第52話【鍾乳洞】

 対モロクス戦の緊急会議が開かれた。

 だが、その会議内容よりも先に、作戦の概要を説明せねばなるまい。


 東はハードキャッスル帝国領の沼地にある洞窟『龍神洞』。

 魔神モロクスはそこにいる。


 その沼地の近くから我がガーランド城までは東西に長い街道が走っており、前回の襲撃もそのルートで攻撃を受けている。

 ほぼ一直線の街道であるから、敵は今回も同じルートをたどるものと思われる。


 だが、その街道の北に山脈がある。

 しかも山の中腹にある大きな鍾乳洞が沼地付近まで伸びているのだ。

 我々はそこに目を付けた。


 この山脈と鍾乳洞はルートから少し離れているため、モロクスの軍勢が通る可能性はほぼ無い。

 また、念のため事前にカイル率いる特務隊と、透明になれるアイリスのシルフに調査をさせたが、モロクス兵と遭遇したことは一度も無かった。


 そこで計画された作戦はこうだ。


 まず、城は兵を中に入れて防御に徹し、籠城戦の様相を臭わせる。

 全体の指揮は、防御に定評のある重装兵団ヘビーアーマーのテレンスが行う。

 さらにヴィンセントがドラゴンを召喚し、敵の注意を引きつける。


 そして別動隊として、俺とアイリス、ルイッサ、ブラック、ララ、ヴィンセント、カイルとその特務隊は、山を登って鍾乳洞に入る。

 鍾乳洞はその中間付近に外へ通じる出口があり、ヴィンセントとカイル隊はその出口付近で一旦待機する。

 他のメンバーは龍神洞付近まで鍾乳洞を移動し、時を待つ。


 ここからが本番だ。

 ヴィンセントたちは敵の部隊の全てが通り過ぎるのを待ってから展開し、敵の後ろからケルベロスによる火炎攻撃を仕掛ける。

 それと同時に、我々が龍神洞の周りにいる兵を襲って倒し、ルイッサが火炎魔法を龍神洞内に向けて放ち、洞窟を焼き尽くす。

 炎が洞窟最深部で渦を巻き、洞窟そのものが、ちょうどかまのような状態になる。

 魔杖で守られているモロクスは倒せないであろうが、取り巻きの兵はこれで全滅し、モロクス自身もたまらず地上に姿を現すはずだ。


 モロクスをいぶりだしたところでブラックとララの出番だ。

 我々の仕事は、彼らが縦横無尽に戦えるよう、補助をすることである。

 モロクスに効果があるのは、彼らの奮う龍脈術式のみだからである。




「敵部隊の総数は3個師団まで増加しました。」


 大臣の一人が斥候せっこうから得た情報を説明した。

 3個師団は3万人に相当する。


「うち、オークは2万匹ですが、ワイバーンが前回の2000匹から5000匹に増えております。推察通り、やはり数でこちらのドラゴンを圧倒しようという思惑のようです。」


 想定通りである。

 モロクスはワイバーンの数を増やすであろうと我々は推察した。

 なぜなら、奴らはこの城が魔法のクリスタルで守られていることに気づいていないからである。

 そしてケルベロスは、その詠唱の負荷の大きさから、ドラゴンと違って常時召喚できる魔物ではない。

 となれば、こちらのドラゴンさえ倒せば勝てると算段するはずなのである。


「どうやらそのようですね。確かに5000匹ものワイバーンを使えば、ドラゴンの1匹ぐらいは倒せるでしょう。」


 ヴィンセントは指で眼鏡を押さえた。


「それでは、私は当初の予定通り、ドラゴンを出して敵の注意をき、その間に後ろからケルベロスで挟み撃ちにしましょう。」


 冷静かつ淡々とヴィンセントは言う。

 巨大な魔物を、それも2匹を同時に操るというのに、全く恐ろしい男だ。

 そもそも、そのドラゴンやケルベロスを召喚できる者は、この世に彼しかいないのだ。


「我々騎士団は、ララとヴィンセントの護衛にきます。護衛ルートの変更は不要と判断します。」


 俺はそう言った後、ララのほうを見た。

 ララはブラックにすがりつき、震えている。


 モロクスを倒せば消える命――。

 死を恐れぬものなどいない。


「怖いか、ララ?」


 ブラックの問いにララがコクリと頷く。


「俺を信じろ。必ずお前の両親を救い出してやる。」


 その言葉がララの顔に光を射した。


「・・・うん!」


 ララのことはブラックに任せておいて正解だった。

 俺もお前を信じさせてもらうぞ、ブラック。


「そして先ほど入りました最新の情報ですが、斥候が敵の中に、毒を吐くヒドラの姿を数体視認したとのことです。」


 大臣の言葉に動揺が走る。


「なっ、ヒドラですと!?」


 大臣たちが驚くのも無理はないだろう。

 ヒドラと言うのは、体長30メートルにも及ぶドラゴンの仲間なのである。


 ヒドラ――。

 体そのものはトカゲに近い形をしている。

 4つの脚と、太い尻尾を持っている。

 ワニのように体を引きずる形で歩くため、移動速度は遅い。

 9本に分かれた首は、長さが数メートルも達し、それぞれが独立した意思を持つ。

 再生力に富み、急所である1本の頭以外は、斬り落とされても瞬く間に復活する。

 攻撃方法はワイバーンに近いが、毒ガスブレスの攻撃範囲は比較にならないほど広い。


「大臣、視認したのは毒を吐くヒドラで間違いありませんね?」


 ヴィンセントが冷静に大臣に確認する。


「ええ、そうです。口から毒ガスが漏れて噴き出していたとのことでした。」


「そうですか、ならば心配は要りません。」


 ヴィンセントが眼鏡を押さえながら説明を続けた。


「ヒドラには、主に火山の近くにむパイロヒドラという亜種が存在します。その種は火炎ブレスを吐き、また自身も炎に強い耐性を持っています。しかし通常種のヒドラとは相容あいいれることがなく、出会えば死ぬまで戦いを繰り広げます。したがってモロクスがパイロヒドラを編成に組み込んでいるとは考えられません。」


 そういうことか。

 ヴィンセントの言いたいことが分かった。


「なるほど、つまり敵の編成は通常種のヒドラのみということか。となれば、ドラゴンやケルベロスの炎で一網打尽いちもうだじんに出来るというわけだな?」


「そうです、ルーファス団長。したがって作戦の変更は必要ありません。」


 全ての敵が炎に弱点を持っている。

 ヴィンセントの火力なら、一撃で勝負がつくことだろう。

 

 その点はいい。

 だが、敵の本拠地の方はどうだろうか。

 俺は、ヴィンセントの後ろに寄り添うように立っていたルイッサに尋ねた。


「ルイッサ、魔神モロクスのいる龍神洞にヒドラがいたとしても大丈夫か?」


「ええ、ルーファス。元より火炎魔法を洞窟に打ち込むつもりです。ヒドラは耐久力がありますが、地獄の窯と化した洞窟内で生き延びられるはずはありません。こちらも変更の必要はありません。」


 よし、隙は無い。

 あとはモロクスを倒すのみ!


 そして運命の朝がやってきた。

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