第4話 頑張れ、バ会社員!の巻

 それからあっという間に二十年、バ会社員が開発職を離れてそろそろ関連会社に行こうというとき、キンチャクは次長になって立派なイスにふんぞり返り、ウドはいつの間にか消えていた。


 バ会社員の最終ポストは課長級だった。管理職ではないが、まあまあといって良い。めちゃくちゃな勤務態度ながら、結果的に幾つかの功績を立てたバ会社員を、会社も無視はできなかったようだ。


「バ会社員は、自由で満足だったろうな?」


 まわりはそうささやいた。ところが、である。当の本人は、実はずっと不満だったのだ。自分が変わるのではなく、自分のようなタイプが報われる会社になることを、ひそかに願い続けていたのだから。


 さて、関連会社でのバ会社員のポストは、誰もが驚く「技術開発部長」だった。書類の手違いではないかと思って人事部に問い合わせたが、本当に確かにそうなのだ。部下もたくさんついた。これでは、勝手は許されない。


 毎朝一番に出社しては、種々の書類に目を通し、部下の報告書を読んでは指導して、相談を受け、判断し、トラブルを解決し…。そんなことを続けるうちに、バ会社員は不思議なことになんとなく、木下部長になっていった。もう、後戻りできない心と体に変わりながら。


 運命のいたずらは、さらに続いた。木下部長の部下に、「バ会社員ジュニア」がついたのだ。自由気ままに出退社して、常にマイペース。普段はいかにもやる気がないが、突如して仕事に打ち込み始めたかと思うと、変なアイディアを出してくる。ところが、そのアイディアが、なぜだか妙に当たるのだ。


 木下部長は、その成果を高く評価したかったが、それがどうしてもできないのだ。


(評価すれば、周りが納得しないだろう。せめて、普段がもう少しましだったら…これではとても……全体の利益を考えれば…)


 次の年は、人事異動でキンチャクジュニアまでもが現れた。木下部長は、もう苦笑するしかなかった。実は、もともと彼は、心の中ではキンチャクが大きらいだったのだ。


(よーし、見せかけばかりで、実は非生産的なやつは、今に目にもの見せてやるぞ……)


 ところが、それもできないのだ。キンチャクジュニアには何の落ち度もなく、会社の評価基準も、見掛け上はバランスよく満たしているのだ。実は実質的には非生産的という理由だけで悪く処遇すると、周りが動揺してしまう。ルールが成り立たなくなるからだ。


 木下部長は、なんとかバ会社員を引き立てたかった。


「お前、もうちょっとうまくやれよ……」


 そう言いかけて、思い直した。


(言ったところで、何も分からないだろう。こいつ、会社の方が自分向きに変わるのを、ずっと待っているのかもしれんな?)


 木下部長は、せめてバ会社員のアイディアを、大切に育てることにした。


(頑張れ、バ会社員!)


 心の中で、そうつぶやきながら。


 木下バ会社員を技術開発部長に推薦したのは、実は彼の若い頃の課長だったという話が、今でも酒の席でささやかれている。

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頑張れ、バ会社員(バカイシャイン) 海辺野夏雲 @umibeno

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