第53話【魔龍】

「ルーファス!」


 出陣間際まぎわ、城の出入り口近くで俺は聞き覚えのある声に呼び止められた。


「ブライアン!? ・・・この野郎!」


 俺が拳を振りかざして殴りかかったのは、金髪で髭の青年、予備兵団団長ブライアン・バンクスであった。

 彼は先の攻城戦で、俺の制止も聞かず、殿しんがりとしてワイバーンの軍勢に突っ込んでいったのである。


「うおおっ!? 待て待て、ルーファス!? 俺が悪かった、悪かった!」


 俺の拳を手の平で受け止めるブライアン。

 その敏捷性から見るに、体は完全に治ったようだ。


「ふざけるな! キャシーをあの年で未亡人にさせるつもりか!?」


「だから悪かったって・・・。フッ、キャシーにもそう言われたよ。ハハハ。」


「まったく・・・。」


「へへ、お前に礼が言いたくてさ。」


「礼なら俺じゃない、ヴィンセントに言え。俺は・・・間に合わなかった。」


 そう、間に合わなかった。

 目の前で無残に引き裂かれようとするブライアンを助けることが出来なかった。

 ブライアンの顔から笑みが消える。


「それは結果の話だ、ルーファス。お前は俺を助けるため、己の命もかえりみなかった。」


「お前を見殺しに出来なかっただけだ。逆に、騎士団を危険にさらしてしまった。・・・団長としても失格だ。」


「それは違うぞ、ルーファス!」


 激しい口調でそう言うと、ブライアンは俺の両肩に手を乗せてきた。


「お前がそういう奴だから、騎士団の連中はついてくるんだ! お前がそういう奴だから、騎士団の連中は士気が高いんだ!」


「・・・・・・。」


「ルーファス、お前が騎士団を強くしているんだよ。王もそれを知っているから、お前をその若さで王国一の近衛騎士団ロイヤルガード団長にしているんだ。」


 俺とブライアンは、昔から気の合う友達だった。

 似ている―――。

 そうなのかもしれない。


「・・・体の方はすっかり治ったようだな、ブライアン。」


 俺はブライアンの肩を叩いてそう言った。

 もぎ取られた右腕も復活している。


「ああ、あののお陰でな。お前も知っているんだろう?」


 ニヤッと笑ったブライアンの目線の先に、あの神官がいた。

 そう、破壊王ハルファスとの戦いで傷ついた俺の体を癒してくれた若き女性神官である。


「ご無沙汰ぶさたしています、ルーファス様。」


「君だったのか!?」


 緑の黒髪とは、彼女の持つ髪のようなことを言うのであろう。

 神官用のフードの隙間から、生き生きとした美しい黒髪が覗いていた。


 ハルファスの時は余裕が無かったが、今見ると顔だちも美しいことに気づく。

 目つきも優しかったが、その奥に強い光を宿していた。


 そうだった―――。

 目の前で父親に死なれたことをバネに頑張ってきた娘だった。


「君にはもう、感謝の言葉もない。親友まで助けてもらった。」


 彼女はにっこり笑って答える。


「最前線の戦士を癒すのが私たち神官の仕事です。勇者お二人のお役に立てて、こちらこそ光栄でございます。」


 勇者と言われて、俺たちは苦笑いするしかなかった。


「勇者だなんて、よしてくれ。俺たちは二人とも、みっともない姿を君にさらしてしまった。」


「そんな、ご謙遜を・・・。」


 話を続けようとして、まだ自分が彼女の名前を知らないことに気が付いた。


「そういえば、名前を聞いていなかったね?」


「あ、申し遅れました、エリカ・ヒーリーと申します。」


「エリカ・・・いい名前だ。これからもよろしく頼むよ、エリカ。」


「はい。でもルーファス様もブライアン様も、もうあのような無茶はどうかお控えください。ご容態を見て、絶望しかけました。」


「ははは、すまなかったね。努力させてもらうよ。ではブライアン、エリカ、行ってくるよ。」


「おう、城の守りは任せておけ!」


「ご武運をお祈りしております。」





 二人に別れを告げた俺は、茫然ぼうぜんとした顔で今のやり取りを見ていたアイリスに気づいた。


「どうした、アイリス?」


 アイリスは何故なぜか慌てている。


「う、ううん、何でもない・・・。ルーファスって、スゴイなって思って。」


「ははは、何を言っているんだ。スゴイのはお前のほうだろう? 今日も頼りにしてるぞ。」


「・・・うん。」


 アイリスは目を伏せがちに頷いた。

 恥ずかしい限りだが、にぶい俺は、このアイリスの変化に気づけなかった。

 あきれ顔のモニカに、バカにされながら説教を食らうまでは。




 城門の外で、ヴィンセントの詠唱が始まった。

 辺りが暗くなる。


煉獄の炎カルタグラみし万物の長! 我が為に振るえ、罪人つみびと焼きしその炎! サー・イー・デア・コー・イー・デア・ゴーダ・ギース・ダ・バーナール! 現れよ、煉獄れんごくの魔龍! 焦熱火龍来臨ドラゴンレイド!!」


 空の一部が異様なまでに暗くなった。

 その円状に開いた黒い穴から、巨大な竜のあごが出現した。

 そして徐々にその巨躯きょくを我々の眼前にさらけ出す。


 穴から出てきた体は、ざっと70-80メートルはあろうか。

 並の竜の1.5倍になる。

 分厚い鱗は、我々の魔剣ですら弾き返しそうだ。

 体中が炎で燃え盛っているように見える。

 まさしく火竜である。


「す、すごいわね!? 近くで見て分かったけど、やっぱりこの炎竜、私が倒した竜とは比べ物にならないわ!」


「地獄の下層から呼び出した魔竜です。身内を褒めるのもおかしいですが、このクラスの魔物を呼び出すというのは驚嘆に値します。」


 ルイッサの言葉は純粋な感想に違いないだろう。

 カイルなどは青ざめた顔をしている。


「ヒーーッ!? おっそろしー!? あああ、地獄に行かないよう、悪いことだけはしないでおこう・・・。」


「ははは! もう遅いかもしれないぞ、カイル?」


「よ、よせやい、ルーファス!? ほんとにシャレにならねーよ!?」


 詠唱を終えたヴィンセントは宙に浮かせていた魔導書を閉じ、後方に控えていた100人からなる魔導士団を呼び寄せた。


「それでは皆さん、後の細かいコントロールは任せましたよ?」


 隊長と思われる魔導士が前に進み出て応じる。


「はい、お任せください。ヴィンセント様のご武運をお祈りします。」


 火竜を呼び出した後の制御を、ルイッサの部下である魔導士団が行うのである。


「かーーっ、100人がかりでやるのかよ!? ルイッサちゃん、ほんとに君の兄さんってのはスゴイんだなぁ!?」


「これでも足らないかもしれないぐらいです。」


 制御するのにも魔導士100人がかり。

 カイルではないが、ヴィンセントの能力には俺も頭が下がる。

 そのカイルがヴィンセントに耳打ちする。


「なぁなぁヴィンセント? この竜とケルベロスを使えば、地上界のみならず、魔界まで征服できるんじゃないの?」


 ヴィンセントは苦笑して答える。


「フフフ、それは無理ですよ。魔界は地上界などとは比べ物にならないほど広く深遠です。それにケルベロスなどは魔力の消費が激しいため、呼び出すことこそできますが、それは一瞬に過ぎません。征服なんてとてもとても・・・。地上界の征服も遠慮させていただきます。」


「あったりまえでしょー? カイルってバカねぇ~!」


 アイリスがケラケラ笑う。


 だが、笑っていられるのも今のうちである。

 魔神モロクスは7メートルの怪物。

 さらに魔法も効かないのだ。

 気を引き締めてかからねばならない。


「よし、準備はできたようだな。我々はこれからモロクス討伐に出征する。敵はとてつもない怪物だ。一瞬の油断が全滅を招く。気合を入れていくぞ!? いざ、出陣!!」

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