表裏一体マジカルアワーズ

@HIMEZONO-AOI

Ⅰ 事上練磨

 目を覚まして、いつも通りの制服に着替える。

 そして、階段を下り、父が用意した朝食が食卓に並んでいるのを確認し、天気予報を見て家を出る。

 今日の天気は曇り、雨も降るらしい。彼女は傘立てからオレンジ色の傘を引き抜いた。傘が鞄に当たってウサギのキーホルダーについている鈴がちりんと鳴った。

「行ってきます……」

 そんな小さな声が家の中でこだました。

 彼女は学校へ向かう。そこに何ら思考する必要はない。

 ぽつぽつと雨が降り始めた。

 嫌だなぁ、濡れたくないし傘も差すの面倒だし……。

 彼女は雨にぬれまいと駆け出した。

 いつもの道を通り、十字路へ…………。


 急いでいた彼女は左から走ってくるトラックにも気づかなかった。

 運転手はブレーキを踏むが間に合わない。

 トラックにはねられた私の視界はゆっくりと暗くなっていく。

「……助……けて………………お……か…………さ……」

 小鳥の囀りより小さな声で彼女は助けを求めた。しかしその声は降りしきる雨によって誰も耳にも届かなかった。

 チリン……チリン…………。

 彼女の耳には妙に澄んだ鈴の音だけが残った。


 目を覚ますと見慣れた天井を見ていた。

 ……私の部屋だ。車に轢かれて死ぬ夢を見るなんて……何か悪い事でもあるのかな。

 いつも通り、私は制服に着替える。

 毎日が同じことの繰り返し、そんな感じで私は普通の中学生だった。


 授業が終わった。帰ろう、何もすることないし。

 今日も誰もいない家に帰る。その途中だった。

「むぐー、むぐー、出してなのですー」

 ゴミ捨て場から声が聞こえた。

 正直逃げたかったけど、怖いもの見たさか声の主を探した。

 すると、むぐむぐ言っているコンパクトを見つけた。たぶん声の主だ。

 私はそのコンパクトを学校のカバンに入れ持ち帰った。

 食卓の中央にコンパクトを置く。

「早く出してほしいのです」

「ぴゃぁっ!」

 不意に声を出すからびっくりした……。

「あ、えと……はいっ!」

 私がコンパクトを開けると中から見たこともないような文字が出て、コンパクトに入らないような毛玉――兎がでてきた。

 その兎は食卓の上に着地し体を震わせる。そして私に振り返って言った。

「こんにちわなのです」

「こ、こんにちは……」

「僕はウサギノと申しますです」

 ウサギノと名乗る謎の毛玉は食卓の上を右へ左へうろうろしながら語る。

「僕は御空の国からここに落ちてきたのです」

「おそらの……くに……?」

「はいなのです、それでか……君にお願い事があるのです」

「お願い事?」

 無言で毛玉はうなずきじっと私の方を見てきた。

「……とりあえずなのです。名前を教えてほしいのです。分からぬのではちんぷんかんぷんでありますです」

「えぇー……」

 私は頭をポリポリと掻く。他人に自己紹介するのは何年ぶりだろうか。

「私は……三城……叶…………です」

「ミシロカナエ……カナって呼ばせていただきますです」

「…………」

「……あっ、お願い事なのです」

 そう言ってウサギノはどこからともなく紫色の液体の入った小瓶を取り出した。

「これを満タンにしてほしいのです」

「どうやって? 密閉されてるけど……」

「魔力を詰めるのです」

「はあ、何言ってるの?」

 俗に言うジト目というもので叶はウサギノをにらみつける。

「あうう。厳しいのです」

 ウサギノは手で――正確には耳で――頭を抱える。離された小瓶は宙に浮いてくるくると回っている。

 なるほど、魔力というのは嘘じゃないみたいね。

「わかってくれたのですね。ではではでは、契約をお願いしますので――」

「まって! 何もわかってないからね! 魔法か何かで浮いてるってことだけしかわかってないから!」

 ウサギノが近づいてきて、ポンと耳を私の肩に置く。

「それだけわかれば十分なのです。…………そいやぁっ!! なのです!」

 彼の掛け声とともに叶とウサギノの間に光が生じる。そして、無色透明で八面体の水晶が出てきた。出てきた水晶をウサギノは受け取り、まじまじと眺めた。

「ふむ、珍しいのですね」

「ちょっと! 何したの!?」

 私は毛玉にチョップを加える。……あ、意外と柔らかい。

 チョップを受けたウサギノは水晶を落とし、水晶はカランカランと音を立てて転がった。

「何って……契約なのですよ」

「…………」

「契約……なのですよ?」

「聞こえなかったわけじゃないからね!」

 ウサギノはぴょんと食卓から降りて水晶を拾い、叶に差し出した。

「はい、どーぞ、なのです」

「あっ、どうも」

 私は反射的に水晶を受け取る。わあ、きれいだなぁ………………?

「って! 違ああああう!!」

 何もかもが食い違ってるような気がして、叶は水晶ごと食卓に手をたたきつけた。

 その衝撃にビクッ、とウサギノは体を震わせた。

「いきなり何なのですかああっ!!」

 驚いたウサギノを叶はつかみ上げ、両手でその毛玉を引き延ばした。そして、精一杯の怖い顔で毛玉をにらみつけた。

「何!? これは何なの!? 訳が分からないよ!? ちゃんと説明してよ!!」

「話しますですからああ!! 放してほしいのですうう!!」

 ビターンッ、という音とともにウサギノは耳から食卓に着地した。

 そんな、足が宙に浮いた状態でウサギノは話し始めた。

「まずは、僕がカナの前に現れたところから説明しますのです。僕は御空の国から来たと言いましたですが、詳しくは御空の国のラビヒットという国なのです。そこから姫に箱に入れられてあそこまで落とされたのです。そして、体感で七時間なのですか? そのくらいもがいていたのです」

「えっ? 大丈夫なの? それ?」

 叶が心配するとウサギノが睨んでくる――感じがするだけで表情は変わっていない。

 そして、体を膨らませて言った。

「話の腰を折る気なのです?」

「ご、ごめん」

「続けますですよ」

 そう言って、ウサギノはごほんと咳払いする。

「七時間くらいもがいてからなのでしょうか。カナが声を聞いてくれたのです」

「な、七時間……」

「そして、僕は救われたのです。ちゃんちゃん、なのです」

「ふむふむ、って! 魔法は!? 魔法どこに行ったの!?」

 私は握りこぶしで毛玉をペチペチとたたく。

「いだだ、やめてなのです! 地味に痛いのです!」

「じゃあ、魔法とやらについて話してよ!」

「よっこいせ、なのです。わかったのです。魔法の話なのですね? 少々々長くなりますですがいいですね?」

 ウサギノが姿勢を戻しながら訊く。私はそれに対しこっくりとうなずく。

「……いいよ」

「ではでは、魔法というのはですね基本的には何かを生成する力、と言っても過言ではないのです。火、水、木、光、闇……そして無。これが魔法で生み出すことができるモノ……の属性なのです。むろん、属性には関係がありますです。火は木に強く、木は水に強く、水は火に強くて、光と闇はたがいに強い関係なのです。その、六属性のうちカナの属性は無……創造の無なのです」

「無? 無属性って……あれっ? どうなの? あっ、えっ? か、関係は?」

「…………無属性は光と闇に弱いのです……」

「はい?」

「あっ、あっ、その代わりに光闇以外の三つの属性になれるのです」

 ウサギノは全身で遺憾の意を表す。

 じたばたしていて少し目障りに感じるけど……。

「まあ、なってみればわかるのです」

 さっきから忘れられていた水晶を引き寄せ私に渡す。

 それから、食卓から飛び降り私を手招きして玄関まで連れていく。

 そのまま外に出ると、ウサギノが振り向く。

「水晶を練るのです」

「ごめん、何言ってるかわからない」

 ウサギノは純粋な瞳で見てくるが無性になめた表情に見えてきてむかつく。

 そんなことも素知らぬ顔でウサギノは言った。

「想像するのです。普段身に着けていても違和感がないような物を強く想像するのです。その形に水晶が変わりますですから」

 そんな……想像しろっていっても………………缶バッチかな? んーー、でもケータイのほうが分かりやすいかな? …………よし、ケータイにしよう。

 そう考えてから叶は目を開いた。そして手の上に置かれた缶バッチを見て呆然とする。

「…………なにこれ?」

「缶バッチなのですか。カナはホントに珍しいのですね」

「待って、私ケータイにしようと思ったんだけど。どういうことなの?」

「それじゃあ変身するのです」

「聞いてよ!!」

「はあ、どうしたもこうしたもないのです」

 ウサギノは叶の持っている缶バッチを奪い、持ち上げる。

「これはですねぇ。初めに想像したものが形になるです。そのせいだと思いますです」

「え……えと、そういうこと……なの?」

「まあ、缶バッチをたたいて変身するのです」

 ウサギノは叶の腰に缶バッチを付ける。いきなりバッチをたたけと言われたので叶は反射的にバッチをたたく。

「えっ? へ、変身? 変身って何?」

 すると、叶の体は光出す――ということはなく、叶を中心に町が薄紫色へと変わっていく。それと同時に叶の姿も変わる。白が基調となり、円形のみで構成された幾何学模様がスカートに入っている。

 動きやすいといえば動きやすいかな。

 叶がウサギノの方を見ると、遠くから何かが走ってくる。

「えっと……ウサギノ…………あれ、何?」

「魔獣なのです! 奴らを倒すのです!」

 ウサギノは耳で、走ってくる二本の角が生えた猫を指す。

「えっあぅあ、ひゃあぁぁ」

「ああ! だめなのです! 盾を! 盾を張るのです!」

 たっ、盾? どどど、どうすれば?

「創造するのです!」

 とっさにウサギノが声を張る。

「わ、わわーーー!!」

 突如、手から盾が構成される。

 さっき走ってきた猫が盾にぶつかり、ゴーンと大きな音が鳴る。

 叶は恐る恐る、盾の向こうを見てみた。が、そこには紫で透明な結晶が落ちているだけだった。

「何……これ? また魔法とかの?」

「ご名答! なのです。では回収しますです」

 ウサギノが液体の入った小瓶を振る。すると、吸い込まれるように結晶が小瓶のもとに集まり――消滅した。

 まほう……だね…………これ……。

 叶は理解しがたい状況を紛らわせようと髪を触る。すると彼女の髪では普通、あるはずのないものに手が触れた。兎のたれ耳のようにまとまった髪だ。見てみると髪の色も黒から白へと変わっている。どうやら、魔法で変身したものは服装どころか髪型まで変わってしまうらしい。

「さあ、次行きますですよ」

「えっ、次って……」

「もちろん、魔獣も狩れる……剣なのです」

 ウサギノがさも当然のように言い放つ。

 えっと……さっきと同じ感じかな?

 叶は手を剣の持つ形にし、剣の形を想像した。すると、またもや手から剣が構成された。

「さあ、あの野良兎に剣を突き立てるのです!」

 そう叫びウサギノは向こうの兎を指す。叶たちには気が付いていないようでぴょこぴょこと跳ねている。

「やるですよぉ」

「ちょっと待って! 私できないよ!」

「大丈夫なのですですよ。血は出ませんなのです」

「か、体が勝手にいっ!?」

 叶の体が兎に向かって引っ張られる。困惑する叶にウサギノはとっさに跳ねながら説明を付ける。

「契約者は! 僕らの! 思い通りに! 動いて! しまうのです!」

 私は操られたまま兎に剣を突き立てる。すると兎は、ぴぎゅるあっ!! と声を上げ、消滅――結晶へと変わった。それをウサギノは慣れた手つきで回収する。

「まあ、このくらいなのです」

 落ち着いた口調でウサギノは続ける。

「どうなのですか? 魔獣狩りは?」

「分からない……でも……」

 分かってはいけないような……真っ黒な何かがまとわりついてくるような感じだった。


 誰なのですか? 向こうから飛んでくるのは……なんなのです?

 ウサギノは近づいてくる気配にぴんと耳を立てた。


 新しい魔者の香りがするノラ。どうするノラ?

 もちろん、狩るよ。


「カナ……ちょっと聞くのです」

 ちょんちょんとウサギノが叶の肩をたたく。

「魔者がいるのです」

「えっ?」

「カナ以外の魔者がいるのですーーーーー!!」

 ウサギノがキンキン声で叫ぶ。その刹那、叶の顔の真横に何かが通った。叶の顔からポロリと結晶が落ちる。さっきの魔獣が変わった結晶と同じものだ。

「みいつけた! 新しい魔者……いや、魔女!」

「にひひ、右も左もわからないやつノラ。簡単ノラよ」

 空からゆっくりと、女の子と猫が下りてくる。その女の子は着地した後、叶に近づいて言った。

「初めまして、あなたのことは何も知らないけど……死んで」

「カナ!! しゃがむのです!!」

 魔女が放ってきた弾丸を間一髪で避ける、魔女はウサギノをにらみつけ銃口を向ける。

「貴様ぁ。邪魔しないでよ」

 引き金が引かれる。とっさにウサギノは跳ね上がった。ウサギノは切羽詰まったように早口で叫ぶ。

「カナ! 剣を! 剣を早く!」

 そうだ、剣だ。私は力いっぱい手に握られていた剣をふるう。しかし魔女は回避し、私の手から剣が飛んでいく。魔女はすぐに銃口を私に向け、引き金を引く。放たれた弾丸が頬をかすめて飛んでいく。無論、そこから結晶が漏れ出る。それでもなお魔女は私を撃とうとする。私は避けようと動く、そのたびに体をかすめて結晶が落ちる。

 怖い、怖い……怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いこわいこわいこわいこわい…………こわいよ……しにたくないよぉ。

「死ねっ!! 当たれぇっ!!」

 魔女が叫ぶ。叫びながら何度も撃ってくる。

「炎を!! 炎を創造するのでええすううう!!」

 たくさんの怖さを切り裂いたのはウサギノの大声だった。

 その声の通りに私は炎を思い浮かべる。

 想像したと同時に両方の私が炎に包まれる。

 熱い、自分が燃やされて飲み込まれていく、まるで今までの自分が消されていくそんな感じだった。


 炎の中から叶が出てくる――生まれる。そして、その鋭い目を魔女に向けた。赤くすっと伸びた髪を持つ叶はにこりと笑う。

「さあ、始めましょうか?」

 赤い叶はどこからともなく銃を取り出し、魔女の足に撃つ。しかし放った弾丸は地面に刺さる。

「あら、逃げなくてもいいのに……」

 叶が視線を向ける。目線の先では魔女が何か恐ろしいものを見るかのようににらみつけてきている。

「しっかりするノラ!! 避けて当てればいいノラ!!」

 魔女の隣にいる猫が叫ぶ。

「そうだね、あいつは初心者だ……落ち着け…………落ち着け……」

 そう言うと、魔女は深呼吸をして自分を落ち着かせようとしていた。

「だめだよ、落ち着く場所じゃないでしょ」

 叶は引き金を引き、弾丸が射出される。今度の弾丸は魔女の右足に突き刺さり、そこから血のように結晶が噴き出る。魔女は弾の刺さった部分を痛そうに押さえる。

「……っ!!」

「マシンガン」

 無情にも叶はマシンガンを作り出し構える。魔女はそれにおびえるように震える。

「動くノラ!! 早く足を動かすノラ!!」

 猫の声に反応し、魔女がそれほど早くない速度で走り出す。その魔女に狙いを定め、叶が引き金を引く。

 足を……足を狙って…………。

 銃口から連続で弾が射出される。いくつもの弾が魔女に突き刺さり、魔女は体勢を崩す。それを見計らって叶はマシンガンを投げ捨てた。

 怖くないのかな……いや、怖いよね。殺されるかもしれないのに……。

 叶は倒れこんでしまった魔女に近づこうとする。それを防ぐかのように猫が前に両手――両前足を広げて立った。叶の足ががくがくと震えだす。

 なんで? 足が震えて……?

 炎が叶から剥がれていき、白い叶に戻っていく。その拍子に叶も膝から崩れ落ちる。

 あれ? おかしいなぁ? 体……動かないや。

「うんしょ、うんしょっと、なのです」

 魔女の向こう側からウサギノが棒状のものを引っ張りながら歩いてくる。さっき、叶が作った剣だ。

「意外と重いのですねぇ……これ」

「うさ……ぎの……? なに……するの……?」

 かすれた声で叶が尋ねる。それに対照的な明るい声でウサギノは答えた。

「もちろん! 殺るのです!」

 狂気だ。

 今から人を殺すというのに明るい声だった。

「や…………め……て――」

「――っ、やめるノラ!!」

 小さな声で叶がウサギノを制止させようとする。が、その前にさっきまで叶の前で道を防いでいた猫が走り出した。

「しつこいやつなのですね、っと」

「――っお゛」

 ウサギノが力いっぱい振るった剣がろくに受け身の取れていない猫の胴体に入る。薙ぎ払われた勢いのまま猫が叶のほうに飛ぶ。

「さてさて、バイバイ……なのです!」

 ウサギノが剣を振り上げる。持ち上げられた剣の先はプルプルと震えている。

「っサギノ……!」

 叶が残った力を振り絞り声を出す。その声に止められたかのようにウサギノは剣を手放した。

 手放された剣は重力に従い、真下の倒れこんだ魔女へと落下する。そして……魔女の首へと突き刺さった。

 悲痛な魔女の叫びが上がるとともに、魔女の首からは紫の結晶が噴き出す。

 猫が絶望の表情を浮かべているその先で、ウサギノが歓喜の表情を浮かべている。


 魔女の叫びが止んだ。魔女が倒れていたところには魔女の代わりに剣と結晶が落ちている。

 小瓶を取り出し、結晶を回収しようとするウサギノに向かって猫が走り出した。

「ノオオオラアアア!! キサマあああ!! よくもやってくれたノラああ!!」

 その声は怒りに満ち、その爪でウサギノを切り裂こうとしていた。……が、無残にもウサギノに触れることはなかった。

「ノラア! ノラア!」

 ウサギノに近づこうと必死に猫は走る。しかし、ウサギノとの距離は一定に保たれたまま近づくことができていない。

 立ち止まったままのウサギノはじっと猫を見つめて言った。

「早く失せるのです。ラノン――いや、野良猫」

 その言葉を放つと同時にウサギノは小瓶を振った。例の通り、大量の結晶は小瓶のもとに集まり消滅した。

「あっ……ああ…………」

 猫――ラノンが膝から崩れ落ちる。ラノンの目からは結晶のように透き通った涙が落ちていった。

「助け……られなかった……ノラ……。みどりぃ……」

 野良となってしまった猫は魔女の名をつぶやく。

「早く失せてくれないのです? 目障りなのです」

 ウサギノがラノンに冷たい声をかけながら叶のほうにゆっくりと歩く。

「あーーーーーーーーっ!!」

 叫び声をあげながらラノンは走り出した。そして、すぐに叶の目に映らなくなった。

 なんで……こんなことしたの?

「奪わなければ奪われるだけなのですよ?」

 なにが不思議なのかウサギノは頭を傾ける。

「もしかして、気に入らなかったのです?」

 当たり前でしょ、殺すなんて…………。

「じゃあカナはどうしたいのですか? 奪われたいのですか?」

 死にたくないよ、殺したくもないけど。

「甘いのです、そんなこと言わないでほしいのです」

 叶はゆっくりと立ち上がった。そして口を開いた。

「甘くて……いい。……絶対……人は殺さ……ないよ……」

「じゃあ、どうやって魔力を貯めるですか? 魔者から奪わない限り、すぐには集まらないのですよ」

「魔獣……魔獣だけを狩る……狩って…………貯めるよ…………」

 叶は息を深く吸い込んだ。

「絶対人は殺さない…………そう誓って……ウサギノ……」

 叶の声そのものは弱々しいものだったが、決意に満ちた声だった。

「わかりましたなのです……カナの意思が変わるまで……守り続けるのです」

 笑顔で答えるウサギノの顔は裏がないように見えた。

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