第3話<守護者>

 またか、とおれは頭を抱えた。一体この森はどうなっているんだ。なんてことない依頼だと思っていた。確かに内容はぶっ飛んでいたが、ちゃちゃっと解決して高額な報酬をもらって終了だと、それくらいの感覚でいた。

 それがこのザマだ。一難去ってまた一難。

「魔術師を倒してきたのですか?」

 目の前の狼を引き連れた女性はそう問いかける。今度は明確に人の姿をしていることと、意思の疎通が出来そうという時点でもしかするとハードルは低いかもしれない。お供はさっき以上に獰猛そうだが。

「日本語お上手ですねぇ」

 横で彼女が呑気に感嘆する。

「言語の根底は共通です。意思を表現し、伝達する。わたしはその仕組みを利用しているにすぎません」

「……所長、わたしこの人だめです。パスパス」

「そんな、きみ、無責任だなぁ。最初に話しかけたのはきみじゃないか」

「だって、根底とか伝達とか、もっとわかりやすい言葉で話してもらわないと。頭の中こんがらがっちゃいますよ」

 既にもうこんがらがっているようだ。

「あの、先ほどの方、魔術師さんとおっしゃるんですか? ローブをまとって肩に鳥を乗せていらっしゃった方ですが」

 吸血鬼の次は魔術師。さしずめ目の前のこの女性は女神か?

「あなた方にわかりやすく伝達するために魔術師という言葉を使ったにすぎません。実際“あれ”に名前はありません」

「はぁ……。で、その魔術師さんですが、別に倒したわけじゃないです。攻撃の意思がないことを体現すると反応しなくなったので横を通ってきました。少々オッズは高めでしたけどね。おかげさまで無事ここにいます」

「正しい判断です。魔術師とやりあってあなた方が生存する可能性は万が一にもありません」

 そりゃそうでしょうよ。

「で、あなたはおれたちを通してくれますか? お連れの方はいまにもおれたちをかみ殺しそうな勢いですが」

「わたしと連れはこの森の守護者です。この森に害をなさない限り、わたしたちがあなたたちを殺す理由はありません」

 狼は常に低いうなり声をあげている。守護者と名乗った女性は涼しい顔をしているがどうにも油断はならない。殺す、などという単語が出てきた以上は。

「あなたたちは何故、この森に足を踏み入れましたか?」

 空気がひんやりしていて、先ほどから噴き出している汗が体の体温をどんどん奪っていく。陽が沈むまであまり時間がないのかもしれない。その前にはこの森から抜け出さなければ、異国の森で野宿なんて笑えない状況に陥る。ここで時間をかけるわけにはいかないだろう。通じるかどうかは別として、あれこれ考えず正直に話した方が得策だ。

 魔術師やら守護者なんていうんだから、もしかしたら吸血鬼に知り合いがいるかもしれないし。

「吸血鬼を探しています。おれたちの目的はその吸血鬼の計画を阻止することです」

「吸血鬼……あのまがい物のよそ者ですか?」

「あの、と言われても誰を指しているのかおれらにはわかりません」

 守護者が一瞬むっとした顔をして、しまったと思ったが遅かった。

「失礼しました。つい、正確に言語化するのを怠ってしまいました。先日、ルーマニアよりやってきた人間です。確かに吸血鬼一族の血をひいているようですが、ほぼ人間です。

 あなた方の目的があれの排除ということであればわたしたちが道を塞ぐ理由はありません。まだ目立った動きはしていませんが、いずれこの森に害をなすことは明白ですから」

 守護者を侮辱した罪は重い! とかなんとか言われて殺されるかと思ったが、どうやら理解があるようで助かった。

 守護者が言う「あの」という吸血鬼はおそらくおれらが追っている人物で間違いない。だが、ただ一点が気になる。

「ありがとうございます。すみませんが一点教えてください。ほぼ人間のほぼ、とはどういう意味ですか? 人間ではないのでしょうか」

「普通の攻撃では死にませんし、血を吸うことによって自身の眷属にすることが出来るだけの人間、という意味です」

 十分人間離れしているじゃないか。ほぼなんて表現は不適切だ。完全に人間じゃない。

「行きなさい。陽が落ちればこの森はまさに樹海。抜け出ることは難しいでしょう」

 ヘタなことを言って逆鱗に触れてもまずいと判断したおれは、お礼を述べ、彼女を連れてその場を早々に後にした。

「きみ、なんだか大人しかったね」

 横を歩く彼女に問いかけると、彼女は顎に人差し指をあてて「う~ん……」と考え込む仕草をした。

「あの狼、なんとかっていう犬種に似ているなぁってずっと考えているんですけれど、どうしても思い出せなくて……。所長、わかりませんか?」

 さいで。

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