いつもの学校3

 今日の授業も無事終わり、特に用事が無かった図書館に寄ってから帰途につく。今日はバイトが無い日なので、寄り道をしようか、それとも真っすぐ帰ろうか迷ってしまう。

 いやいや、今日は真っすぐ帰ろう。カトルやニースが待っているのだから――。

 ベチン!

「いったぁ!?」

 帰るために歩いていたら、突然両ほほに衝撃とも呼べる痛みが走った。まぶたの裏に火花が散ったのは、二カ月前に車に轢かれたとき以来だ。

 結構最近だったぜ……。

「ぼうっ、としていると悪鬼デーモンに連れていかれるぞ?」

 可愛らしい声だが、しっかりとした口調の声が聞こえた。

 ふわふわしている視線を整え、目の前に居る――俺の両ほほを叩いた人物を見る。

「あれっ? ニースじゃん」

「おはよう。さっきも言ったが、ぼうっ、としていると悪鬼デーモンに連れていかれるぞ?」

 やけに悪鬼デーモン推しのニース。ちなみに、ニースの格好は、魔法陣から召喚された時に着用していた甲冑だ。

悪鬼デーモンっいて言ってもな……。ここは、学校だぞ? そんな奴がそうそう居てたまるかよ」

「そうか? 学校とはずいぶんと物騒で寂しいところ何だな」

 兜越しでも、ニヤリ、と笑っているのが分かる口調だった。

 なぜそんなことを言うのだろうか、と周囲を見渡すと、そこは今まで歩いていたはずの学校の廊下ではなく、真っ暗なうすら寒い空間だった。

「なっ、なんだここ!?」

 突然変わってしまった景色に狼狽え、足元が不確かになって転びそうになったけど、寸でのところでニースが支えてくれた。

「大丈夫か?」

「いやいや、何だよここ!? えっ? ニースがやったの!?」

 妙に落ち着いているニースにこの状況を聞くも、ニースはかぶりを振って俺の問いを否定した。

「だから言っただろう。ぼうっ、としていると悪鬼デーモンに連れていかれるぞ、と」

「そもそも、その悪鬼デーモンって何だよ!?」

「魔女――悪い魔法使いの総称だ。昼に言っただろう。悪い魔女が居るって」

 何も聞いていないんだな、とニースは呆れたようにため息を吐いた。

 確かに昼飯時に聞いた覚えがあるけど、突然、何の前触れもなくこんなことになるとは思っていなかった。忘れてしまっても仕方がないだろう。

「私が描いた、魔女の似顔絵があっただろう? あれを手放さなければ、まずこんなことにならなかったはずだ」

「似顔絵……」

 似顔絵を貰ったところまでは覚えている。その後、クラスメイトに質問攻めにあったことも。

「似顔絵を魔女に渡しただろう? 誰に渡したか、思いだしてくれ」

 思いだそうにも、肝心の部分が思いだせない。確か、目が印象的だった――。

「ソウヤくんは操られていた。それほど強くない力で、魔力を周囲に放射させずに人を操ろうと思ったら、肉体的な接触か暗示になる。誰かと大げさに体を接触させたり、強く視線を絡ませたことはないか?」

 体の接触は特になかったはずだ。質問攻めの時に、背中からのしかかられたけど、あれを大げさな肉体的な接触と呼べばそうかもしれない。

 視線は――。

 ――俺の目をジッと見つめて・・・・・・・、これがまた熱い視線・・・・が溜まりませんわ――

 小鹿おじかさんだ。今の今まで、全くといっていいほど記憶から外れていた。

 ニースがゆっくりと聞いてくれていなければ、あの時のシーンなんて全く思いだすことは無かっただろう。

 一つ思いだすと、あとは芋づる式に思いだしてくる。

 ここへ来るときに意味もなく寄ったと思っていた図書館だったけど、そこで確かに小鹿さんと話していた記憶もある。何を話していたのか、さっぱりと記憶から無くなってしまっているけど。

「ちなみに、ここがどこかの答えだけど。正解は、図書館だ。ソウヤくんは、図書館から一歩も動いていない」

「一歩も!?」

 図書館を出てから廊下を歩き、靴を履き替えて外へ――下校した記憶がある。にも関わらず、ずっと図書館から動いていないというのだから、不思議な感覚が体中を支配した。

「まぁ、魔法だからね。でも、私が来たからもう大丈夫だ。ここから、無事に出してあげよう」

 往年のヒーローか勇者のような物言いで、ニースは言った。これは、本来男である俺のセリフではないか、と思わなくもない。

 でも、今のニースは甲冑姿なので、そもそも男か女か分からなかったわ。

「さて、そろそろ出てきたらどうだ?」

 ニースが地面に向かい手をかざすと、金属製の滑車を回すような音と共に剣が地面から生えてきた。刃渡り1.5メートルのバカでかい大剣であるにも関わらず、ニースはそれを軽々と持ち上げると構えた。

「ここは、我々の領域である――」

 暗闇から、ぬらり、と現れたのは闇に溶ける真っ黒なローブをまとう人間だった。出てくるのは、あの似顔絵を持って行ってしまった小鹿おじかさんだと思っていたけど、声が男のものだった。

 剣を構えるニースとは違い、現れた黒づくめの人間は、手ぶらで見た目こそ怪しいが危険な感じがしなかった。

「私は、貴様らの縄張りには興味がない。しかし、我が恩人たるソウヤくんに害をなすというのであれば、一切の容赦はしない」

「主なき騎士が、ただびとに戦う理由を求めるか。滑稽だな」

 黒づくめの言葉にニースは歯を強く噛んだのか、兜の中から、ギリリ、と耳障りな音が聞こえた。

 どういう意味か分からなくもないけど、馬鹿にしていることだけはしっかりと理解できた。

「今はただの人かもしれないが、そうではないこと貴様らも次第に理解するだろう。主なき騎士? 違うな。ソウヤこそが、忠誠を誓うに相応しい人物だ」

 「何で!?」と、黒づくめに聞こえないように小さな声でニースに耳打ちするが、答える気はないのかニースは黙ったままだ。

「この学校こそが、ソウヤくんの力の象徴を示すための橋頭保。今、この瞬間から、ここは全てを業火に沈めるソウヤくんの支配下となる! 文句がある者は、潔く逝ね!」

 「だから、どうしてそうなる!」と、今度は大声で怒鳴ったけど、それでもニースは聞いちゃいない。だって、それを言う頃には、ニース飛び出しちゃってんだもん。

 ドン! という爆発音を響かせながら突風をまき散らし飛び出したニースは、ひと蹴りで黒づくめと肉薄する。互いの息が触れ合うほどの至近距離に近づいた瞬間、ニースは大剣を振るいあげた。

「ぐおっ!?」

 頭が切り落とされたのではないか、と勘違いしてしまうほどギリギリでニースの大剣を除けた黒づくめ。体勢を整えて反撃を仕掛けようとするが、体勢を整えように足に力を入れた瞬間、一打二打と雷光の如き速さで剣が振り下ろされる。

「逃げてばかりでは、私に傷一つつけることはできんぞ!」

「フザケろっ!」

 黒づくめは転倒するギリギリまで体を寝かし、逃げると共に呪文を詠唱する。ニースはそれに構うことなく、さらに前へ前へと進む。

「――来いッ!」

 呪文詠唱と共に地面に魔法陣が浮かび上がると、そこから大きな蛇が現れた。刺青が施された、一目でまともじゃない姿をしている。

「ガハッ――!」

 ニースは魔法陣の生成にも召喚にも対応できず、現れた大蛇にほぼ飲み込まれるように噛みつかれた。

「ニース!?」

「ハハハッ! 魔力毒にたっぷりと苦し――ッ!?」

 悪役よろしく、高笑いする黒ずくめだったが、蛇に噛まれたニースを見るとその光景に驚き声を詰まらせた。

「弱い、弱いッ! この世界の魔獣は、こんなにも貧弱か! この程度であれば、近日中にソウヤくんを玉座に就かせることもできそうだ!」

 大蛇に噛みつかれながらも、ニースは平気そうな雰囲気を振りまきながら、カツカツ、とリズムよく地面を蹴る。

 ニースは大蛇の10分の1ていどの大きさにも関わらず、大蛇の方がニースの侵攻を止めることが出来ずに引きずられてしまっている。

 それよりも――。

「だから、さっきから話が大きくなって理解できないんですけど!?」

 そもそも、俺を玉座に就けるってどういうことさ!?

 聞いても聞いても、ニースは俺の質問に答える気配はない。それどころか、どんどんと魔法使いに距離を詰めている。

「終わりだ!!」

 剣を振り上げると、ついでで切られてしまった大蛇がチリとなって消滅した。

 天を指すように振り上げられた大剣は光を帯び、すぐさまその光ごと振り下ろした。

「クッ!」

 負けを悟ったのか、黒ずくめはニースの大剣を受けるでもなく流すでもなく、一目散に逃げることで対応した。なんとも呆気ないものだ。

「あっ……元にもどった……」

 あの暗い空間は、見た目からしてあの黒ずくめのせいだったのか、ニースが大剣を振り下ろし黒ずくめが逃げると共に元の図書館に戻った。

 時刻は何時か分からなかったけど、暗さから19時を回っていることは確実だった。

 ――ってか!

「忠誠を誓うとか、玉座に就かせるってどういうことだよ!」

 キチンと説明しなさい、と凄むと、ニースは肩をすくめて笑った。

「この場の雰囲気とノリかな?」

 アハッ、と可愛くニースは笑った。まぁ、兜で見えないんだけどね。

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