魔法使いの集い2
まぁ、何というか、カトルと話したことは小鹿さんに言わずに帰った。うん。なかなか言い出せなくてね。
だから、何故か知っていた小鹿さんのアドレスに、後でメッセージを入れておけばいいや、と半ば逃げるようにして家に帰って来た。
途中で小鹿さんに気付かれるかと思ったけど、余裕で帰ってこれたのは僥倖だ。ありがたいことに、鉄輪も用事があるとかで早々に教室で別れた。
「ただいまー」
「お帰りなさいませぇ~」
鍵を開けて玄関をくぐると、間延びした優しい綺麗な声に出迎えられた。聞き覚えの無い声――と言いたいところだけど、確か電話で聞いた声だ。
電話口ではニースの声かと思ったけど、今聞こえた声はニースの声ではない。それに、ニースはリビングの方に居る。声が聞こえるし。
ってことは誰だろうか……?
「あらっ? どうかしましたかー?」
俺がいつまで経っても玄関から動かないのを不審に思った声の主が、キッチンへ続くドアから顔だけを出してこちらを見てきた。
優しい目元と長い髪がどのような性格か一目で分かる印象を与えるが、こちらを捕らえた一瞬でその目が少し細まり口角が少しだけ上がる、優しくも怪しい蠱惑的な笑みを浮かべてきた。
「えっ? どちらさん……?」
歳は20代半ばくらいのお姉さんだけど、こんな女性は俺の親戚にも従妹にもいない。
ピョコッ、と軽いステップで出てきたお姉さん(仮)は、茶色の俺も使っているエプロンを着用していることと、キッチンから漂ってくる香りから夕食を作っていることが伺える。
一瞬、調理サービスでも呼んだのか、と思ったけど、考えてみたらあの電話をしたのは昼だ。昼食も夕食も作っているんだったら、結構な料金になるだろう。
「えぇっ!? 酷い!」
俺からかけられた言葉がそれほどショックだったのか、お姉さん(仮)は一瞬にして涙目になった。さっきから見た目の
「いやいやいや! マジでどちら様!? カトルー! おーい、カトルーっ!」
「はいはーい!」
元気な返事と共に、二階から跳ぶように駆け下りてきたカトル。無造作に髪をひとまとめに留めていて、服装も季節感の無いホットパンツに薄手のTシャツだ。寒くないのだろうか?
「この人って、カトルの知り合い?」
俺が指さす方にカトルも視線を向けると、お姉さん(仮)は小さくダブルピースをした。
「あぁ、ソーヤにはまだ紹介していなかったわね」
カトルは半身出すに留めていたお姉さん(仮)を引きずり出すように俺の前へ連れてくると、簡単に自己紹介してくれた。
「彼女は、炎帝メイザー。神様に喧嘩を売る時に、一緒に世界を焼いた仲間よ」
メイザー怖えぇぇぇぇぇぇぇえ!!!!
「そっ、そんな恐ろ――凄い方がなぜに我が家へ……?」
炎帝とかヤバそうな二つ名が付いているんだから、それはそれは炎系の魔法が得意なんでしょうね。
「なぜに我が家って、そもそも、私が来た時からずっと居るわよ?」
「居るって……。えっ……?」
新たな新事実発見! 速報! 我が家にたくさんの人が居た件について!
「だから、私がこの家に連れてこられた時に、メイザーも一緒に住み始めたの。神様に喧嘩売って一緒に堕ちたんだから、必然でしょ?」
必然でしょ、って言われても、今までどこに居たんだよ?
ってか、俺の家に知らない人多過ぎじゃないかね?
「ずっと一緒だったって……。それならどこに居たんだよ? 部屋は空き室ばかりだけど、人が使っていたらさすがに分かるぞ?」
「う~ん……。言うより、見てもらった方が良いわね」
そういうと、カトルは俺を手招きしつつリビングへ入っていった。俺もそれに続き、リビングに入っていく。
そして連れてこられた先は、窓だった。大きい、庭へと続くガラスの窓。
「まさか、メイ……ザーさん? は外に住んでいたとかいうんじゃないだろうな?」
俺が口にした疑問に、カトルは「ないない」と笑って答えた。
さすがに、犬の格好をしていたカトルは屋根のあるところに住んでいたのに、姿が見えなかったとは言え、メイザーさんが外だったら何と謝罪すればいいか分からない。
俺が謝るべき事柄じゃないんだけど、さすがに……ね。
ホッ、とする俺に不敵な笑みを浮かべたカトルは、窓を開いた。コロロロ、と軽い音を立てて開いていく窓。
その窓の向こうは、母親が世話をしていた花壇がある庭があるだけだ。最近まで俺が頑張って世話をしていたけど、カトルやニースが来てから持ち回りで世話をするようになった。
とはいっても、まだそうなってから数日も経っていないけど。
「――なんだこれ!?」
しかし、カトルが開けた窓の向こうに広がっていたのは、見渡す限り緑の足首丈の草地が広がる草原だった。
肌寒さもなく蒸し暑さもない、心地良い風が開いた窓から吹き込んでくる。爽やかな――高原のような綺麗な空気だ。
「凄いでしょー。これ、私の魔法なんだよー」
威張っているわけではないけど、どことなく誇るように胸を張るカトル。なかなか可愛いじゃないか……。
「シィ……いえ、カトルは本当に凄い魔法使いなんですよ」
「ややっ、止めてくださいよ」
「あう……」
強く払ったつもりはなかったのに、メイザーさんはフワリと大きくよろけるように俺から離れた。
離れたはずなのに、メイザーさんがもたれかかっていた背中には、彼女の柔らかさや体温が残っていて、まだ俺の背中にのしかかっているように錯覚する。
「ほら、ソーヤ! 早く来てよ!」
「おっ、おう、分かった」
すでに草原へ降り立っていたカトルが、遠くで俺のことを呼んでいる。
俺の気持ちを悟られないように、駆け足でカトルへ向かった。
筆舌しがたい、とは目の前に広がる光景のことをいうのだろうか。どこまでも広がる草原に、その向こうに見える森林地帯。
海外の風景を見せられている様な世界なのに、どこか郷愁を感じさせる空気を持つ不思議な空間だった。
「なるほど。さすが、厄災の魔女だな」
いつの間に来ていたのか、俺の背後にはニースが立っていた。
彼女もこの空間のことを知らなかったのか、目の前に広がる風景を見て感嘆の息を吐いている。結構気に入ったのか、目を閉じ胸いっぱいにこの清々しい空気を吸い込んでいる。
「メイザーさんは――」
「メイザーで良いわよ~」
んふふ、と柔らかな笑みを浮かべて、俺の『さん』付けを拒否するメイザー。まぁ、彼女が良いと言っているんだから、
だって、明らかに年上なのに、それは失礼だろう。
「ややっ、さすがにそれは……」
「ねぇ、呼んで~」
ぎゅぅっ、と俺の腕にしがみついてくるメイザー。さらに、腕に伝わるたわわな感触が伝わってくる。
男子高校生には、たまらない感触ですぞ!
「いやいや、さすがに目上の人を呼び捨てにするのは……」
「でも、本人が良いって言っているのに、それでもダメなの?」
ねぇねぇ、と俺の腕を
「はーい、離れなさい。すぐに離れないと、後で酷いわよ?」
俺とメイザーがさん付けで呼ぶ呼ばないの問答をしていると、遠くに居たはずのカトルがいつの間にか目の前に来ており、俺とメイザーの間に割って入って来た。
飄々とした雰囲気で俺にとりついていたにも関わらず、カトルがやや怒った様子で割って入っただけで脱兎のごとく離れていった。
「あの
「うっす。気を付けます」
「よろしい」
よくありがちな、嫉妬からの暴力という流れがカトルに備わっていなくて良かった。漫画だったら、今のでぶん殴られていただろう。
「それで、この世界はどう?」
「うん、マジですごくいい。めっちゃ気持ちいい」
外と時間の流れが違うのか、この世界の空には太陽が光り輝いていて、暖かな日差しが降り注いでいる。
「住みたくなったらいつでも言ってね。もっと人が住みやすいように改造するから」
「住むかどうかは別として、遊びに来るのはしたいな」
これほどの自然、近所じゃ絶対にない。土質も草の柔らかさも、靴下で歩いているから分かる良さがある。
「今はメイザーしか住んでいないから小さいけど、あれももっと大きくすることもできるから」
って!?
「メイザーさんって、あそこに住んでいたのか!」
そりゃ気付かないわけだ。今までずっと、こんな次元の狭間みたいな世界に居たなら気付くはずもない。
「でも、ソーヤが居ないときは私と一緒に家事をやったり、テレビ見たりしてたわよ?」
「うっ、うーん……。ここにも妖精さんが居たのか……」
どうやら、俺の家には俺以外の色々な人が今まで出入りしていたらしい。ちょっとしたホラーじゃないか。
「はいはいはい。カトルが作った世界自慢はここまでにして、そろそろ弱火にかけていた鍋が煮える頃だから、戻りましょ」
お母さんの様な呼びかけをしながら、先ほど脱兎のごとく逃げ去っていったメイザーが戻って来た。
先ほどまでのことは水に流しているのか、メイザーを見るカトルの顔は特に怒った様子もなく、仲が良い姉妹のように見える。
まぁ、神様に喧嘩を売った者同士仲が良いのだろう。ってか、それくらいの仲じゃないと、普通は神様に喧嘩なんか売らんか……。
★
当たり前だけど、無事に元の部屋――リビングに戻ってくることが出来た。
そこからダイニングに移動して、食卓に着く。今日からメイザーも一緒に食事をとるとのことなので、4人掛けのテーブルはいっぱいだ。
俺は帰ってから着替えどころか手も洗っていない状態だったので、とっとと手を洗いに行く。
「ソーヤ、早くー!」
「へーい」
二階の自室で着替えていると、階下からカトルが呼んできた。
パパっ、と部屋着に着替えて思うこと。
「何か忘れてるんだよな……」
メイザーが居たり、カトルが作った不思議な世界に驚いたせいで、何か重要なことを忘れている気がする。気がするというか、ほぼ確信だけどね。
しかし、忘れているんだからそれほど重要なことじゃなかったはずだ。それに、重要なことなら、そのうち思い出すだろう。
階段を下りでダイニングへと行き、用意された椅子に腰かける。
いただきます、の合唱と共に開かれる鍋は味噌ベースの辛めの仕上がりだ。野菜たっぷり肉たっぷりの、やりたい放題鍋となっていた。
一人ずつ好きなだけさらによそおい、さて食べよう、と箸をつけた時に玄関のチャイムが鳴った。
宅配便かな、と思ったけど、カトルたち皆の顔が一瞬で険しくなったので、それは無いとすぐに思い至った。
どうやら、夕食にありつけるのはまだまだ先の様だ。
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