支配を始めよう2
「おい、ま――」
待て、と言い切る前に、隣に立っていたニースに掌底を食らい、先ほどまで居た教室へ飛ばされてしまった。
「ガハッ――! ニー……」
ニースの名を呼ぼうとした瞬間、それら他を含め、全ての音を破壊するような衝撃音が校舎中に響いた。
雷を何重にも降り注がせたらこういった音がするのだろう、と、そんな考えが頭に浮かぶほど凄まじい音だ。さらに、廊下から粉砕されたコンクリートの粉末が、風に乗って教室内へ侵入してきた。
「うえっ、ぺっ!」
コンクリート粉を吸い込んでしまい、自分の意識とは別に咳こんでしまう。その上、ニースの掌底のダメージが意外と体内で暴れまわっている。
「ニース!」
それでも痛みを我慢して教室から廊下を見ると、コンクリート製の廊下に背中半分を埋め倒れている甲冑姿のニースと、そのニースに槍を突き刺そうとしている鉄輪の姿があった。
「
突然襲ってきたクラスメイトに怒鳴るように聞くが、鉄輪はどこ吹く風といったようすで、俺の言葉などまるで聞こえていないように無視をした。
「かな――」
目の前に居る鉄輪の放つ雰囲気がおかしい。言うなれば、『怒り』だ。それも、ただの人間である俺にも分かるくらい、殺気とは違う知覚できるほどの怒りを放っている。
しかし、それ以上におかしい雰囲気を放つ奴が居る。
「クハッ――」
嫌な予感がした。ボコボコになった状態でこちらへ
カトルが言うには最年少で聖上位騎士になったと言っていた。それがどれほどの存在なのか分からないが、神に喧嘩を売り世界を三度焼いた厄災の魔女が褒めるのだから、実力もあるのだろう。
その実力ゆえだろうか。少しずつ潰され廊下に沈みつつあるニースが放つ雰囲気がおかしくなっている。
「ハハハハハハハハハ!!!!」
凄まじい力で押さえつけられ、標本のように地面に磔にされているにも関わらず、どこにそんな高笑いをする余裕があるのか、ニースは不気味に笑った。
「面白い! 昨日の魔法使いがこの世界の実力化と思ったが、お前のように、これほど強い奴が居るとはな!」
獣が唸るような歓喜の声を上げながらニースは、ガッ、と音が聞こえるほど強く鉄輪が持つ槍を握った。
そして、異変は数秒と経たず訪れた。少しずつ地面に沈んでいたニースの周囲に一気にヒビが入ったかと思ったら、次の瞬間には鉄輪が持つ槍から、ギチギチ、という不協和音が聞こえだしたのだ。
ゆっくりと、だが少しずつ鉄輪の持つ槍が曲がり始めているのが目で見て分かる。
鉄輪が全力を出し、槍でニースを貫こうとしている。だが、ニースの方が馬鹿力なのか、槍を曲げ始めるだけではなく少しずつ体勢を変え、起き上がろうとし始めている。
「ちっ!」
鉄輪は舌打ちをすると、槍を大きく振り上げた。槍を強く掴んでいたニースは、そのまま天井に打ち付けられ、次いで鉄輪の後ろ、ニースが潰されていたところとは反対の地面に叩きつけられた。
それでもニースは鉄輪の槍を離すことなく、それを悟った鉄輪も攻撃を緩める気はなく、さらに窓側の支柱に叩きつけた後、教室側の支柱へと交互に叩きつけ始めた。
「馬鹿! もう止めッ!?」
オーバーキルにしか見えないその光景を見て急いで止めに入ったが、鉄輪は一段と強く槍を振るい地面に叩きつけることでニースの手を槍から離させた。
そして、狭い廊下にも関わらず周囲に掠らせることなく器用に振り回すと、石突きで俺の服を絡み取り、そのまま戦闘をしているこの場から離すように投げ飛ばした。
「ぐげっ!」
使用済みのティッシュの如く放り投げられた俺は、廊下に尻もちをつくと潰されたカエルのような叫びをあげ、よく滑るリノリウムが張られた廊下を勢いよく滑っていく。
きゅきゅー、と勢い止まらず滑っていく途中、斜め方向に滑り出したと思ったら、教室へ続く扉に股から突っ込んだ。
そう、股だ。男子たる者、守るべき人が居る前に、絶対に守らなければいけない二つの尊い|玉(ぎょく)へ、ドアが鋭角に突っ込んだのだ。
「あっ、ア"ア”ア”ア”ア”ア”ア”!!」
股間に走る衝撃が脳天を突き抜け、例えるなら雷の如く口から咆哮という形で飛び出した。
「あ”あ”ぁ~……」
なぜ自分がこんな目に会うのか、と股間に走る理不尽な衝撃に耐えきれず情けない声を出すが、原因となった二人はこんなにも痛み苦しんでいる俺に全く構うことなく戦闘を続けている。
それどころか、いつの間に出したのか、ニースは大剣を振り回し鉄輪と戦い始めている。
得物の長さもあるだろうが、先ほどと同じように狭い廊下で周囲に当てないように器用に槍を振り回している鉄輪とは対照的に、ニースはそんなことお構いなしに大剣を振り回している。
昼に見た時は老朽化が進んではいるが、これから先何十年も問題なく使える校舎だった。
しかし、今は戦争でもあったのか――いや、現に戦争みたいに激しい戦いを繰り広げているため、今にも崩れてしまいそうなほどボロボロになってしまっている。
「うおぉ……痛ってぇ……」
股間に走る衝撃のせいで内股にならざるを得ない。情けなくも、ピクピク、ヒョコヒョコとした情けない恰好で、壁伝いに歩いて行く。
目の前で繰り広げられる光景は、最早漫画の世界だ。
どこの世界に、大剣を振り回す甲冑女が居るだろうか? どこの世界に、学校の制服を着て槍を振り回す女の子が居るだろうか?
どこに居る? ここに居るじゃねぇか! モウヤダー!
「お前ら、もう止めろ!!」
俺の怒声に答えるように、ゴッ! という衝撃音を放ちあいながら、ニースと鉄輪は互いに距離をとった。
俺の方に飛んできたのは、ありがたいことに鉄輪だ。
「おい、お前、鉄輪だろ?」
「そうだけど?」
涼しい顔をして戦っていたように見えていたが、実際は、ハァハァ、と肩で息をしている。額から頬を伝う汗が、それほど楽な戦いではないことを物語っていた。
まぁ、初めから楽に見えないしね。
「何で今まで俺を無視していたんだよ」
「無視はしていない。あいつがヤバ過ぎるだけ」
視線を外せば殺される、と小さく呟く鉄輪。
まさか、命までは取るはずないだろう、とニースの方を向くと、遠く離れた所から壊れた笑い袋のような声をあげて歩いてくるのが見えた。
白色の甲冑は、コンクリート粉と壁にしこたま打ち付けたせいで歴戦の猛者の如く汚れている。さらに、肩には大剣を担いで、明らかにまともとは言えないいで立ちだ。
「見ただけでヤバいでしょ? だから、早く逃げて」
一歩ずつ、ゆっくりと近づいてくる様はホラー映画のそれだ。本人がそれを意識しているのかどうかは別として、あれは近寄ってはならない存在だ。
……あれ? 俺とニースって仲間じゃなかったっけ?
「そうは言ってもあいつは――」
再び、俺が言い終わる前に場が動いた。
ニースと鉄輪の二人が動いたのではない。彼女たちの間には、まだ3メートルほどの距離があった。
それが二人にとって間合いであることは先ほどの戦いを見て理解していたが、バゴァ、と轟音が耳をつんざくと共に、突如として窓側の壁が破壊されそのままの勢いで二人とも教室側の壁に叩きつけられた。
俺の数十センチ向こうで始まった破壊という怪現象。どれほどの圧力がかかっているのか、二人とも壁にめり込み始めている。
しかし、その壁はベニヤと石膏で作られた軟弱な物だ。人がめり込むほどの力をこめれば、すぐにでも貫通するだろう。
それを見越したうえで鉄輪が自らにかかる力から抗うように、壁に対して側面を向いていた体を背中にするように向き直った。
だが、その行動は無駄に終わる。教室側の壁の材質は、先の通りベニヤと石膏だ。にもかかわらず未だ貫通しないということは、何らかの方法――魔法が使われている。
メキメキメキ、と木が爆ぜる音を出しながら、教室側の壁が
壁の反対側からも圧力がかかり、両側から二人を潰しにかかっているのだ。
「――って、おい馬鹿、止めろ! 何やってんだ!」
目の前で行われる奇想天外な超常現象博覧会に目が行き過ぎて忘れてしまっていたが、この魔法を使っているのはカトルだ。
あいつ、鉄輪だけじゃなくニースまで平気で巻き込んでいる。これは、厄災の魔女と忌み嫌われていてもおかしくないぞ。
「おーい。大丈夫だったぁ~?」
その本人は、のんきに俺に対して手なんか振っている。ぴょんぴょん、とその場で小さくジャンプしながら、体全体を使ったアピールだ。
可愛い。可愛いのだが、今もなお校舎内の廊下で行われている、人間圧縮機の光景はそのテンションに似合わなかった。
「ニースも、かな――クラスメイトも潰れてる! すぐに止めろ!」
カトルは、「えっ? 何だって?」と、いう言葉が聞こえてきそうなジェスチャーを俺にやってきた。あいつ、絶対に聞こえているだろう!
「すぐに止めないと怒るぞ!」
大声で怒鳴ると、全く堪えた様子のないカトルは腕を小さく振るった。それと同時に圧力が消えたのか、壁や建物がきしむ音は一瞬にして消え去った。
しかし、きしむ音が消えたと思ったその刹那、金属同士がぶつかり合う――大剣と槍を使った戦闘が再開された。
さっきまで壁にめり込み、潰れかけていたというのにその押さえつける力が無くなった瞬間から、再び戦闘を開始する二人の体の頑丈さに敬服すると同時に恐怖しか感じねぇ!
「あぁ、もう止めろ! 何でこんなことになってんだ!」
ひと駆けに近づき、戦闘真っ只中の二人の間に入った。
「ッ!?」
「クッ――」
ボッ、という音と分厚い風を体の前後に受けながらも、それ以上、俺の体には衝撃も痛みもやって来なかった。
恐る恐る目を開けてみると、ニースの大剣が俺の顔面へ沈み込むまで後数センチという所で停止している。さらに後ろを見ると、殺し屋のそれと見間違うような眼光をした鉄輪が持つ槍が、俺の背中――服へほんの少しだけ刺さった状態で止まっていた。
「よしっ! 落ち着け、二人とも! ゆっくりと、ゆっくりとで良いから武器を引いてくれ」
俺が命がけで止めたのが功を奏したのか、二人とも想像するよりもあっけなく武器を引いた。
それでも、互いの一挙手一投足に注意しているのか、相手のちょっとした動作に合わせて体を動かしているのが分かる。
「まずは聞かせてくれ。鉄輪は、何でここでこんなことをしているんだ?」
ニースがここに居る理由は分かっているので、先に俺の後ろに居る鉄輪に頭だけ軽く向いて話を聞いた。
「この学校が襲われるという話を聞いてやって来た。そしたら、
甲冑お化けて……、と一瞬気が抜けそうになったが、すぐに気を取り戻し話す。
「この甲冑お化けは、ニースっていうんだ。事情は色々とあってまぁアレ何だけど、別に俺を襲うような存在じゃない」
本当に? といった表情で俺を見つめる鉄輪。それに、頷くことで答えた。
「俺を心配して戦ってくれたのは嬉しいけど、ニースも同じ理由なんだ」
「ウゴー、ウゴー。オレサマ、セカイセイフク、スリュ……」
ガチャリ、とニースの兜の面覆いを上げて、その中に納まった可愛らしい顔についている鼻をつまみ上げた。
「中途半端に捻った返しをしようとして失敗したうえに、噛むなよ!」
「痛たたたた! 兜の中に手を突っ込んでの攻撃は卑怯ですよ! 反則です! レフリー! レフリー!」
叫ぶニースに構うことなく、力いっぱい面覆いを下ろすと、今度は鉄輪と正面になるように向き直った。
「あーと、さっきの話の続きになるんだけど――」
「うぇーい! 私、参上!」
大きく破壊された窓から廊下に飛び込んできたのは、先ほどまで外からニースごと鉄輪に攻撃をしていたカトルだ。
ボロボロな俺たち三人とは違い、カトルは身ぎれいで涼しい顔だ。
「ってか、皆、さっきから俺の話の腰を折るのが好きだな!」
「参上しただけでこの言われよう。犬の身には辛すぎ」
「犬は卒業しただろ。蒸し返さないで!」
巻き込み事故のようにやって来たカトルをニースの隣に置いて、再び鉄輪を話し始める。
「悪い。――それで、ちょっと聞きたいんだけど、鉄輪で良いんだよな?」
「……? そうだけど?」
今日も学校で会っただろう、と言いたげな鉄輪の顔だ。それでも聞かずにはいられない。だって、俺の知っている鉄輪は、こんな漫画の世界の住人ではないはずだ。
「あぁ、そうだな。分かった。それで、鉄輪はここにこんな物騒な物を持って何をしに来たんだ?」
「
あちゃー、と顔を覆うしかなかった。攻め込もうとしている奴って、めっちゃ俺らじゃん!
「それは、鉄輪がこの学校を支配しているから?」
「違う。私は、排除するように言われただけ」
「誰から?」
「家から」
「親とか?」
「違う。うちは、古くから傭兵紛いのことをやっている。これもそのつながり」
「傭兵……?」
傭兵という言葉があまり身近な言葉ではないので理解するのに時間がかかったが、やっぱりどう考えても金で雇われて戦う職業の人しか思い浮かばない。
「そう、傭兵。今回は、この学校を根城にしている人からの依頼で、ここに攻め入ってくる奴らを排除するように頼まれた」
それで俺たちか……。その依頼をしてきた奴っていうのが、昨日見た黒ずくめのことだろう。
「私からも聞きたいんだけど、
「いや、ちが――……」
甲冑お化けと魔法使いを引き連れて学校に来ている時点で、俺ではないと誤魔化せるはずもない。かといって、ここで認めたならば再び戦闘が始まってしまうだろう。
「綴木は普通の人だったと思ったんだけど、違うの?」
「まぁ、俺は普通――」
「普通の人」と言葉をつなげようとするも、それを遮るように始まったカトルの拍手によって止められてしまった。本当に話の腰を折るのが好きね。
「良い勘をしているわね、槍使い。そう。このソーヤは王になる器を持つ男。この学校は、その足掛けになるところよ」
堂々としたその行動と声は、侵略者のそれだ。攻める方が正しく、攻められる方に落ち度があると言わんばかりの、侵略者然とした。
「なるほど――」
何をどう納得したのか、鉄輪が小さな返事で頷いた。
しかし、鉄輪は手に持つ槍を少しだけ引いて俺を見た。
それに合わせて、ニースも俺の頭にめり込むギリギリのところで止めていた大剣を少しだけ引き、いつでも迎撃できる体勢をとった。なお、迎撃時には俺が犠牲になるもよう。
「人員不足のため、今ならソーヤを
何とも世知辛い話だ。アイドルに例えるなら、始まりの人たちが頑張って作り上げた地位に突然外来種的な可愛い子が編入してきて、今まで築き上げてきた人気をかっさらってしまうような!
ん? 微妙に違うか?
「ふ~ん。面白そう」
本当に面白いと思っているのか疑問に思える返事だったが、先ほどまで殺気立った視線でカトルとニースを睨みながら槍を持っていた鉄輪だったが、その雰囲気が霧散すると共に槍も数回振り回すと脇に抱えるように地面に置いた。
すでに敵意が無いと判断したのか、消すまでに至らないまでも、ニースも大剣を引いた。これで、俺の体が縦に真っ二つになることはない。
「その話、詳しく聞かせて」
「えぇ、良いわよ」
悪魔の微笑みのような怪しい笑みを浮かべながら、カトルは鉄輪を迎えた。
「鉄輪の槍兵!!」
穏やかとはいかないが、やっと落ち着きを見せ始めた場に怒気を孕んだ声が響き渡った。
そちらに目をやると、そこには昨日見た時と同じ、黒ずくめが立っていた。
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