支配を始めよう

 ノリと勢いだけで俺を王様にしようとするカトルとニースを鎮めるのに、あれからかなりの時間を要した。

 最後は温めた牛乳を飲ませて心を落ち着かせてから、布団に連れていき無理やりにでも眠らせることで、なんとか寝かしつけることに成功した。子供かっつーの。

 次の日――というか、すでに日付が変わってからの就寝だったから、今日はとても眠い。

 そんな目をこすりながら登校して教室の自席に座ると、隣の小鹿おじかさんの席を見た。普段であれば俺が登校するよりも先に席に着いているのに、今日は珍しく居なかった。

 真面目に授業を受けている印象の小鹿さんだけど、皆勤賞は狙っていないらしく、通常の授業であれば休むこともある。なので、今日は休みなんだと思う。

「(聞きたいことがあったんだけどな……)」

 聞きたいこと、とは昨日の黒ずくめに関してだ。ニースから貰った「人に見せるな」と言われていた似顔絵を、俺は簡単に小鹿さんへ渡してしまった。

 操られていた、という自覚はなかったけど、その時点で操られていたのかもしれない。まぁ、その辺りも含めて聞こうと思っていたんだけど。

 さすがに、正面から無防備に聞くのも良くない、ということで、カトルから加護というのを付与してもらった。RPGのような魔法にワクワクしたんだけど、残念なことに目に見えて変わったようなところは無かった。

 ニースからは祝福が施された短剣を貰ったんだけど、刃渡り50センチオーバーの剣だったので玄関にある傘立てにさして登校した。さっきから、自宅の電話から鬼のようにコールが入っているけど気にしない、気にしない。

 あんなもん持って外を出歩いたら、職質待ったなしだわ。

「おはよう」

 今日は休みと思われる小鹿おじかさんを気にしていると、やや斜め後ろから消え入りそうな小さな挨拶が聞こえた。

「オハヨー。今日は居るんだな」

「うん」

 そこに居たのは、俺の後ろに席がある、鉄輪かなわ馨子きょうこだった。自分で切っているという乱雑なショートカットなのに、そうであるのが自然なように似合っている、冷めた表情をしたクラスメイト。

 身長は俺よりも少し高く、手足がスラリと長い。本人は槍術をやっているから、と言っているが実際に本当なのか分からない。学校は休みがちで、来てもクラスメイトとは全く話すことなく、話すとすれば俺くらいだ。まぁ、前の席ということもあるけど。

「小鹿は休み?」

「そうみたい」

 昨日は、鉄輪休みで今日は代わりに小鹿さんが休みだ。

「死んだか」

「おいおい」

 鉄輪は何かと小鹿さんに対して口悪く対応している。本人曰く、そりが合わないということらしいけど、俺はそれだけではないような気がした。

 何て言うか、確かにそりは合わないんだろうけど、それ以上に嫌っているというかなんというか……。

「それ、似合ってるね」

「ん?」

 そう言い、鉄輪が顎で示したのは、俺の手首に巻いてある綺麗な石だ。細い革が編まれたバンクルに、蒼色の石も一緒に編み込まれたもの。

 ニースがお守りとして持たせてくれたんだんだけど、その持たせ方がほぼ無理矢理だった。俺の腕力チカラでは抗うことが出来ない、さらに強力な腕力チカラでねじ伏せられながらつけられた。

 俺が抗ったのにも訳がある。それは、この学校がアクセサリーの類を付けることを禁止しているからだ。クラスの女の子はそんなことお構いなしにピアスやらなんやらつけているけど、俺は真面目な生徒で通っているのでそんなことはしたくなかった。

 まぁ、教科を担当している先生たちもそこまで煩い人たちじゃないから、俺がつけていても特に問題はないと思うけど。

「お守り?」

「んー、らしいね。俺はこういったのよく分からないけど、そんな感じだって言ってた」

 何から守るかは明白。昨日のようなことが無いように、魔力を持った魔法使いから身を守るためだ。

 もし魔法使いが近くに来ると、この蒼色の石が輝いて知らせてくれる。さらに攻撃された場合は、反射もしてくれるのだ。

 ただし、このお守りも強いことは強いのだが、それ以上に強力な攻撃に晒されると石が壊れてしまうので要注意とも言われた。

「そういうのが好きなら、言ってくれたらよかったのに」

「いや、別に好きってほどのもんじゃ……。おっと、それより先生が来たぞ」

 普段は、挨拶をして終わりだけど今日の鉄輪はなかなか饒舌だった。

 「これで?」と思うかもしれないけど、普段の彼女を知っている人間ならば、かなり会話をしていると思うだろう。



 最後の授業も終わり、クラスはすでに閑散としている。クラスメイトの半分は部活に行き、残りの半分は帰宅部なので、各々好き勝手に徒党を組んで帰って行ってしまった。

 俺はというと、例に漏れず帰宅部なので帰る人の波に逆らうことなく下駄箱までやって来た。

 しかし、そこで不思議な物を見てしまった。靴を履き替えるために靴入れのフタを開けたところ、ピンク色の綺麗な封筒が入っていたのだ。

 赤いハート形のシールで封がされているそれは、まさにラブレター!

 何かの間違いかと宛名を見ると、丸みを帯びた可愛らしい文字で『つづきくんへ』と書かれていた。

 クラスメイトに見つからないように急いで物陰に隠れて内容を確認すると、中の手紙にも宛名と同じく丸みを帯びた文字で『放課後、教室で待っていてください』と書かれていた。

 これは、まごうことなきラブレター! 甘酸っぱいね!

 甘酸っぱいナニカが喉元までせりあがってくるくらい、慣れない状況に焦っちゃってるよ!

 だから、俺は皆が帰った後も教室で待っている。時刻はすでに6時だ。かなり待たされているけど、相手のも緊張しているのだろう。俺は紳士だから、相手に焦らすことなく、また自身も焦ることなく落ち着いて待っている。

 んで――だ。ここで皆に問いたいことがある。

 俺の隣、まぁ、右隣は小鹿おじかさんの席なんだけど、その反対側の左側の席には小野君というちょっと大柄な生徒が座っている。もちろん、今は部活の最中なので運動部に所属している小野君はここには居ない。

 その代わり、白色の甲冑を着たおかしな奴が、当たり前のように椅子に座って本なんぞ読んでいる。夕暮れの季節柄弱い西日が差し込む教室に置いて、白色の甲冑というのは異質を通り過ぎて、逆にVRゲームをやっているように錯覚してしまう。

 これはやはり突っ込むべきなのだろうか? 

 相手は、本を持ち込んで徹底的に長期戦の構えだ。俺はというと、スマホを弄っていてはラブレターの主に失礼だと思い、カバンにマナーモードにしたうえでしまっている。

「なぁ……」

 静かな教室では、俺の呟きも良く通る。

「恥ずかしい話なんだけど、今からここに俺を呼び出した人が来るんだ。何をしに来たのか分からないけど、その子が怖がるといけないから出て行ってもらえないかな?」

 白い甲冑は、俺の言葉に反応して静かに本を閉じると、ガチャリ、と軽い金属音を出して俺の方を見た。

「我が名は、ニース・カウンティノー」

「知っとるわ」

「その手紙の主は、私だ」

 聞いた瞬間、無意識に手紙を破り捨ててしまった。

「あぁぁぁぁぁぁ!? 何て酷いことを! ソウヤくん! 君は、君という奴は、どうしてそんな酷いことができるんだ!」

「それは、こっちのセリフだ! 男の純情、踏みにじりやがって!」

「なぜだ!? 直接会いに行くと問題があるだろうと思って、帰り際、確実に寄るであろう場所に手紙を置いただけだというのに! それに、チラシの裏では味気なかろうと、頑張って100円ショップで私に似合う柄の封筒と便箋を選んできたというのに!」

「もっと分かりやすくしろ!」

 甲冑を両手で覆って、おいおい、と泣き始めるニース。甲冑を着ているせいで図体が図体なため、見た目はひどく滑稽だ。

 いや、そんなことより傷ついているのは俺の方だ。初めてもらったラブレター(と思っていた)が、よりによってニースからだったなんて。ニースから貰って嫌だ、という訳じゃない。

 でも、これは「好きです」的な甘酸っぱい話ではないことが確定しているから問題なんだ。

 だってそうだろう。ニースが甲冑姿でここに来ているんだから、問題以外のなにものでもない。

「ハァ……。それで、何でこんなところに居るんだよ?」

「んあ? あぁ、それは、厄災の魔女がソウヤくんを引き留めておくように言っていたからだ」

「なら、普通に言えよ……」

 何て回りくどいことをするんだ。後で文句を言わないといけない。

「それで、カトルはどこに居るんだ?」

「準備があるから、後で合流するそうだ」

「後ねぇ……」

 無駄にこんな時間を過ごしてしまったけど、今日は帰って見たいテレビがあるんだ。それをすっぽかしてまでここに居たというのに、結果がこんなんじゃやる気も出ない。

「いつまでここに居ればいいんだ?」

「そこまでは聞いていない。合図があるまで、ソウヤくんを守りつつ待機するように、と言われただけだ」

「そうか」

 そう答えると、カバンを持って立ち上がった。

「どこに?」

「帰りたいけど、帰れないんだろ? 仕方がないから、自販機でジュースでも買ってこようかなって」

「ふむふむ、なるほど。実は、私も喉が渇いていてな」

「いや、自分で買えよ」

 声色から俺に買ってもらおうとする気まんまんのニースに、先に釘を刺しておいた。さすがに、そこまでする義理はないと思うんだ。

「なるほど、分かった」

 そういうと、ニースは、スルリ、と脇に帯びていた剣を抜いた。

 さすがは異世界の住人。ジュース一本でも武力行使に出るのか、と思ったけど、異世界の住人の思考は凡人高校生の予想を遥かに上回っていた。

「ちょっとモンスターを狩ってくる。なに、適当にそこいらをふらついていれば、向こうから襲い掛かってくるだろう」

 ククク、と騎士とは思えないほど悪どい笑いを浮かべながら、ニースは手に持った剣を小さく震わせていた。その姿は、血に狂い、目につく生き物全てを切る暗黒騎士のようだ。

 そもそも、この辺りにモンスターなんて居ないだろ。ゲームじゃあるまいし。

「実は、ここに来るときも髪を逆立てた人相の悪いモンスターに絡まれてね。ちょっと腕をひねり上げたら、泣いて逃げていったよ」

「それ、人間だから!」

 マジで油断も隙もあったもんじゃないな、このダメ騎士は。早いところカトルと合流しないと、俺の力じゃ止められないぞ。

 仕方がないので不本意ながらニースにジュースを奢ることになってしまったので、連れ立って教室を出ようとしたところで、そとからガラスが割れるような音がした。

 まさか、ニースが本当にモンスターのような見た目の人間を狩りに行ってしまったのではないか、と悪い予想が頭を駆け巡ったけど、後ろを振り向くとそこには白い甲冑が居た。

 「ではどこからだ?」と、窓の外に目をやると、空がありえないくらい紫色に染まっていた。

 しかし、それは中途半端にだ。天空は日がほぼ沈んだ青空が広がっていて、紫色は割れたガラスが元に戻っていくように組みあがっている・・・・・・・・最中だった。

「あれが合図だ」

 俺と同じように空を見ていたニースが呟くように言った。

「なら、これからどうするんだ?」

「いったん、屋上へ行こう」

 行動を決めると、すぐに教室を出た。向かうは、昨日、学校から出る時に使った屋上だ。

「待った」

 だが、廊下に出てすぐのところでニースに止められた。

「どうした?」

「敵が来た」

 昨日の黒ずくめだろうか、とニースが睨む暗い廊下の先を俺も見つめる。

「そこに居るのは誰だ!」

 そうは言っても、普通ならその問いに答えることもなく戦闘になるのが漫画の常だろう。しかし、ニースの言う『敵』という存在は律儀にも名乗りを始めた。

鉄輪かなわ総上そうじょう一朗太いちろうた馨子きょうこ

 そこに居たのは、俺の後ろの席に座っている鉄輪だった。しかも、手には大ぶりな槍を持って。

「推して参る――」

 そう言い、鉄輪は少しだけ膝を曲げると、次の瞬間には俺の視界から消えていた。

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