いつもの学校4
あれだけ激しい戦闘を行ったというのに、闇が晴れた後の図書館は特にこれといった破壊痕はなかった。
あの黒ずくめが何だったのかというのも気になったけど、それよりも学校から出ることが先決だった。
そこで初めて知ったんだけど、学校の警備システムって窓ガラスに触れただけで作動するんだね。図書館の窓から外を見ようとして窓ガラスに触れた瞬間、電子的な警報音がなり始めて死ぬほど驚いたよ。
ニースの指示でいったん屋上へ出てから、外へ飛び降りることになったんだけど、やっぱり異世界人ってちょっと常識ないよね。だって、俺が学校の屋上から飛び降りたら『全身を強く打って』状態になるっていうのに、ニースは平気で「やれ」って言ってくるし。
「できない」「やればできる」「死ぬわ」「気合が足りない」と言った問答の後、民間警備会社の青色灯が見えた辺りで、ニースにお姫様抱っこをされて飛び降りるという屈辱的な最後を迎えて、この場は終了となった。
★
俺たちの帰りが遅かったからか、カトルが通学路の途中まで迎えに来てくれていた。何があったのか事細かく説明すると、実際に戦ったニースよりも俺の方を大層心配してくれた。
「んで、その手に持っている物は?」
心配してくれたのは大変ありがたく嬉しいことだけど、ニースの手に持たれたアイスを見た瞬間、カトルの目の色が変わった。
「ソウヤくんに買ってもらった」
なぜそれを選んだのか問うと「数字が大きい方が、美味しいに決まっている」と妙になれた回答が返って来た。こいつは、本当に順応が早いぜ……。
「そう。まぁ、いいわ。夕飯食べられなくなっても知らないから」
今まで幾度となく、俺が妖精さんの仕業と思い込みながら食べていた食事を作ってくれていたカトルは、何気にお母さんっぽい言葉を吐きながらニースを見た。
この間まで、厄災の魔女だのなんだの言っていたのに、ずいぶんと仲良くなったもんだ。
★
「そう。そんな奴が学校に居たなんてね」
食事がすんだあと、ことの経緯を説明すると、カトルは難しそうな顔をして俺の話に聞き入った。
「そうだ。そこで、私は言ったんだ。『ソウヤくんこそ、王の器たる人物だ。ここに王は一人しか居らない』――とね!」
それまで俺の話に注釈を入れることなく丸投げしていたニースが、突如として血迷った話を始めた。そういや、近いことをあの場でも言っていたな。
「そういや、さっきから王だの何だの、いったいどういう意味だよ?」
「それはそのままの意味だ」
俺から詰問口調で言われたのが気に喰わないのか、フン、とそっぽを向いて拗ねてしまった。
「おい、カトルからも何か言ってやってくれ。意味が分からん」
「まぁ、騎士は仕える相手が居て、初めて騎士になれるからね。この聖上位騎士の場合、信じていた騎士団の人間に裏切られ、崇拝する神様も居ないこんな世界に投げ出されたんだもの。何かに縋りたくなっても、別に変じゃないわ」
カシャリ、という音が聞こえたのでニースの方を見てみると、図星だったのか兜だけを被って知らんふりをしていた。
その様子を見たカトルは、「相当重症ね」とため息を吐く。俺も黒ずくめと戦っていた時とは全く違い、情けないニースにため息を吐きたくなった。
「その黒ずくめから、何か言われたりとかした?」
「あぁと……。しっかりとは覚えていないけど、『ただの人に戦う理由を求めるとか恥ずかしい』だったかな?」
言葉はこれほど砕けてはいなかったと思うけど、内容としてはおおむねこんな感じだ。
「あぁ、なるほど。確かに、そんなことを言われたら言い返したくなるわね」
「何で言い返したくなるんだ?」
「それは、さっきも言った通り、騎士は仕える人間が居ないと成り立たないの。神々の
と、ここまで話して一旦区切った。俺が理解できているか確認のためだったけど、正直理解が追いついていません。
でも、カトルはさほど気にした様子もなく、話を進めていく。
「この世界の住人であるソーヤと一緒に行動している時点で、別の世界から流れてきたのは聖上位騎士一人と予想された。そして、その聖上位騎士はソーヤを守る行動をとった。神々の
ボッチという言葉が異世界でも通用するのか疑問だったけど、兜が一段と強く揺れたところをみると、それ相応の言葉はあるのかもしれない。
「あぁ、そうか。良かった、良かった」
「良かった? 何で?」
俺が安心したのが気になったのか、カトルは不思議そうな顔で聞いてきた。
「だってさ、一宿一飯の恩で、人を『王様にする!』とか言い出す奴が居たらどうよ?」
「頭がおかしいか、マジで言ってるんだとしたら、相当重い女ね」
「だろ?」
でも良かった。ニースが言ったことは本気ではなく、売り言葉に買い言葉のようなものだと判明して、心が軽くなった。
「ハハハハハハ!!!!」
今まで兜を被って聞こえないフリを決め込んでいたニースが、高らかに笑いながら起き上がった。
「その通りだ、ソウヤくん。頭がおかしい? 重い女? 勝手なことばかり言う。あの黒ずくめに言われっぱなしというのも腹が立ったから、言い返すための方便としてソウヤくんを使わせてもらった。だから……ヒック……だがっ、だがら……ウッ……ゾウビャグンのゴドなんが……」
途中までしっかりとした口調だったというのに、最後は何を言っているのか分からないくらい嗚咽が混ざった言葉になってしまっていた。
「えぇっ!? 急にどうしたんだよ!? 何で泣くんだよ!」
「泣いでなんがないっ! 助けでも
うわぁ……、ちょっと重い女の子でしたかぁ……。
確かに、偶然とはいえ召喚することで間一髪のところで助けたし、傷も治した。その後――とはいっても、本人は一日で回復したので、何をやったということもないけど、確かに優しくしたといえばした。
でも、そこから王様云々まで飛躍するのは、やっぱおかしい……。
「なぁ、ニース……」
「ウヴーー! ウヴーー!」
ニースに向かって手を伸ばそうとすると、駄々っ子のようなうめき声を上げながら、的確に俺の手を弾いていく。何でこんなところでそんな力を発揮するんだ。
どうにもならずカトルに助けを求める視線を送るも、こちらはこちらで黙考しているのか目を閉じている。
これが世にいう四面楚歌という状態か……。
「――って、いやいやいや。何とかしてくれよ、カトル!」
名を呼ぶと、カトルは、カッ、と目を見開いて膝を叩いた。
「聖上位騎士! 貴女の意見を採用するわ!」
「んん!?」
突如として流れがおかしくなった話に、変な息が漏れた。
こいつ、何言ってんだ?
「今まで、ソーヤが魔法の実験をする場所を借りるために色々と技術提供してあげていたけど、ソーヤに私の存在がバレちゃった以上、 別に隠す必要なんてないじゃない! それに、こってちには聖上位騎士っていう無駄に生き汚い駒も居る!」
学校の屋上手前の踊り場は、俺の魔法の実験場だった。黒ずくめが言った「ここは我らの領域」というのを鑑みれば、あの場所を含む学校はあいつらの場所だったのだろう。
そんなところにノコノコ行って魔法の実験を安全にできていたのは、裏でカトルが手を回していたからか!
くそう、悔しい。
でもその前に、目の前に本人が居るのに、生き汚い駒とか言うなよ!
「聖上位騎士! この辺りの下等魔法使いや騎士被れをぶっ倒して、この辺りの領土をソーヤの物にするわよ!」
「いや、しなく――」
――てもいい、という前に、俺の横で伏せて泣いていたニースが立ち上がった。
「厄災の魔女などと意見が合うのは甚だ不本意だが、これも助けられた恩義を返すためだ。協力しよう!」
ヤダ、この子。目が少年のようにキラッキラしてる。絶対に自分の居場所が出来て喜んでいる顔だ。
「そうと決まれば、さっそく喧嘩を売りに行くわよ!」
「応ッ!」
カトルはいつも通りの服装だが、ニースはあの黒ずくめの時と同じように、自らの影から甲冑を出現させ一瞬で着替えた、
「止めろ、お前らぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」
一人勢いに乗れず取り残された俺は、ここでの唯一の常識人だった。
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