第4話<決着>

 森を抜けると高原に出た。廃墟が点在するどこか現実離れした雰囲気。日没が近い。空気はより一層ひんやりしてきている。

「どうにか抜けられましたねぇ。でも、ホテルなんかなさそうですよぉ?」

 確かに、とおれはうなずく。森を抜ければ野宿の心配はないと思っていたが、安易な考えだったようだ。目の前にある廃墟でもしかすると雨風は凌げるかもしれない。

 不意に鳥たちが一斉に飛び立つ。奇声にも近い泣き声をあげ、まるで危険が迫っているかのように高原の向こうへ飛んでいく。その様子に目を奪われていると突風が吹いた。おれも彼女も思わず目を瞑る。目を開いたときには赤い花びらが舞い、一人の女性が目の前に立っていた。

 ここまで来るともう驚くこともない。むしろ、いままで遭遇した二人と比べるとまだマトモな方だ。見た目は、ということだが。

「わたしを追いかけているっていうのは、あなたたち?」

 見た目とは裏腹に、老婆のようなしわがれた声で女は話す。

「偉大なる吸血鬼の一族にたてつこうとする愚かな人間。あなたたちもわたしの眷属になるといいわ」

 どうやら目の前の女性がルーマニアから亡命した吸血鬼らしい。男だとばかり思っていた。

「所長、いよいよクライマックスじゃないですかぁ! 綺麗でシースルーな女性だからって油断したら駄目ですよ! わたしのみたところ、結構年いってます」

「いや、そんなことはどうでもよくて……。きみ、目の前に突然現れたんだよ? やっぱり“ほぼ人間”ってレベルじゃないなぁ。それにこの吸血鬼もなんとかっていう言語の仕組みを利用しているようだしね」

 とはいえ、秘策が無いわけではない。森を抜ける間ずっと考えてきた。目の前のこの存在が人ならざる者、伝承でいうところの吸血鬼なのであれば、この作戦しかない。

「愚かな人間。そんな方法でわたしを倒そうというのかい?」

 吸血鬼はにやりと笑う。

「確かにわたしたち吸血鬼は陽の力に弱い。その元では生存することはかなわない。しかし、陽はもう落ちる。陽の出まであと何時間あると思っている?」

 心が読まれている。おれの作戦は夜明けまで押し問答を繰り返し、相手が疲弊しきったところに陽の光が射し溶けて蒸発する、といったようなシーンを想像していたのだが……。

「わたしがお前との会話に付き合う義理はない」

 やはり読まれている。

 おれはここではじめて、この地に足を踏み入れてから一本目の煙草に火をつけた。喫煙に対しては各国でいろいろな規制があるため控えていたのだが、これが最後の一本になるかと思うと、そんなことは気にしてられない。

「……いやぁ、どうやら万策尽きたな。おれときみはここでめでたく吸血鬼だかゾンビだかになってしまうんじゃないかなぁ!」

「えぇ!? わたしそんなの嫌ですよ。まだやり残したこといっぱいあるのに。どうにもならないんですか?」

「ならないでしょ、これは。どう考えたってぶっ飛んでる。街のチンピラや暴力団相手にドンパチできたって、吸血鬼と戦う方法なんておれは知らないよ」

 彼女は諦めきれないのか、「そうなんですかぁ」とブツブツ言っている。諦めの悪い女だ。男は諦めが肝心とは祖父から教えられた言葉だ。ここでそれを実践しよう。

「さ、どっちから眷属にしてやろうかね」

「えいっ!」

 諦めていた。ここでおれの人生終わりだと沈みゆく夕陽を見ていた。静かな世界。こんな終わりも悪くない。そう感傷に浸っているととんでもない轟音がおれの耳をつんざいた。

「うわぁ! なんだっ!?」

 気が付くと吸血鬼が倒れている。そして漂うのは硝煙の臭い。後ろを振り返ると彼女が両手でけん銃を構えていた。

「え? なに? なにそれ?」

 状況が呑み込めない中、彼女はマンガのように額の汗をぐうの手で拭っている。

「なにって、銀の弾丸ですよぅ。こんなこともあろうかと、あらかじめ用意しておいたんです。ほんとは最初のローブマンが出てきたときに使おうかとも思ったんですけれど、一発しかなかったので」

「いや、そういうことじゃなくて。その銃とかどっから出したの? デザートイーグル? 嘘でしょ? 女の子の腕でまともに扱える銃じゃないよ?」

 おれの質問もどこかずれている。

「いやぁ、ブレイドでも使われていたし、トゥームレイダーでアンジェも使ってたからわたしでも使えるかなー、なんて。すごい反動でしたねぇ。当たって良かったです!」

 倒れた吸血鬼が砂塵と化し風に舞っていく。銀の弾丸が有効だという伝承は嘘ではなかったらしい。

 あっけない。わけがわからないが非常にあっけない最期だ。

「さ、依頼も達成しましたし、これからどうしますかぁ? ホテルもレストランもないなんて。初めての海外旅行がこんなんなんて、わたしちょっとショックですぅ」

 煙草の灰が落ち、それもまた風に舞っていく。

「……さいで」

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探偵、西崎慎介と助手、斎藤かおりの物語 咲部眞歩 @sakibemaayu

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