支配を始めよう3
「何を勝手に、話を進めている! 契約を履行しろッ!」
前回会った時は追い詰められながらも、それなりに余裕がある声色をしていた。しかし、今回は状況が違ったのか、その声には焦りの色が混じり、ややヒステリックな声になっていた。
「私のやる気がなくなったから、契約の履行はできない。私が失敗したと言えば、家から代わりの人間が用意されるからそっちに頼んで」
「その家で、お前が一番強いんだろ! 何で敵に寝返ってんだ!」
家というなら、
「敵に寝返った訳じゃない。友人を傷つける奴が居なくなったから止めただけ。それに、正直な話、体にガタが来てるからこれ以上戦うのは無理」
ガタが来ている、と言う割には、鉄輪は平然としている。しかし、先ほどの戦闘を見ていれば、壁にめり込んだうえ押しつぶされるほどの攻撃を受けているのだから、無事な方がおかしいのかもしれない。
……そう考えれば、鉄輪の攻撃を受けた上に巻き添えを食らい、同じように壁にめり込んでいたニースは大丈夫なのだろうか、と考えたところで止めた。
鎧が傷まるけだが、中の人は何ともないようで平然と立っている。黒ずくめの男と対峙して緊迫感溢れる現場であるにも関わらず、ニースは欠伸をしている。兜を被っているから見えないとでも思っているのか?
「どうしても戦いたいなら、一人でやって」
戦えないから傭兵の鉄輪を連れてきたというのに、頼みの綱の鉄輪から職務放棄する旨を伝えられた黒ずくめは答えに窮した。
4対1。まぁ、4の内の1は役に立たない一般ピーポーだから勘定に入れるのもおこがましいけど、そこはまぁノリと言うことで。数的にも戦力的にも不利となった黒ずくめは俺たちを睨みつけるが、圧倒的有利となった俺たちの方にはすでに弛緩した空気が流れ始めていた。
「だっ、第一! お前! お前は何なんだ!」
黒ずくめが指さす先。黒ずくめの指の先へ視線を向け、ニースが後ろを向き、鉄輪が後ろを向き、カトルが後ろを向き、つられて俺も後ろを見る。
しかし、そこには何もなく、いつもの――というにはかなり暗い廊下が続いているだけだ。
視線を黒ずくめの男に戻すと、カトルが振り返り、鉄輪が振り返り、ニースが振り返り黒ずくめの男に視線を戻した。
一体、誰のことだと――。
「この場で一番場違いな、お前だ、お前ッ! 一番能力がないくせに、何で一番偉そうにしているんだ!」
何と! 黒ずくめが言っていたのは俺のことだったようだ!
いやさ、分かっていたけどさ。
目の前に居るカトルが、「先生、ここはガツンと言っちまってくださいよ」的な視線を送ってくるけど、何を言えば良いのかさっぱりと思いつかない。
それでも、何かは言わなければいけないだろうから、最近原因が判明したけど、なかなか誇れることを話題にしてみようと思う。
「一番能力が無いとは失敬な! こう見えて、俺は異世界から色々なものを召喚することに成功した男だぞ!」
カトルは違うと言っていたけど、俺としては上手くお膳立てしてもらった状態での召喚だと思っているので、それほど誇れるものではないと思っている。
しかし、こういった時の啖呵切りには丁度いい箔だと思っていた。
「お前が壊した校舎を直したのは、俺だぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」
「すいゃっせんしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」
頭を深く下げ、90°の角度で保持。最敬礼で、目の前の黒ずくめに謝罪した。
週初めに屋上へ続く踊り場を確認しに行ったときは、すでに修繕された後だった。あれはカトルが直してくれたものだとばかり思っていたけど、まさかこの黒ずくめの人が直していてくれたなんて!
「ちょっと、ちょっと! 何でソーヤが頭下げてんのよ!?」
「バッカ、お前。この人が、俺が汚したり壊した校舎を直していてくれたんだぞ。どう見たって感謝の対象じゃないか!」
俺が頭を下げたのが気に入らないカトルは俺に抱き着き、必死で頭を持ち上げようとして来た。しかし、その程度で俺の深い謝罪はとどまることを知らない!
「そりゃ、やってくれたんだったら感謝はしなくちゃだけど、その代わり、私があっちに魔法道具とかを工面していたんだから、別にそこまでへりくだることはないよ!」
確かに前に聞いた話では、俺が学校で魔法の実験をできるようにするために、裏でカトルが色々とやっていてくれたんだったよな……。
対価を払っているんだったら何をしてもいいとは思わないけど、そうなれば特にそれほど平身低頭することもないか。
「あぁ、そっか。なら、別にそこまで……」
「そうそう」
うんうん、とカトルは力強く頷いた――のが気に入らなかったのか、黒づくめは再び激昂する。
「お前ら、そろそろこっちも本気でキレるぞ……」
怒気を孕んだ空気をまとい始める黒づくめ。しかし、俺を除くファンタジー世界の住人三人は、それに関して特に気にした様子もなく、逆に黒づくめを睨み付けている。
「私は一抜けているから関係ない。ここの領土を侵そうとしているのは、そこの魔法使いと甲冑。でも、
そう、金輪は宣言した。
「
圧倒的余裕をもって、厄災の魔女カトルは言う。
「聖上位――」
「あのさ、殺すとか色々ヤバイワードが飛び交っているところ申し訳ないけど、もっとこう……穏便にできないの? ほら、みんなお友達になってさ」
どう考えても、進行上失敗するイベントだけど一応言ってみた。なんでか分からないけど、ニースが凄く睨んでいる気がする……。
視線から逃れるようにそっぽを向くと、ガシャン、と甲冑を響かせてニースが一歩進み出た。
「今のを見て分かっただろう! 人とはなんと身勝手な生き物か! このような生き物に、話し合いなど必要ない!」
ドン! とニースが肩に担いでいた大剣を廊下に突き下ろすと、悲痛な叫びのような声を上げた。
「ニースさん、あなた、どちらの味方ですか? そもそも、そのセリフは魔王的な人か組織のトップが言う言葉ではありませんか?」
「いいや違う。今まさに分かった。ソウヤくんが私のセリフに被せてきたことでね!」
わざとやったのがバレてしまったのか、ニースが俺を睨んできた。本気で怒っている訳ではないようで、雰囲気はまだ柔らかい。
甲冑の隙間から見える目も優し――いや、蔑んでいる!
こいつ、セリフを被せられたことをめちゃくちゃ怒っている!
「そもそも、アンタ何で
「ううっ、うるさい! やっと手に入れた魔法の実験場だ! 頑張って、頑張って、他のものには目もくれず、ひたすらに頑張って勝ち取った場なんだ!」
ここを手に入れるためにどれほど辛いことがあったのか分からないが、黒づくめの言葉の端々から、その感情がひしひしと伝わってきた。
「あー、分かる。うん、分かるわー」
本当に分かっているのか疑問だけど、甲冑女ことニースが腕を組んでうなずいている。ちなみに、大剣は廊下に刺さったままだ。
「分かるだと!? 貴様のような女に分かってたまるか!」
「いや、結構分かるよ。頑張って史上最年少で聖上位騎士になったけど、上司とか上の人からウザがられて殺されかけたしね」
的外れな上に笑えないニースの事情を聞かされた黒づくめの男は言葉を詰まらせた。
「そっ、そもそも、お前たちは何でここを狙う!? 魔力的によくない場所であれば、他のところを狙えばいいだろう!」
どうしても学校を手放したくない黒づくめは、強い魔法使いカトルと哀騎士ニースの気を別のところで向けようと必死だ。
しかし、カトルがここを狙っているのは、俺がこの学校に通っているからだ。つまり、俺がここの在校生である以上、別のところを狙うわけがない。
「ここが欲しいから。理由はそれだけで十分。逆に聞くけど、この場所であんたは何がしたいのよ?」
「この場所は、勝ち取った――」
「なら、別の場所を用意すれば出ていくの? それとも、思い入れがあるの?」
先ほどと同じ理由を述べる黒ずくめに対し、カトルは被せるように条件を提示した。
「素直にここを明け渡して私たちの下につくというのであれば、あんたはソーヤの庇護のもと、安全安心に実験を続けられるわ」
ここが戦国時代なら戦闘モードに突入してもおかしくないカトルの言葉だが、ファンタジー世界の住人である黒ずくめの男には魅力的な内容だったのか、瞳が少しだけ揺らいだ。
「まぁ、面と向かってやりあうなら、私は容赦しないけどね……」
ニヤリ、と怪しい笑みを浮かべながら、カトルは右手を掲げた。
攻撃をすると思ったのか黒ずくめは身構えるも、カトルはそれ以上動かなかった。
ただのフェイントだ、と身構えていた黒ずくめの空気がわずかに――ほんのわずかに弛緩した。だが、俺にはなぜそんな風に弛緩できたのか理解できなかった。
カトルが掲げていた手を握り締めた瞬間、周囲の空間がガラスのように砕け散り、辺りは黒に染まった。
「おっ、うわっ!?」
「ソーヤ、動いちゃダメ! 落ちたら死ぬよ!」
「そんなっ、こと言ったって!」
周りの景色が崩れ出したことで平行感覚を失い体を前後に揺らしていると、カトルから警告が飛んできた。足元にあったはずの地面も周囲と同じく崩れ去り、残っているのは足を着いている場所の周囲10センチ程度だ。
地面に突き刺した武器も足場として換算されるのか、ニースといつの間にか地面に槍を突き刺していた鉄輪に足場は大きく残っていた。
「お前! 何の真似だ!」
一瞬バランスを崩しそうになった黒ずくめだったが、すぐに態勢を整えるとカトルに怒鳴った。
「私の力を分かり易く説明してあげたのよ。こういっちゃなんだけど、私、強いわよ?」
そのまま写真が撮れてしまうような満面の笑みを浮かべながら黒ずくめを見るニースだが、笑顔を向けられた黒ずくめは体をブルリと震わせた。
「強いというのが理解できないのであれば、その証拠に、私はここを、あなたが私の強さを理解するまで維持することができるわ」
つまりそれは、あの黒ずくめをこの暗闇に閉じ込めておくということだ。
目の前に手を近づけても見えない真の暗闇ではなく、体全体は問題なく見えているのに、周囲は何もない黒一色。暗闇とはまた違う不気味な空間に、人の精神はどのくらいの間もつのだろうか?
想像するだけで恐ろしい。それは、黒ずくめも同じだったようで、顔中に汗を流し、早くなった呼吸を抑えるようにカトルに聞いた。
「おっ、お前たちの要求は何だ?」
「この学校の支配者を、ソーヤにすること」
「この学校に居るために、お前たちは俺に何を要求する?」
「何も。まぁ、ソーヤが実験で壊したり汚したりした時は、その補修や清掃くらいね」
「ほっ、本当にそれだけだな?」
「それ以外に期待はしていないわ」
突き放すような言い方だったが、黒ずくめは安堵の息を吐いた。
「わっ、分かった。その条件が本当なら、俺はお前たちの元に下ろう……」
「そっ? ありがとっ」
目の前を飛ぶ虫を振り払うようにカトルが腕を振るうと、周囲の黒が再び一瞬にして元の学校の廊下に戻った。
恐る恐る、元に戻った廊下を足でツンツンすると、足に伝わるのはしっかりとしたコンクリートの感触だった。
どうやら、問題なく元の世界に戻ってきたようだ。
「どーよ、ソーヤ!」
「えっ?」
「この学校、今日からソーヤの支配下だよ!」
ニコニコ笑顔でVサインを作り、学校が晴れて俺の支配下になったことを伝えてきた。
「ソッ、ソウダネ……」
これ以上の言葉が見つかるはずはなかった。
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