹介しよう。だが―――。」


 言い終わってから、これまた余計なことを言ってしまったと後悔した。


「ブラック、お前は俺以上に苦戦するだろう。」


 それを聞いたブラックは怒り出す。


「なんだと!? 貴様、俺を愚弄するのかっ!?」


 ブラックの魔力が急激に高まった。

 両手に稲妻が発生しているのが見える。


「ブラック様、おめください! 敵に感づかれてしまいます!」


 鍾乳洞の中ほどにある出口に、間もなくたどり着く頃なのだ。

 ルイッサの必死の制止に、ようやくブラックは大人しくなった。


「すまなかったブラック、お前をバカにしたわけではないのだ。ただ、恐らくお前が最も苦手とする相手なのだ。」


 ブラックはしばらく俺を睨みつけていたが、怒りを制御できたのか、構えを解いて歩き始めた。


「・・・モロクスをやった後にも楽しみが出来たということか。フンッ、悪くはない。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アイリス・エルフィンストーンの願い paladin @paladin1st

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ