魔法使いの集い3
大切な物事を後回しにすると、大抵もっと酷い状況になっている、とはよくいったもんだと思う。だって、今まさにそれが現実になっているんだから。
玄関の外には、小鹿さんが居るんだろう。なんて言ったらいいか分からないけど、多分何人かで居るんだろう。そんな気が
する。
対して俺たちはというと、俺とカトルは私服。しかも部屋着だ。俺はスウェットだが、カトルはダラッとしたやる気のない
それに反して、ニースはいつも通りの白色の甲冑。メイザーさんも同じく、一瞬でワインレッドのドレスを身にまとった。
俺とカトルだけ、不思議の世界に迷い込んだアリスの気分だ。でも、この中で一番ヤバいのはカトルだって言うね。
「今夜は結構な大所帯ね」
「本当。
カトルの軽口にメイザーさんが頬に手を置き答えた。なんか、お姉さんというよりお母さんっぽい仕草だ。
いつの間にか全員が戦闘態勢に入っているけど、彼女たちと玄関向こうの人たちとの間に居る俺が一番被害を食うんじゃないだろうか?
両側から、早い話、昨日の鉄輪とニースみたいに押しつぶされる感じで……。
未来の悲劇について脳内で語っていたら、俺たちのことなど全く意に介すことが無いチャイムの音が聞こえた。
「チャイム?」
自分で呟いておいてなんだけど、人の家に来たんだったらまずチャイムを押すととがマナーだろう。初っ端から殺気放って戦う準備を整えた、うちのほうがおかしいんだ。
それをおかしいと思わない俺もまた、皆と同じく毒されているのかもしれない。
「開けるけど、いきなり攻撃とかはなしだぞ」
「それは、外の人に言ってちょうだい。私たちは何もしないから」
それはつまり、外の人が少しでも怪しい動きをしたら即時戦闘が始まるっていうことだよな。その場合は、俺が逃げる時間を作ってもらいたいところである。
「はーい」
玄関を挟んで睨み合っているんだから、外の人にも中の状態が筒抜けだろう。そんな状況で返事をしながらドアを開けるのは間抜けのすることじゃないか、と思ったけど、出ちまったものはしょうがない。
サンダルを引っかけてブロック模様の玄関土間を歩き、カギを外して玄関を開ける。
そこに居たのは予想通り小鹿さんだ。学校で会った時と同じく制服だが、昼間と違いその顔は怒っていた。
昼間は、小鹿さんは顔の作りが優しいから怒っていても怖くない、と評したけど、今は少しだけ怖い。でも、元の顔の作りが以下略。
そんな風に怒っている小鹿さんの後ろには、屈強そうな男とか優男とかアマゾネスっぽい人たちが侍っていた。どう見ても、うちに文句を言いに来た保護者って感じだ。
「
「フリフリは着てないって――」
「それ以外ッ!」
「手紙は、ニースの呪い――」
「近いけど遠いッ!」
いや、全然カスってもいないから、近くも無ければ遠くもないだろ。太陽系外だよ。
後ろでは、「ニースが呪いの手紙を俺に渡した」みたいな話で盛り上がっていて、カトル&メイザーVSニースの構図で騒々しくなっている。
ニースは仲間と挑んでカトルに勝てなかったんだから、メイザーさんという協力を得た今、天地がひっくり返っても勝てないだろう。可哀想だ。
「えーと、それで何だっけ?」
「話があるから、貴方のリーダーを呼んでちょうだいって言ったよね?」
「あー、そうだった、そうだった」
覚えていたけど、そんなことも言っていたなぁ、ととりあえずとぼけておいた。
これを鉄輪が言ったのであれば、小鹿さんはまた怒っていただろう。
「夕食時に押しかけて来たのは申し訳ないけど、なるべく早く話しておかなければいけないの。綴木くんに迷惑がかかる前に、とっとと終わらせるから」
「入っていい?」と、一応は聞いているけど、どうみても断れるような雰囲気ではない。そもそも、小鹿さんたちの大部分は、すでに敷居を跨いでいるのだから。
小鹿さんも言っての通り、鍋が煮えているのですぐにでもご飯が食べられる状態だった。
このままでは、
正直言えば、俺は腹が減っている。グルメ漫画みたいなコメントだけど、食べ盛りの高校生に食事の前の話し合いほど酷なことはない。
「ソーヤが話し合うっていうんだったら、鍋に
俺の心配を取り除いてくれる一言を、カトルが言ってくれた。
魔法って本当に便利だなぁ。保持っていうのがどんな魔法なのか分からないけど、そのままの意味で捕らえれば「時間を止める」みたいなことだろ?
品質の劣化が無いから、もし物流でそれが出来るんだとしたらノーベル賞もんじゃないか。
「いや、まぁ、俺は大丈夫だけど。みんなは?」
さすがに、ご飯の劣化を止めるためだけに魔法を使わせるのもな。
とか何とかカッコイイことを適当に考えながら、こんなことを皆に聞いた俺が馬鹿だった。だって皆はいつでも大丈夫だからだ。主に、戦闘面で。
「小鹿さん」
「問題があるようなら、時間をずらしてまた来るけど?」
「わざわざ来てもらったんだから、先にそっちを済ますよ」
「そう? ありがとう」
おじゃまします、と一声かけて、小鹿さんはパンプスを脱いで家に上がった。ちゃんと、脱いだものをそろえて置いておく辺り、親御さんの教育がしっかりされている。
それに比べて、遠くに転がっている革靴はなんだ。汚らしく脱ぎ捨てやがって。俺しかいないけどさ。
小鹿さんが家にあがり、続いてゴリラとかガリマッチョとか痴女とかが上がろうと靴を脱ぎ始めた。
「ちょっと、ちょっと!」
「なんだ?」
小鹿と愉快な仲間たちの先頭を歩くゴリラを引き留めると、なぜ自分が引き留められたのか分からないと言った様子で問い返して来た。
「何だじゃなくて、あんたらそんなモンかついで家に入ろうっていうのか!?」
そのゴリラの背中には、ぶっといこん棒が背負われていたからだ。丸太ではなく、完璧に金属製だ。
それ以外にも、こいつを家にあげてはワールドジャスティスアメリカマンがお顔真っ赤にして乗り込んできそうで怖い。なんてたって、彼の仲間はレッドリストに登録されているんだからな。
「そちらも武装しているんだ。我々が武装して何が悪い?」
「武装? 誰も武装なんていしていないだろ?」
カトル=ダルT ニース=甲冑 メイザーさん=ワインレッドの妖艶ドレス
どこをどう見ても
「
先頭に立っているのは俺がクラスメイトだから、というわけではなく、彼らへの対応を見る限り上司なんだろう。
小鹿さんから井土と呼ばれたゴリラ・ゴリラ・ゴリラは、背負っていたこん棒を玄関の傘立てにさすと、小鹿さんと同じように綺麗に靴をそろえて上がり込んだ。
それに続き、ガリマッチョと痴女も上がっていく。それと共に、ガリマッチョは細身の剣(レイピアかな?)を井土と同じく傘立てにさし、痴女は爪を模した金属とリベットがごちゃごちゃと取り付けられたグローブを、靴箱の上にほかった。
かなり雑に扱っているけど、これって普通に武器だよな?
しかも、見る人が見れば分かる、業物とかだよね?
分からんけど。
「早く、案内してちょうだい」
「うーっす」
イニシアチブをとられた感が否めないけど、小鹿さんは案内してちょうだい、といいつつ、勝手に応接室へ向かい歩き出した。
★
「それで、ここの責任者はそちらの魔女で良いのかしら?」
応接室、テーブルを挟んで対峙する。三人とも、どっちがこの家の主か分からないくらい堂々としている。
ちなみに、この家の主は父さんだけどな!
「それで、これからの話はそちらの魔女にすればいいのかしら?」
「ハッ?」
元の服に着替えなおしたニースとメイザーに挟まれるように座っているカトルが、小鹿さんを鼻で笑った。
「私はただの魔法使いよ? 貴女の目、節穴なんじゃない?」
「なら、誰がここの支配者なんですか?」
「そんなの、ソーヤに決まってるじゃない。この中で、ソーヤが一番凄いんだから」
ニコォ、と満面の笑みを浮かべているけど、コイツ、ちょっと楽しんでやがるな?
「それを、私が信じると?」
「信じるも何も。本当なんだから、他にどういえばいいのよ?」
「それは本当ですか?」
チラリ、とこちらを見てくる小鹿さん。これは信じていない目ですわ。
まぁ、俺もよく分かっていないけど。
「よくわかんないけど、いつの間にかそうなっているみたいだね」
「これほどの魔力量を有している者を、自らの下につけている……と?」
「別につけているとか居ないとか、それはよく分からないなぁ。一緒に住んでいるのは、よく分からない間にだし」
鉄輪とか学校で会った黒ずくめの男とかの様子を見る限り、カトルはかなり強いんだろうな。でも、直接戦っているところを見たのはニースと鉄輪だから、どうもそちらの方がカトルより強そうに思える。
「まっ、そういうことだから。私たちは、ソーヤを
小鹿さんたちはどこまでこのことを本気と思っているんか分からないけど、少なくともカトルたちは本気だった。
「なるほど」
何が「なるほど」なのか分からないけど、小鹿さんは他の三人とコソコソと話を始めた。会話にギリ小指がかかっている程度の関わりしかない俺だけど、さすがに目の前でコソコソ話をされて気分が良い物ではない。
「では、綴木くんに対してお話すればいいんですね?」
この中で一番現状を理解していない俺が受け答えして良いもんかと思うけど、それはまぁ、後ろで見ている人たちがいるから良いだろう。
小鹿さんは、んん、と喉を可愛らしく鳴らして姿勢を正した。
「我々は、『監視協会』といい、魔力を行使できるものが暴れないか監視する組織です。簡単に言えば、
「それで、その監視組織が何で俺ん
「新しく土地を支配した組織には、我々が必ず回っています」
なるほど、別に俺たちだからという訳じゃなくて、俺たちが学校を支配したから来たようだ。
でも、威圧するかのように仲間を引き連れてやってくるなんて、ちょっとした債務回収業者みたいに見える。
「その他には、この地域で何らかの魔力災害が起きた時に、皆さんに協力を求めるのでそれにたいしての対応説明をしています」
「なにそれ?」
「この地域に住む以上、絶対にやってもらう仕事です。断った場合は、この土地から去っていただきます」
ゲームで例えるなら、ギルドの強制クエストみたいなもんか。でも、緊急事態とはいえこの地域に住む魔力行使者、つまりカトルのような魔法使いを手足のように使えるのはかなりうま味が強いんじゃなかろうか?
「ちょっと待って。何で私たちがそんなことをしなくちゃいけないの?」
小鹿さんが言ったことが気に喰わなかったカトルは、ため息ついでに言い放った。
「決まりですから」
「どこの決まりか知らないけど、別に自分の身は自分で守ればいいんだから、私たちはそんなのに参加しなくてもいいんでしょ?」
「数が少なくなった魔力行使者は相互扶助で成り立っていますので、万が一のことを考えての対策となります」
「それは弱者の
つまり、相互扶助ではなく下に付け、ということか。
他の二人もカトルに賛同――というか、そもそも同じ世界から来たんだから、考え方も似ているんだろう。誰も異を唱える者は居なかった。
「そうして一匹狼を気取るのは良いですが、もしあなた達が何者かに襲われた時、頼れるのは己が力のみとなりますよ?」
「神に喧嘩を売ったのに、これ以上何を怖がれっていうの?」
カトルがどこから来たのかまでは知らないのか、小鹿さんが連れてきた人たちはにわかにざわついた。神様に喧嘩を売る奴なんて、なかなか居ないのかもしれない。
「他の二人も同じ考えで良いのですか?」
小鹿さんは他の二人、ニースとメイザーさんに声をかけた。
「私は、この
「自分は、正直なところ手伝いが必要であれば協力は惜しまない」
メイザーさんは、カトルと仲間のような姉妹の様な
ニースは、所属していた組織が組織だから、こちらもなんとなく想像できた。
「では、綴木くんとそちらの方は協力していただける、と判断してよろしいですか?」
カトルとメイザーさんは協力しないといったが、元から期待していなかったのか小鹿さんは俺とニースの名前を挙げるに留めた。
「ニースは良いとしても、俺は戦力にならんぞ?」
俺は魔法使い見習いにもならない、独学勉強マンだ。得意な魔法は召喚魔法。でも、大元の魔力発生源とかその他諸々はカトルだしな。
「それでも構いません。猫の手も借りたい状況となった時、新たに人手を探すのは大変ですので」
どうやら、魔力災害とやらの時は、使えない人間もアルバイト感覚で狩り出すようだ。映画で言えば、化け物にやられるモブAとかその類だろう。
「私は質問を良いか?」
「はい、どうぞ」
会話が途切れたところを狙って、ニースが手を挙げた。
「魔力災害時に呼び出されるのは良い。それが必要なことであればな。しかし、監視協会という組織が不明慮過ぎる。貴女方は我々を
「見学は、予約をしていただければ随時できます」
「それに、魔力災害時には協力と言っているが、それは本当に皆の幸福につながるのか?」
「それはどういう意味ですか?」
「つまり、監視協会が邪魔に思った奴を消すために、魔力災害やらなんやら適当な理由をつけて始末する道具に成り下がる可能性は無いのか、ということだ」
「先も言いましたように、我々は魔力災害が発生したときにのみ招集をかけさせていただきます。その他の――魔力行使者同士の
話を聞いていると、大変崇高な組織のようだ。大事を救うために小事を切り捨てる、といった冷たい感想を持ってしまうけど、それも組織を律するために必要なことなんだろう。
あれもこれも、と手を出しては、いざという時に動きが遅くなってしまう。
カトルは相変わらず不機嫌だけど、人を救う側の組織に所属していたニースは、きっと今の話で納得――。
「やはり、承服しかねる話だな」
してねぇや。全く、これっぽっちも納得してないわ。
「いつの、どこの世界でも、人間がそれほどまっさらに生きられるとは思えない。そちらが言っていることは、言ってしまえば『綺麗ごと』だ。人の意思の介入が見られない」
「『綺麗ごと』のなにがいけないのですか? そこにたどり着くことは難しくなりますが、目的は高くなければ誰も振り向かず、追い求めず、いつでも辿り着くことができると勘違いして、誰も追おうとはしない」
「綺麗ごと、大いに結構。だが、私の論点はそこではない。私が言いたいのは、『人の意思の介入がみられない』という一点に尽きる。人の意思が介入しない
ニースの言葉に、小鹿さんが若干引きながら「どれだけ捻くれているんですか」と小さく呟いた。あぁ、そうだな。俺もそう思う。
でも、ニースは自分が所属していた組織に裏切られて殺されかけたんだよな。仕方なかろうよ。
「でっ、では、綴木くんだけは了解を得た、ということでいですね?」
「えっ? まっ、まぁ、そういう……」
「そういうことかな」と言おうとすると、背後および周辺から強い視線を感じだ。
メイザーさんは普通だけど、カトルが「えっ? なに言ってんの?」と眉間にシワを寄せ、ニースは、もう誰も信じられない、と勝手に一人裏切られた人みたいな表情をしている。
両方おかしくない?
「よしよし」
話が一向に進まないことに業を煮やしたのか、ゴリラさんが、パシン、と膝を叩いて頷いた。
「確かに、俺たちの目的は崇高過ぎて、普通の奴らにゃ理解できんだろう。当たり前だ。俺だって、お前らの立場なら
なっ、とゴリラさんは俺に同意を求めた。今のところ、反対声明を出していないはずなのに、なんで俺に同意を求めるんだよ。
「話してもダメ。見学もダメ。なら、残るは力だろう。そっちの魔女は、言うことを聞かせたければ下につかせれば良いって考えだろ? シンプルで俺は好きだね」
争いを好まないはずなのに、この個体はどうやら争うことが好きなようだ。
そんな個体に触発されてか、我が家に住む魔女個体も血気盛んな顔になって立ち上がった。同時に、メイザーさんも戦闘態勢だ。
「おぉっ!? いいね、いいねぇ。盛り上がって来たじゃないか」
「井土さん、私たちは争いに来たわけじゃ――」
「別に、これは争いじゃねぇよ。言うこと聞かない悪い
止める小鹿さんだが、ゴリラは話を聞かない。頼みの綱の他の二人に視線を向けるが、率先して戦闘を行う気はないが、攻撃されれば対抗する、といった感じだ。
「俺たちは今すぐにでもやれるが、それじゃあ、乗り込まれた側のお前らが不利になるだろう。それに、この家が潰れちゃ困るだろうしな」
一々、セリフが悪役のそれだ。しかし、ゴリラから人間に変身してもゴリラ時の知性が残っているようで、すぐに襲い掛かってくるようなことはしなかった。あっ、いや、元から人間だったわ。
「へぇ? 面白いわね」
「ちょっと!」
一触即発となったこの場に、両勢力を止める――止められる人は居なかった。もう、全ての言葉がゴングとなっても不思議じゃない。
「私たちが支配した学校へ行っていなさい。潰してあげるから」
「あぁ、面白そうだ」
話はこれまで、と言わんばかりに、井土は応接室を出ていった。ホストの見送りもいらないようだ。
その様子を見て、小鹿さんは大きくため息を吐いた。
「こっちは何とか説得するから、綴木くんはそっちを説得しておいてよね」
これまた、無理難題を投げつけてきた。どうみても、俺が説得できる状態じゃないよね?
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、小鹿さんも井土に続いて出ていった。そして、優男とアマゾネスさんも。
玄関が閉まる音で、4人が家から出ていったのを確認した。外に居るかどうかはもう知らない。
「よし、飯にするか」
「じゃぁ、保持の魔法解くね」
「ご飯の準備しなきゃ」
「セーブしなきゃ」
俺の号令一つで、一触即発だった雰囲気が一気に霧散した。やっぱりお腹が空いていると、気が短くなるからね。一人、流れと違うことを呟いた奴が居たけど、気にしないでおこう。
話の流れから、用意が出来次第すぐにでも学校へ行くって雰囲気になっていたけど、別に何時何分に学校で待ち合わせとか言っていなかったから良いだろう。
まっ、人生そんな感じに緩く過ごしていった方が良いと思うんだ。
我が家に異世界(ファンタジー)がやってきまして…… いぬぶくろ @inubukuro
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