魔法使いの集い
自分はただあわあわしながら見ていただけだけど、今回のことで俺が通っている学校が支配地になったらしい。
黒ずくめは最後まで顔を見せることがなかったけど、あれだけぐちゃぐちゃになってしまった学校を、明日までに直しておく、と言っていた。彼は、魔女と甲冑と槍娘を相手にヒステリックになっていたけど、かなり優秀な人なのかもしれない。
カトルが手伝おうとしていたけど、彼には彼の仕事のやり方があるようで丁重に断っていた。
その代わりに、彼は俺たちの庇護下に置かれることとなったが、立場はこれまで通り変わることなく学校の管理を担当してもらう、とカトルが言っていた。よく分がんね。んだんだ。
前日の夜にこんなことがあっても、明日は必ずやってくるし。学校だって、いつもと同じように行かないといけない。
特に心配していなかったけど、学校に着いて思うことはただ一つ。
綺麗に直ってるな、だ。
窓は壊れるわ、壁は凹むは、で修繕というよりリフォーム案件だったのにも関わらず、あの黒ずくめの彼は宣言した通り
そんな、全てが元通りとなった学校の教室。そこには普段と変わらない光景が広がっており、俺の席の後ろには
「……おはよう?」
「朝の挨拶は、『おはようございます』よ。クエスチョンマークは要らないわ」
「うっす……」
そして、静かに席につく俺。何か忘れているような気がするけど、それが何だったのか思いだせない。そのせいで、背中がムズムズしてきて気持ち悪い。
「む~ず、む~ず」
――って!
「やめーやっ!」
心ばかりか背中までムズムズし始めたと思ったら、後ろの席の鉄輪がよく分からない言葉を吐きながら、背中を人差し指でさすっていた。
挨拶をして少し話すだけの仲だったはずなのに、昨日もそうだけど、こんなに人懐っこい性格ではなかったはずだ。
「なに? 止めてほしいの?」
「さも俺が喜んでいるような言い方は止めてくれ」
「分かった」
「だから、指で擦るなって……」
俺の言っていることが理解できない訳ではないはずなのに、さっきと同じように――今度は鉄輪と話すために半分振り返っている俺の脇腹をさすってきている。
ちょっかいを出すのを止めさせるために、机にしまってあったアメちゃん二つ取り出して、鉄輪にあげた。鉄輪は片手で器用にアメちゃんの外袋を破ると、立て続けに二つのアメを自らの口の中に投じた。
味が混ざり合って訳が分からなくなりそうだけど、鉄輪が満足そうなのでそれほど不味くないのかもしれない。
「んじゃぁ、飴をくれた代わりに良い情報を
「どんな情報?」
久しぶりに饒舌な鉄輪の口から、普段聞くことがないワードが出てきたので気になって身を乗り出すように聞いてしまった。
「綴木の隣に、魔女が座っているよ」
「……あっ!?」
何でこんな重要なことを今まで忘れてしまっていたのか!
初めて黒ずくめの男と対峙したあの日、ニースからの『誰にも見せるな』と言われていた手紙を言葉巧みに俺から引き出し、さらに破り棄てたのは隣に座る小鹿さんだ。
小鹿さんは鉄輪から魔女であることをバラされても焦ることなく、いつも通り文庫本を読んでいる。まるで自分には関係ないことのように。
「あの、小鹿さん……」
声をかけるのもはばかられるくらい静かで静謐な雰囲気を放つ小鹿さんは、パタリ、と読んでいた文庫本を閉じて俺の方を向いた。
「何かしら?」
空を写す凪の水面のように、小鹿さんは穏やかな笑みを浮かべて俺に聞き返して来た。
焦りの色はなく、至った普段通りだ。
「あの日、俺が持っていた紙に反応したけど、あれは俺のちょっと特殊な友達が渡してくれた紙なんだ。そこで聞きたい。――小鹿さんって、魔女なの……?」
「そうよ。それがどうかしたの?」
否定するか肯定するにしても、多少は答えに窮すると思ったけどそんなことはなかった。淡々と、さも当たり前のように答えた。
「本当でしょ? 小鹿って、夜になるとフリフリのコスプレ魔法少女で出歩いてるんだ」
「マジか!?」
「嘘に決まってるでしょ!」
鉄輪から出た、小鹿さんフリフリ魔法少女説に反応すると、ネタにされた小鹿さんはドンと机を強く叩いてそれを否定した。
しかし、大声
「あっ……」
普段、声を荒げることのない小鹿さんの珍しい大声に、クラスメイトが好奇の目でこちらを見てくる。
「鉄輪がアホなこと言っただけ! 気にしないで!」
気にしない、気にしない。とこちらを向いているクラスメイトに説明すると、多少は「珍しいこともあるもんだ」といった雰囲気はあったが皆納得してくれたようで、各々先ほどまでの会話へと戻っていった。
「綴木酷いね」
「お前が何も言わなければ、こんなことにならなかったんだよ」
「でも言わないと、小鹿が魔女だって知らずにこれから過ごしていたのに?」
おっとそうだった。本題はそこだ。
不服そうな目をこちらに向ける鉄輪を放っておいて、まずは小鹿さんから話を聞かなければいけない。
「小鹿さん。小鹿さんが魔女だってのは分かったけど、なんであの紙を破ったの?」
「――てない……」
「えっ?」
「フリフリなんて着てないから……」
カァ……、と顔を真っ赤にしている小鹿さんは、うつむき加減に先ほど鉄輪が言った、フリフリの服を着ている、という言葉を否定した。
「あぁ、うん……。まぁ、それはいいんだけど」
それは別に気にしていない、というニュアンスで言ったつもりだったのに、小鹿さんは別の意味で捕らえたのか、再びキッ、と強い視線をこちらに向けてきた。
軽く怒るところは何度か見たけど、今回は結構怒っているように見える。でも、元の顔の作りが優しいので、本人は厳しく怒っているつもりなんだろうけど、もうしわけないけどそれほど怖くないのが現状だ。
とりあえず、話の腰を折ってしまった一端を担ってしまったので、軽く謝罪を入れておいた。
「それで、何であの紙を破ったのか気になったんだ。きっかけは今の鉄輪の言葉だけど、あの紙を破いていなければ俺だってすぐに鉄輪の言っていることを信じなかった」
どうしてそんな分かり易い行動をとったのか、と聞くと、小鹿さんは小さくため息を吐いた。
「あれは、とてつもない呪いがかかった物よ。近くに居る人の心をダメにするくらいに」
「そっ、それはないでしょ! だってあれ、ニースから貰ったやつだし!」
ニースが呪われた――それも、周囲を巻き込んで不幸にするようなものを渡すとは思えない。前に居た組織はどんなところか知らないけど、聖上位騎士というのだから呪いの類を消す方の人間だったはずだ。
「そうね。言葉が悪かったわ。呪いともとれるほど、強力な祝福が施された手紙よ。協力すぎて、手紙を持っている周りの人の魂すら浄化してしまう恐ろしい物だったのよ」
どれだけ恐ろしい物を渡して来たんだ、あいつ……。あの性格から、何かを狙ってやったとは思えない。
多分、良かれ、と思ってやったことなんだろうけど、手加減を知らなかったのだろう。ニースには申し訳ないけど、組織から狙われるのも分かる気がする……。
「それは……申し訳なかった……」
「本当ね」
容赦ない追い打ちに、ぐぅの音も出ないぜ。
「私の正体と、なぜ私が手紙を破ったのか分かったところで、こちらからも話があるわ」
「なに?」
「この学校が、
「おっ、おう」
小鹿さんが所属する魔法少女の組織以外にも、色々とこういった類の組織が存在するようだ。
昨日の今日で知っているということは、昨日のあの出来事が見られていたということだろうか?
「貴方のマスターは今まで見たことが無い魔法使いだったから、この地域で活動するのは初めてということよね? この地域は色々な勢力が混ざり合っている、ちょっと特殊な場所なの。だから、色々と説明することがあるからそれを説明するために貴方のマスターを呼んでほしいのよ」
マスターっていうのは、リーダーということだよな?
一応、俺を
昨日の出来事について色々と詳しそうなこと言っているけど、話の内容までは聞こえていなかったようだ。
まぁ、俺が役立たずなのは変わらないから、カトルが話し合ってくれた方が後々楽になるだろう。
連絡は昼休みにでも入れるとして、とりあえず小鹿さんの話には頷いておいた。
★
昼休み。朝に小鹿さんから言われたことをカトルに話すために、いつもの屋上へ続く踊り場で電話をかける。
カトルが電話に出ることが出来るのか不安だったけど、俺が家電で電話をしているのを犬の姿の時に隣で何度も見ているから、電話がどのような物かは理解しているだろう。
そういや、色々と物の使い方は教えておいた方が良いよな……。
「――もしもし、
数コールしてから聞こえてきたのは、聞きなれない優しい声色をした女性の声だった。
一瞬間違いとも思ったけど、スマホに登録してある番号からかけているし、それに名前も綴木だったので間違いないはずだ。
「あっ、あの、ニースか?」
カトルの声より若干低い声だったので、出るとしたらニースだろう。あいつ、こっちに来てから日が浅いというのに、もう色々と順応している。
電話に出るくらい朝飯前だろう。
「あっ、あぁ、はいはい。すぐに待っていてくださいね」
電話口で何かに気付いたニース? は、受話器を電話かけに置くと、トタトタとどこかへ行ってしまった。
向こうの音が大きいのか、それともスマホの性能が良いのか分からないけど、結構向こうの動きが分かってしまうくらい大きかった。
「もしもーし」
受話器が置かれて30秒もしない内に、再び受話器が持ち上げられる音と共に間延びした、今まで寝ていたようなカトルの声が聞こえた。
「カトル? 俺だけど」
「うん、ソーヤね。こんな時間に電話するなんて珍しいわね。私の声が聞きたくなっちゃった?」
「それもあるけど――」
「んにゃっ!?」
軽口を叩いてくるカトルに合わせただけなのに、向こうから変な声が聞こえた。
なぜか咽ているカトルの呼吸が落ち着くのを待ってから口を開く。
「――ちょっと話があってさ」
そして、小鹿さんに言われた通り、うちの組織の責任者として話を聞きに来てほしいことを説明した。
知っている人なので危ないことはないだろう、ともキチンと説明しておいた。だって、クラスメイトと昨日みたいなことはしたくないしね。
しかし、カトルから出た言葉は俺の予想していないものだった。
「別に行かなくてもいいでしょ?」
何でそんなことをしないといけないの、といった感じで面倒くささを隠すことなく言った。
「でも、この学校の周辺は何か面倒くさいらしく、色々と話があるって言ってたんだよ」
「だからって、そんな面倒くさい話を聞かなくてもいいじゃない。話があれば向こうがくればいいし、それに隣近所さんをこれから併呑していくっていうのに、そんな協定を結ぶようなことをしたらそれこそ面倒くさいことになるじゃない」
「いや、まぁ、それはそうだけど……」
そもそも、そんな三国志みたいな話を俺は望んじゃいないんだけど……。
「それに、私たちの王はソーヤじゃない。それを理解できない魔法使いなんて高が知れてるわ」
話はこれでお終い、と言わんばかりに、面白くなさそうに鼻を鳴らして話を打ち切った。
さらに俺が言葉を続けようとする前にカトルは、「今夜はお鍋だから、早く帰って来てね」といって電話を切った。
「…………」
さて、小鹿さんにはどうやって話をしようか……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます