探偵、西崎慎介と助手、斎藤かおりの物語
咲部眞歩
第1話<亡命者>
「いやぁ、やっと着きましたねぇ。お疲れ様ですぅ」
彼女は呑気に背伸びをしながら言うが、道中ずっと荷物を持っていたおれに余裕はない。慣れない英語でどうにかここまで来たが、英語が通じない人々も多い。這う這うの体、とはまさにいまのおれだ。
「のどかな感じで、いいですねぇ。日本にいて一日いくらお給料もらえるなんて考えている自分がミジンコのように思えてきます」
さいで。
「しっかし本当にいるんですかねぇ、吸血鬼」
「いないと思うよ」
数キロ先に見える町は確かに静寂に包まれているが、人の気配がしないというわけではない。確かにそこに人の営みが感じられる。これが映画の世界であれば町の住人は既に全員吸血鬼になっていて、昼間は棺の中でぐっすり、というのがセオリだ。
「そもそも吸血鬼ってなんだい。どうしてこんな依頼を受けたんだおれは。いやそれはわかっている。きみが是非にと言ったからだ」
「だって! 報酬すごかったじゃないですか。これを見事解決すれば我が探偵事務所は堂々と吸血鬼ハンターの看板を掲げることができますし、わたしの特別ボーナスだってあるかもしれない。これを受けずしてなんの依頼を受けるんですか!?」
「いやまぁそうなんだけど。このご時世に吸血鬼を退治してくれって依頼自体がなんかおかしいと思わない? しかもルーマニアだったらわかる。なぜドイツなんだ?」
「亡命してきたって、依頼人の人言ってたじゃないですかぁ」
吸血鬼が亡命! 古代と現代の融合とはまさにこのことだ。なぜ超人的な存在である吸血鬼が亡命なんて真似をしなければならないのか。
「でもまぁ所長が仰ることもわかりますよぉ。実はわたし、吸血鬼じゃなくてヴィッテルスバッハ家の亡霊じゃないかと思っているんです!」
もうだめだ。
「で、その吸血鬼だかなんとか家の亡霊が、あの町で一体何をしようとしているんだい? 見たところ、きみが感じたとおりただののどかな田舎町じゃないか」
「もぉ所長、ほんっとに話聞いてなかったんですね!」
そりゃそうだろう、冒頭から吸血鬼がどうのこうのと言い始めたら、誰だってファンタジの世界だと思う。
「吸血鬼が町の人を洗脳して国からの独立を画策しているからその真偽の調査と真であれば計画の阻止、って言ってたじゃないですか」
「よくそんな長い文章を一息で言えるなきみは。って、やっぱりそれおかしいよ! 吸血鬼関係ないじゃない!」
「とにかくほら、行きますよ! もう時間もないんですし。男が細かいことでぐちぐち言わないでください!」
彼女はぼくを無視してどんどん進んでいく。どうしてこうなったのかと考えながら、おれもまずは後に続いた。
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