第4話
気が付くと、カーテンの隙間から日が差し込んでいた。
「やべぇ……」
関東大会当日だというのに、一睡もできなかった。
一晩中、いや、この一週間ずっと、俺は貴文に勝つことだけを考え続けた。あらゆる可能性を模索した。
だが結局、答えを導き出すことはできなかった。天才、白川貴文がいったいどんな手を打ってくるのか。彼は必ず、誰も思いつかない必勝の戦略を立ててくる。それがわからなければ俺たちに勝機はない。
先輩に宣言をしてしまった。必ず勝って見せると。だが、今のところ彼に勝つ見込みは限りなくゼロに近い。
大会は朝八時から。せめて三十分でも寝たほうがいいかと思ったが、結局起きることにした。眠れる気配はないし、逆に寝てしまったらそれこそ起きれないかもしれない。TCG界で俗にいう“ゼロ回戦敗退”なんて事態になったら最悪すぎる。
「おはよう」
下の階に降りていくと、既に妹が朝食を食べていた。さすがスケーターの朝は早い。
「どうしたの、朝早くに珍しい」
逆に、俺がこの時間に起きているのは珍しい。
「ああ、ちょっと今日大会で」
「ふーん」
適当にトーストを焼いて、席に着く。食べている間も、スマホで何か試合に役に立つ情報がないか探し続ける。
「ごちそうさま」
頭をスッキリさせるためにシャワーを浴びてから家を出る。
会場へ向かう電車の中でも考え続けた。俺たちの【ゴブリン】デッキはこれ以上改善の余地がないように思ってしまう。おそらく貴文でもこれ以上のデッキは作れない気がした。
だから【ゴブリン】以外のデッキを模索する。新弾のカードリストを隅から隅まで確認して、過去のカードと強いシナジーを発揮するようなカードがないか、検討していく。
だが、既に発見されているコンボ以上のものは何一つ発見できなかった。
会場となる東京の高校の最寄り駅に、一番乗りで到着し、先輩たちを待つ時間も思考をめぐらせる。
「おはよ、優輝くん」
待ち合わせ場所に現れた先輩は、ひどく険しい表情をしていた。
「先輩、大丈夫ですか。気分悪いんですか」
俺が聞くと、先輩は慌てたように両手を振って否定する。
「ぜんぜん大丈夫だよ~。昨日興奮して眠れなくて」
「俺も実は一睡もしてなくて」
それからすぐに姉ヶ崎もやってきた。
「おはようございますー」
「おはよ。じゃぁ行こうか」
会場の高校に着くと、案内板が出ていた。それに従って、校舎に入って、会場となる大部屋に入る。
流石は県大会を勝ち抜いてきた強者が集う関東大会。部屋には全国的に有名なプレーヤーが集っていた。その中には、もちろん彼の姿もある。
白河貴文。その姿を見た瞬間、フラッシュバックする彼の言葉。
――残念だよ。
ダメだ。このままでは、こないだと同じ結果が待っている。
もう何度も見直したデッキリスト。完璧な【ゴブリン】デッキだ。その自信はある。だが、貴文の頭のなかにもこのデッキはあるはずなのだ。
彼は天才だ。常人が考える“完璧”は絶対に超えてくる。だとしたらどうやって? 彼はこのデッキをどうやって超えてくる?
「先輩、受付に行くのちょっと待ってもらっていいですか」
「まだデッキを変えるってこと?」
「ギリギリまで悩みたいんです」
「うん、わかった」
考えろ。別に貴文と俺たちで使えるカードプールが違うわけじゃないし、初期手札の枚数も同じなのだ。少なくともデッキ構築の段階では、俺達はまったく平等なはず。彼にできることは、俺にだってできる。
考えろ。どうすれば、やつが繰り出す、完璧を超える完璧をさらに超えられる。
そして、無常にもタイムリミットはやってきた。
「そろそろデッキリスト提出しにいかないと」
◇
開会式が行われた後、すぐにトーナメント表が配信される。俺は真っ先に貴文がいるブロックを確認する。
桜華院の名前はは俺たち幕張南の隣の隣にあった。お互いに勝ち進めば、三回戦で当たることになる。
――命拾いした。
基本的にトーナメントでは、予選が終了した時点でデッキのカードを五枚まで入れ替えることができる。
関東大会は全部で四回戦。つまり、一回戦と二回戦が予選トーナメント、三回戦と四回戦が決勝トーナメントということになる。だから、貴文と戦う前に、もう一度デッキ構築を見直すことができるのだ。
あと半日の間になんとか突破口を見つければいい。
といっても、まずは目の前の二試合を勝たなければいけない。敵は貴文だけではない。ここには、県大会を勝ち進んできた猛者たちが集まっているのだから。
一回戦の相手は、東京の強豪チーム目白高校だ。リーダーの三島は、関東一の【ゴブリン】使いと称される有名プレーヤー。【ゴブリン】を使わせたら右に出るものはいない。この【ゴブリン】環境で、まさに水を得た魚だ。
「相手、三島さんじゃん」
どうやら姉ヶ崎も、三島が有名プレーヤーだと知っているようだ。いや、あるいは、アーツを始めて僅か二ヶ月の彼女でさえ知っているという事実が三島の強さを表していると言うべきか。
「それでは、一回戦を始めてください」
ルーレットで対戦順が決定する。
先鋒が俺、中堅が先輩、大将が姉ヶ崎。
一方、目白高校は三島が大将。
これは正直ラッキーだ。オレと先輩で手堅く二勝できれば、最強のゴブリン使いと戦わずして一回戦突破になる。
「それじゃ、まずは勝ってきてます」
「頑張って!」
「ファイトッ!」
先輩と姉ヶ崎に見送られて、席に着く。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
ダイスで先行を得る。だが、初めにカードを発動するのは相手だ。
「<酒場>を発動します」
これで俺が召喚をするたびに、相手はアドを稼いでいく。だが、そんなことは気にせず、通常通りの展開をする。俗に言う“ツッパ”だ。
「<ゴブリンの角笛吹き>を詠唱。<ゴブリンの召喚士>をサーチ。そのまま詠唱」
さらにカードをセットしてターンを渡す。そして相手がドローした瞬間、俺も<酒場>を詠唱する。
「<ゴブリンの角笛吹き>を詠唱――」
相手も俺とまったく同じ展開をしてくる。その初動を見る限り、デッキそのものはポピュラーな構築らしい。ゴブリンマスターの三島なら、実は俺が気がついていない独創的なデッキ構築を考案しているのではと思ったが、杞憂だったらしい。
もちろん県代表だけあって相手のプレイングは洗練されている。決して気は抜けない。
お互いミスなく、デュエルは一進一退で進む。
「<ゴブリンの精鋭部隊>を詠唱」
「それに対して<破壊的集結>を発動」
構築も互角、プレイングも互角、となれば、最後の最後は運だ。そして、運は少しだけ俺に傾いた。完璧なカーブで展開し、クロックを積み上げていく。その差は僅かで、けれども決定的だった。相手は後手後手に周り、そして手札を使い切り、打つ手がなくなる。
「負けました」
まずは一勝。
デッキを片付けて、後ろで立ち上がっていた二人とハイタッチ。
「先輩、後は頼みます」
「うん。まかせて」
幸先がいい。あとは先輩が順当に勝てば、三島と戦わずして二回戦に進める。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
俺が一戦目に勝ったので、先行・後攻を決める権利は相手に与えられる。もちろん相手は先行を選んだ。
「ドロー」
「<酒場>を詠唱」
「<角笛吹き>を詠唱。効果で<召喚士>をサーチ、詠唱。効果で<騎兵>を詠唱。カードを伏せてターン終了」
「ドロー」
「<酒場>発動」
「<角笛吹き>を詠唱。効果、<召喚士>サーチ」
お互いまったく動き。まさにミラーマッチ。序盤はお互い定石通り安定してゴブリンを展開していく。
「<ゴブリンの精鋭部隊>詠唱。<騎兵>で攻撃。カードを伏せてターン終了」
「<騎兵>を詠唱。<精鋭部隊>で攻撃。二枚カードを伏せてターン終了」
「<騎兵>で攻撃。<精鋭部隊>を詠唱でターン終了」
「<ガストオブウインド>発動。<精鋭部隊>で攻撃」
だが、中盤、先輩がミスを犯した。
「<騎兵>を詠唱」
先輩のフィールドに三枚の<ゴブリン>が並ぶ。だが、その瞬間に相手が伏せていたカードを開く。
「<破壊的集結>発動」
<破滅的終結>
相手がモンスターを召喚したときに発動できる。フィールド上の全てのモンスターを破壊する。
強力なリセットカード。これで先輩は全てのモンスターを一挙に失ってしまう。カードアドの損失は問題ないが、テンポアドを失ってしまったのが大きい。
これで流れは完全に向こうのものだ。
「<騎兵>、<突撃兵>、<精鋭部隊>詠唱」
相手は畳み掛けるように<ゴブリン>を呼び出す。それに対して、先輩は防戦を強いられる。
そして、さらにミスを犯す。相手のモンスターを一掃すべく自分のモンスターで相打ち覚悟の攻撃をしかけていくが、計算を間違えて一体が無駄死にに終わってしまう。
いったいどうしたんだ。
確かに、TCGにおいてプレイミスは命取りだ。だが一方で、どんなに練習を重ねたプレーヤーでもミスはしてしまう。大事なのは、ミスをしてもその後のプレイに集中することだ。
だが先輩はこの試合で、二つ目の大きなミスを犯してしまった。デッキパワーや実力に大きな差があるなら別だが、全国クラスのプレーヤー相手のミラーマッチで、この二度目のミスは命取りだ。
当然――先にライフが無くなったのは先輩。
終わった。そう呟きそうになった。でも、すんでのところで、飲み込んだ。
まだ試合は終わっていないから。言葉にすると、すごくポジティブに聞こえるが、そうじゃない。姉ヶ崎が三島に勝てる可能性を、全否定したら、チームメイトとしてダメだって、ただそれだけ。
三島は関東最強のプレーヤーの一人だ。しかも、彼が最も得意とする【ゴブリン】環境での戦い。正直、俺でも勝てる自信はない。いわんやデュエルを初めてたった二ヶ月の姉ヶ崎が勝てるはずもない。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
姉ヶ崎の先行で勝負がスタートする。
「<酒場>発動」
「<ゴブリンの角笛吹き>発動。<ゴブリンの召喚士>をサーチ。そのまま詠唱。<騎兵>を詠唱してターン終了」
「ドロー」
「<酒場>発動」
「<角笛吹き>詠唱して<召喚士>をサーチ、詠唱。カードを伏せてターン終了」
お互い<酒場><角笛吹き><召喚士>と、定石道理の展開。だが、理想通りの動きをする姉ヶ崎に対し、三島はやや鈍足だった。どうやら手札があまりよくないらしい。【ゴブリン】は基本的にかなり安定した動きができるデッキだが、カードゲームである以上、事故がゼロになることはない。
姉ヶ崎がより早く多くのゴブリンを展開する。
もしかしたら……姉ヶ崎が勝つかもしれない。
このターン召還アーツを通せば、次の自分のターンで決着がつく。
だが気になるのは、一ターン目からずっと伏せられたままになっている伏せカードだ。
相手が展開できていないということは、逆に言えば相手はカウンターのアーツカードを引いている可能性が高い。
おそらく、あのカードは<破滅的終結>。三島は姉ヶ崎がさらに追撃を狙ってきたところで発動して、再起不能に陥らせるつもりだろう。これを踏んでしまうと、一気に形勢が逆転する。
あの伏せカードがある限り、迂闊には追加の召喚ができない。
「俺はターン終了」
三島のターンが終わり、姉ヶ崎のドロー。
――よし!!
彼女が引き当てたカードを見て、俺は心の中で思わずガッツポーズした。姉ヶ崎が引き当てたカードは<ガストの一撃>。
<ガストの一撃>
詠唱中のカードを一枚選択して破壊する。
このカードで三島の伏せカードを無力化できる。そうすれば総攻撃を仕掛けてゲームセットだ。
今日の姉ヶ崎には運が味方している。
あの姉ヶ崎が、あの関東最強クラスの三島に勝つ――俺は叫びたくなった。
だが、姉ヶ崎は驚くべき行動に出た。
「<ゴブリンの精鋭部隊>を召喚」
「ば、」
そこまで言いかけて、なんとか飲み込んだ。
終わった――三島が<破壊的終結>を発動して、姉ヶ崎のゴブリンは全滅だ。走馬灯のように、この後の展開、姉ヶ崎が負けるまでの様子が頭の中を駆け巡った。
これで俺たちの戦いは終わったのだ。白河貴文と戦わずして、俺たちは再び敗北する。
「……あれ?」
だが、三島は動かなかった。
どういうことだ。なぜ<破壊的集結>を発動しない? まさか、あれはブラフだったのか。
そのまま姉ヶ崎が攻撃を続けていく。三島はなす術がない。
「負けました」
あの三島が、ゲームを始めて間もない姉ヶ崎に敗れたのだ。
立ち上がって振り返った姉ヶ崎に、桜木先輩が勢いよく抱き着いた。
「すごいよ晴夏ちゃん!」
「先輩! あたし勝ちました!!」
勝利の喜びを共有するよりも、デュエルの疑問を一刻も早く解消したくて、俺は姉ヶ崎に尋ねた。
「どうして<ガストの一撃>を使わなかったんだ?」
すると、姉ヶ崎は少しはにかんで、
「あの人の対戦、動画サイトで全部見たんだよね。で、あの人が昔<連鎖爆撃>を好んで使ってから、そっちの可能性に賭けてみたんだ」
すると後ろで三島が頭を抱えて「まじかぁ。読まれてたのか」と言った。彼のチームメイトが、三島がフィールドに伏せたカードを裏返す。なんと、そのカードは<連鎖爆撃>だった。
「晴夏ちゃんすごい!」
確かに、運にも味方された。でも、あれは間違いなく彼女自身が自分の力でつかんだ勝利だったのだ。
「ようやく……勝ててよかったです」
と、プレッシャーからの解放感と、初勝利の実感とが急に押し寄せてきたのか、目に涙を浮かべる姉ヶ崎。
「ごめんなさい。今まで負けっぱなしだったから」
考えてみれば、これが姉ヶ崎の公式戦初勝利なのだ。
「晴夏ちゃんのおかげで、あたしたちは勝てたんだよ。ありがとう」
「せんぱーい」
姉ヶ崎は泣きながら先輩にもう一度抱きつく。
何はともあれ、これで、なんとか二回戦進出。貴文と戦う前に敗北するという最悪の事態だけは免れた。
だが、その勝利を喜んだのも、つかの間だった。
「よし、次も勝っちゃうよ!」
先輩がそう宣言した、次の瞬間だった。先輩はバランスを崩して、机に手をつく。振動で置かれていたデッキが崩れた。
「先輩!?」
そして気が付いた。先輩の顔は、普段よりずっと赤かった。
「大丈夫ですか!」
今朝から妙に元気がなかったのは、寝れなかったからなんかじゃないのだ。
「先輩、もしかして熱あるんじゃ」
姉ヶ崎が先輩の額に手を当てる。
「うわ、先輩! 熱ありますよ!」
それなら、デュエルでミスを連発したのもうなずける。
「大丈夫」
先輩はそう言うが、きっとデュエルできるような状態じゃない。
一切ミスの許されないハイレベルな死闘を戦い抜くのは、今の先輩には不可能。だが、一方で先輩抜きで勝つのは厳しい。二回戦の相手も、県大会を勝ち抜いてきた有名プレーヤーたちだ。本気で日本一を目指して戦ってきた彼らに、俺と姉ヶ崎の二人で戦いを挑むのは無謀すぎる。
このままでは、幕張への夢は破れてしまう。
どうすればいい――
「いや、」
まてよ。
そうだ。
「先輩、一試合だけ、休んでてください」
「そんなわけには」
先輩は懸命にそう言う。
「三回戦は桜華院です。次の試合には先輩が必要なんです。一試合だけでいいんです。次の試合、俺たちは必ず勝ちます」
そういうと、姉ヶ崎も両手のこぶしを握り締めて言う。
「安心してください、先輩。あたし、次も勝ってきます!」
「でも――」
「一試合だけです。俺に、妙案があるんです。絶対勝てます」
しばらくの沈黙。そして、先輩は目を閉じて「わかった」と頷いた。
「姉ヶ崎、先輩を保健室に連れて行ってあげて」
ひとまず先輩を納得させることはできた。
だが、状況はあまりにも厳しい。このままだと、オレと姉ヶ崎、どちらも負けることはできない。いくら三島に勝ったといっても、姉ヶ崎に必勝を求めるのはあまりに酷だ。
俺の中で結論は出ていた。
――二人だけで勝つのは無理だ。
◇
第二回戦。相手は見知らぬ高校だったが、彼らも県大会を突破してきた猛者であることに間違いはない。
このままでは、ここで俺たち戦いが終わってしまう。
だが、それを回避できる望みが一つだけあった。俺はその望みにかけて、対戦順の決定を見守る。
そして――願いは通じた。対戦順は、俺、姉ヶ崎、そして先輩の順番。これで、時間を稼げる。
「姉ヶ崎、いいかよく聞け」
「なに?」
「負け確実って状態でも絶対サレンダーするな。最大限、時間を稼げ」
「うん、わかった」
さて、まずは俺の戦い。ここで負けてしまってはもうどうしようもない。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
当然のように【ゴブリン】のミラーマッチ。
「<酒場>発動」
「<角笛吹き>発動。<召喚士>をサーチ。そのまま詠唱。<騎兵>を詠唱してターン終了」
今日何度も見たし、何度もプレイしたこの展開からゲームがスタートする。
「<ゴブリンの角笛吹き>を詠唱」
お互い伏せカードが多めだったため、慎重な展開になり、勝負はやや長期戦になった。
そして後半、相手が俺の仕掛けた伏せカードに、理想的な形でハマってくれる。思わず俺はガッツポーズをしそうになった。
だが流石に堪えて、慎重に相手にとどめを刺す。
「サレで」
とりあえず手堅く一勝。
「姉ヶ崎、あとは頼んだ」
「うん。任せて」
俺は時計を見る。今のデュエルはだいたい十分くらいか。もし姉ヶ崎が負けて、しかも試合がすぐに終わってしまったら――おしまいだ。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
姉ヶ崎が勝ってくれればそれに越したことはない。だが、最悪負けるにしても、時間を稼いでくれ。
デュエルは相手の優勢で進む。姉ヶ崎も決してミスはしていないが、いかんせん引きで負けていた。
彼女は粘った。そして、結局負けを宣言することなく、サーヴァントのライフを最後まで削り取られた。
「ごめん」
先ほどの勝利のことなど、彼女の頭の中から吹き飛んでしまったようだ。今にも泣き出しそうな顔。
「いや、今のはしかたがない。引きが悪かったよ」
もちろん最大限運の要素を排除するため、デッキ構築とプレイングに磨きをかけるのは必須だが、どんなに工夫しても百選百勝は難しい。今の勝負は完全に運に味方されなかっただけだ。
本来であれば、他の二人がそれをカバーすればいいだけのこと。
だが、
「三人目は、どうしますか」
審判が僕たちに聞いた。
今俺たちには、一敗をカバーしてくれる頼れる先輩はいない。
――ここまでか。
同じプレーヤーがもう一度戦うことはできない。三人目のプレーヤーがいない俺達のチームはここで敗北。
俺は歯を食いしばって、審判に事実を告げようとした。
だが次の瞬間。
「おはようございまーす」
気の抜けた挨拶が、しかし体育館に響き渡った。
◇
「影山先輩!」
いつも通り、進学校の生徒とは思えない銀髪にドクロをあしらったシャツ、とんがった靴という出立ちで、彼はこの舞台に現れたのだ。
俺は思いっきりガッツポーズした。そして心の中でつぶやく――そうだよな。大好きな人が困ってるって聞いたら、放っておけないよな。
「いっつも超元気な桜木大先生の、元気無いところが見れるって聞いたから来てみたんだけど」
そんなことを言う先輩。照れ隠し、というふうでもなく、あくまでサラッと言う。どうだ、ようやく救世主のお出ましだぞ、そんな感じ。
「桜木先輩なら、今保健室で休んでますよ」
「え、そうなの。なんだよ」
そう言いながら、先輩は机に置かれたジャッジのタブレットを覗き込んだ。
「お、なに。今一勝一敗ね」
「先輩、グランプリベスト十六の力、見せつけちゃってくださいよ」
「おまえ、馬鹿にしてんだろ」
そう言いながら、席に着く。
「あーデッキは桜木のしか使えないんだっけ」
補欠の選手はどのメンバーとでも交代できるが、デッキまで交換することはできない。
「そうです」
「オレさぁ、【ゴブリン】嫌いなんだよねぇ。かわいくねーし、カッコよくもねーし。練習してねーわ」
まるで「寝てないわー」と自慢する中学生のようにそう言って、しかしその後ニヤリとして宣言する。
「まあでも勝つけどね」
その眼光はしっかり相手を見据える。
「よろしくお願いします」
「よろしくー」
考えてみれば、彼のプレイを見るのは、初めて合った時に戦って以来だ。しかもあの時は、お互い中堅デッキを使ってのデュエルだった。
先輩が試合デッキを使ってガチで戦うのは初めて見る。
「俺のターン」
影山先輩のプレイングは完璧だった。完璧にこのデッキのことを理解してる。
「<騎兵>を詠唱、さらに続けて<騎兵>を詠唱」
幽霊部員とはいえ、カードショップに顔を出しているくらいだ。おそらくデッキの研究もしっかりしているのだろう。
アーツが好きなのか、それとも桜木先輩ののことが好きなのか。
「負けで……」
相手が泣きそうな顔でそう宣言した。
「さぁて、桜木に感謝されに行こうか」
立ち上がった影山先輩は満足げな笑顔を浮かべていた。
◇
俺たちは保健室に入ると、先輩は布団に見を包んでいた。音で起きたのか、ゆっくりその瞳を開いて俺たちに向ける。
「優輝くん……」
「先輩、大丈夫ですか」
俺が聞くと、しかし彼女は、
「二回戦は?」
と真っ先に勝負の行方を聞いてきた。
「勝ちましたよ――“先輩”のお陰で」
と、そこで先輩は俺の後ろにいる人物にようやく気がついた。
「影山……くん?」
「おう、桜木。どうした情けないな」
「どうしてここに?」
「先輩が体調悪いって言ったら、飛んできてくれたんですよ」
俺が説明すると、桜木先輩は目を見開いた。
「あまりにも可愛そうだったからな」
と、影山先輩は自然と笑みを浮かべていった。
「影山くん……ありがとう」
影山先輩は照れくさかったのか、すごく不自然に話題を変えた。
「それにしても、お前があの三島に勝ったのか」
影山が姉ヶ崎に言った。
「こないだまでど素人だったのに、やるじゃないか」
「いえいえそんな」
確かに、彼女は成長著しい。この三か月、彼女はスポンジが水を吸うように、成長してきた。そのことは、毎週“家庭教師”をしていた俺が、一番よく知っている
「“する”と“できる”の違いもわからない初心者だった姉ヶ崎が、まさかあの三島に勝つなんてね」
――ん、待てよ。
その言葉は、自然と出てきたものだった。だが、自分の口から出てきたその言葉が、まるで雷のように俺の脳裏で轟いた。
待てよ。
改めて、そのカードのテキストを読み直す。
<繁盛する酒場>
この三ヶ月のデュエルが、走馬灯のように頭の中を駆け巡る。
そして、俺はようやく気がついた。
勝利の方法は一つじゃない。そう姉ヶ崎に教えたのは自分じゃないか。
そうか。
貴文が導き出した答え。
いや、だがそれで“常勝”が可能か。頭の中で計算する――ギリギリ、だけど確実に可能だ。俺が考えた通りなら、このデッキは確実に、勝てる――相手がこのデッキに対して対策を練っていない限りは。
「どうした?」
いきなり立ち止まった俺を、二人が覗き込む。
「俺、貴文の戦略がわかりました」
「なに?」
◇
三回戦。当たり前だが、彼らは勝ち上がってきた。無敗記録を伸ばし続ける白川貴文率いる桜華院。
前回のように、俺との対戦を楽しみにしている様子は一切ない。
「それでは対戦順位を決定します」
もう願う必要さえなかった。俺と貴文がで戦うの必然なのだ。
対戦カードが発表される。
幕張南――姉ヶ崎、桜木、一ノ瀬
桜華院――古河、三井、白河。
貴文とオレの目線が交錯する。その眼はどこか冷たかった。
もう俺なんかに興味ないってか?
上等だ。
今に、その眼に闘志を宿らせてる。
◇
桜華院高校の一人目は、古河というメガネのおとなしそうな女の子。
「よろしくお願いします」
彼女のサーヴァントは【ゴブリン】ではなかった。
デッキは【バーン】だ。サーヴァントやモンスターの攻撃ではなく、カードの効果ダメージによって相手のライフを削り取るデッキタイプ。
姉ヶ崎が一生懸命練習を積み重ねてきたのは間違いない。だが、彼女が経験してきたのは、現環境最強の【ゴブリン】デッキを使って、【ゴブリン】デッキと戦うことだけだ。
【ゴブリン】デッキを相手にする場合の戦い方は死ぬほど練習してきたが、それ以外のデッキは彼女にとってほぼ初見なのだ。
露骨に、経験の差がでてしまう。姉ヶ崎は的確な対処が出来ず、ズルズルとライフを削られていく。
そのまま押し切られてしまう。
「負けです……」
姉ヶ崎はまたその悲痛な顔を浮かべながら謝った。
「ごめんなさい」
「仕方ない。これは準備の時点で、俺たちの完敗だよ」
確かに、姉ヶ崎の経験不足は敗北の一因だ。
だが、一方でこの環境において、【バーン】が強いということは、気が付いていなければいけなかった。そして事前に【バーン】がここまで強いと気が付いていれば、姉ヶ崎に【バーン】の対策を教え込むこともできたのだはずなのだ。
カードゲームは、事前の準備が八割。やはり、今日ここに来た時点で、貴文たちと俺たちの間には、大きな溝があったのだ。そしてそれを埋めることはできていない。そこは認めざるを得ない。
でも、それでも、今はわずかな可能性に賭けるしかない。
「先輩、大丈夫ですか」
「だいぶマシになったよ」
決して全快、なんてことはない。けれど、目だけはまっすぐと前を見据えていた。
「いいのか、桜木。俺が戦って勝ってきてやってもいいんだぜ?」
影山先輩はそう言う。だが、桜木先輩は首を横に振る。
「あたし、戦いたい」
「そっか。ならまぁ頑張れよ」
桜木先輩の体調は決して万全ではない。だが、それでもその瞳には再び投資が宿っていた。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
お互いサーヴァントを公開する。
相手のサーヴァントは<古の封印者>だった。
【メタビート】!?
【メタビート】とは、相手の動きを徹底的に妨害して思うような動きをさせないデッキのことだ。確かに、今の環境のように、一つのデッキが圧倒的に強い環境では【メタビート】が活躍する余地がある。
<古の封印者>は、相手のサーチを封じる効果を持っている。これによって、【ゴブリン】は得意のサーチによるアドバンテージ獲得を封じられる。
【ゴブリン】は、アドバンテージ獲得を前提に組まれたデッキ。物量で押し切るのが戦術だ。それゆえ、一枚一枚のカードパワーはさほど強くない。
こうして、サーチを封じられてしまうと、すぐにジリ貧に陥るのだ。
ハマったときの【メタビート】には手が出せない。そして、今がそれだ。先輩は文字通り、身動き一つとれない。
デュエルが進めば進むほど、このデッキがどれだけよく練られているかがわかる。俺たちが見向きもしなかったカードたちが、今スポットライトを浴びている。
「……負けです」
先輩は消え入りそうな声で言った。拳を握りしめ、瞳をとじて、そして現実をなんとか受け入れようと、でも受け入れられず、先輩はうつむいていた。
――終わった。
これで俺たちの幕張への道は完全に閉ざされたのだ。
「どうしますか?」
ジャッジが俺に尋ねる。
チームメイトが二敗した後、三人目の選手には、選択肢が二つ与えられる。
一つは、そのまま会場を後にすることだ。この場合、記録上敗北として記録されない。
もう一つは、このまま試合を続けることだ。もちろん勝ってもチームの敗北はひっくり返せないが、少なくとも公式戦の白星を一つ増やすことができる。
俺は、やつの顔を見た。貴文は無表情だった。そう、あの君には興味がないという、冷徹な帝王の目線。それを見て彼の一言がフラッシュバックする。
――残念だよ。
もう幕張への道は閉ざされた。だが、せめて、
「貴文、勝負だ」
誰のためでもない。自分自身のために、俺は貴文に勝つ。
◇
「よろしくお願いします」
互いのサーヴァントが公開される。
当然、俺のサーヴァントは<ゴブリンの指導者>だ。
一方、貴文のサーヴァントは<ろくでなしの傭兵隊長>だった。
もちろん貴文がまったくの地雷デッキを持ち込んでくる可能性は高かった。だが、誰が<ろくでなしの傭兵隊長>をこの大舞台で使用すると予想できただろう。
【ろくでなし】は、【ゴブリン】と同じサモンアーツを多用するデッキだ。つまり【ろくでなし】には、環境トップデッキである【ゴブリン】に対するメタ(=対策)が同じように効いてしまう。
にもかかわらず、デッキパワーで【ゴブリン】を大幅に下回る【ろくでなし】を使うのは、愚の骨頂――それが普通のプレーヤーの考え方だ。
だが、常勝の彼には見えている。他の人達にはわからない、【ろくでなし】デッキに秘められた強さが彼には見えているのだ。
先行は貴文。だが先に動くのは俺だ。
「発動、<繁盛する酒場>」
対【ゴブリン】に対する強力なメタカード。これから三ターンの間、相手が召喚アーツを唱えるたびにワンドローできる。もちろん【ろくでなしの傭兵部隊】デッキに対しても、強力な抑止力になる――通常は。
だが、
「<ろくでなしの傭兵隊長>、効果発動」
効果でデッキから二枚の<ろくでなし>召喚アーツを手札に加える。これだけみれば二枚のアド。だが、俺が発動した<繁盛する酒場>の効果が及ぶ間、貴文がサモンアーツを詠唱するたびに俺もアドを稼いでいくことになる。つまり、<ろくでなし>カードをいくら手札に加えても、それを迂闊に使えば、どんどん俺が有利になっていく。
だから貴文はそう簡単に召喚を行えない――はずなのだ。普通は。
だが、
「詠唱、<ろくでなしの勧誘兵>」
貴文はなんのためらいもなく召喚アーツを使った。そしてさらに、
「<ろくでなしの勧誘兵>効果発動」
この効果で、デッキからさらに「ろくでなし」カードを追加召喚。この時点で優輝が二枚ドロー。さらに貴文は先ほど引いてきた「元エリートのろくでなし」を召喚。俺はさらに追加で一枚ドロー。
これでは、ただでさえ速攻が得意な【ゴブリン】の猛攻に拍車をかけてしまう。このままいけば貴文のライフは四ターン後には削りきれるはずだ
そのまま貴文はターンを終了。
俺がカードをドローして、ゴブリンを展開し始める。一挙に三枚のゴブリンカードを詠唱し、そのまま攻撃。貴文の「ろくでなし」たちを一掃してターンを返す。
貴文は<ろくでなしの傭兵隊長>のサーチ効果でデッキからさらに二枚の<ろくでなし>カードをサーチ。そのまま召喚する。これで俺はさらに二枚をドロー。
そして貴文はさらに常識外れのカードを発動した。
「<復活の代償>を発動。対象は墓地の<ろくでなしの勧誘兵>」
<復活の代償>
相手は3枚カードをドローする。自分は墓地の召喚アーツを1枚手札に加える。この効果で加えたカードと同名のアーツの詠唱時間は0になる。
効果自体は強いカードだ。どんなに重たいモンスターであっても復活させられる。
だが、その代償はあまりに大きい。相手に三枚ものカードを与えてしまうのはあまりにも致命的だ。そして三枚ものアドバンテージを与えてまでモンスターを復活させたい状況は早々無い。
まして相手が<繁盛する酒場>を発動している状況で、貴文は<ろくでなしの勧誘兵>を復活させようと言うのだ。
<ろくでなしの勧誘兵>は召喚することで追加の召喚を行えるカード。つまりこの状況では、俺にさらにドローさせるだけなのだ。
「手札に加えた<ろくでなしの勧誘兵>を召喚。そしてさらにその効果でデッキから<ろくでなしの元エリート兵>召喚」
<復活の代償>で三枚。<繁盛する酒場>の効果で四枚。俺はこのターンだけで七枚ものカードを引いている。
そして貴文がさらに衝撃的なカードを発動する。
「発動、<墓地からの呼び声>」
お互いのデッキから五枚のカードを墓地へ送るアーツ。典型的なデッキ破壊カード――そう、彼のデッキは【ライブラリーアウト】なのだ。
環境は【ゴブリン】一色。だからプレーヤーたちは、サモンメタである<繁盛する酒場>を必ずスタハンに採用する。
<繁盛する酒場>は相手が召喚アーツを詠唱するたびにドローするカード。そして、その効果は強制で発動する。つまり、発動したプレーヤーは、相手が召喚するたびにカードを引かなければ<ならない>。
その強制効果を逆手に取って、<ろくでなしの傭兵隊長>の効果で、召喚アーツをサーチし続け、詠唱繰り返すことで、相手にドローし続けさせる。
さらに<復活の代償>などを使って相手にドローさせ、ライブラリーを削っていく。
この環境でしか、だが逆にこの環境では無類の強さを誇る【ライブラリーアウト】なのだ。
だが、パワーの有る【ゴブリン】相手にこれだけドローさせてしまえば、確実に最速の四ターンでライフがゼロになってしまうじゃないか……普通はそう考える。
だが、逆に言えば、四ターンは生き延びられるのだ。【ゴブリン】側が、どんな組み合わせで展開してきても、四ターンは持つ。その間に相手をライブラリーアウトに追い込む。
【ゴブリン】側は、むしろ早く相手を倒そうとすればするするほど、早くライブラリーアウトになるのだ。【ゴブリン】デッキは「召喚」アーツ抜きでは勝てないからだ。
逆に、【ゴブリン】側が展開を躊躇した場合は、長期戦を得意とする【ろくでなし傭兵部隊】が有利になる。
環境トップが一強状態にあり、そのメタもまた一つに限られているという状態を逆手に取ったのだ。
貴文が完璧に計算し尽くして作り上げた戦略。メタゲームを完全に掌握して絶対的な勝利を手にする。これが貴文という、日本一の高校生プレーヤーの力。
「僕は<ろくでなしの騎兵>を詠唱」
<酒場>の効果で俺はカードをさらにドロー。そして、それは俺にとって最後のドロー。
――これで俺のデッキはゼロになった。
「僕のターンは終了だ」
貴文のそれは、まるで死刑宣告のような重みを持っていた。後は、俺のターンになり、ドローすることができず敗北するだけ――
「貴文」
思わず笑みがこぼれてしまう。
「どうした、優輝。君のターンだぞ」
「いや、お前のターンはまだ終わってないよ」
「なに?」
そう、まだ貴文がターンの終了を“宣言”しただけなのだ。それに対して、俺は何かカードを発動するチャンスが与えられる。だから、まだ俺のターンにはならないのだ。
「貴文、お前はメタゲームを制する天才だ。環境を支配するデッキに対する最善の回答を、必ず見つけ出す」
もう幕張にはいけない。夢敗れた、この状況で、しかし俺はそんなこと全て忘れて、胸の内側から、あのぞくぞくが湧き上がってくるのを感じる。
「お前の手は読んでた」
そう、相手の完璧な作戦を読み切ったときの、あの感覚だ。
「今のドローで、俺の手札はちょうど五枚になった」
この時を、俺はずっと待っていた。伏せてあったカードを発動する。
<強者の傲慢>
このカードはデュエル開始から3ターン発動できない。
相手か自分の手札が5枚以上ある場合に発動できる。相手のサーヴァントに5点のダメージを与える。
それは、ただ白川貴文に勝つためだけに投入したカードだ。
手札が五枚という、極めて珍しい状況下においてのみ大火力を発揮するカード。貴文が【ライブラリーアウト】を使ってくると読んで、直前にその対策のためだけに投入したのだ。
これでちょうど貴文のライフはゼロになった。
あの貴文に、俺は再び勝利したのだ。
もちろん、チームとしては敗北している以上、真に勝ったとは言えない。ただの自己満足だ。でも、これから俺はこれからこの勝利にすがっていくのだろう。
「貴文」
俺は彼に宣言する。
「来年こそ、俺達が勝つ」
俺は、疲れが混じった半笑いを浮かべてそう宣言した。
それに対して、貴文は、
「もう絶対に負けない」
とだけ言い残して席を立った。
「優輝、スゴい」
姉ヶ崎にそう言われる。
「ありがとう、姉ヶ崎。お前のおかげでまた貴文に勝てた」
彼女の頑張りがなければ、俺は貴文の戦略を見破ることはできなかっただろう。
「それと。今言うことじゃないかもしれないですけど」
やっぱ、デュエルって楽しいですね。俺は二人に向かってそう言った。
◇
「二人共、今日はありがとう。あたしはちょっとだけ休んでから帰るから、先に帰ってて」
先輩は一年間幕張だけを目指して戦ってきたのだ。そして今年もダメだった。今は、一人になりたいだろう。姉ヶ崎も先輩の気持ちを察したようだ。
「じゃぁ先輩、また明日」
「うん」
俺たちはその場を後にする。そのまま駅に向かい、電車に乗る。俺と姉ヶ崎は一言も喋らず、かといってスマホをいじったりもせず、ただ窓の外の景色を見つめていた。
やがて姉ヶ崎の地元の駅に着く。
「俺もちょっとここで降りるわ」
俺がそう言うと、姉ヶ崎はちょっと驚いた顔をした。
「言わなきゃいけないこと、あるの忘れてた」
誰もいないホーム。俺たちはベンチに隣り合わせで腰を掛けた。
ふぅと、息を吐き出す。そして俺は、
「こないだのことだけど」
そう切り出した。
「うん」
「やっぱ、お前とは付き合えない」
自分でも、一体いつからそんな偉そうなことが言えるご身分になったのだと思った。でも、それが俺の気持ちなのだ。
「俺、先輩のことが好きだ」
姉ヶ崎は、何を考えているかわからない表情だった。悲しいのか、それとも後悔しているのか、はたまた意外とどうでもいいと思っているのか。
「あおい先輩は、カードのことしか考えてないのに、それでもいいの?」
「うん、わかってる。でも俺、諦めたくない」
「そっか」
と、今度は姉ヶ崎がすぅと息を吸い込んだ。そして
「わかった」
そこですっと立ち上がる。そして体の向きを変えて俺を見た。
「じゃぁあたしも諦めない」
彼女はそう笑顔で言った。その笑顔は、もしかしたら強がりだったかもしれない。
「お互い片思いで、でも諦めないってことで。うん」
「そうだな、うん」
俺もほっと胸をなでおろす。今日で、姉ヶ崎との仲もおしまいかと思っていたから、それに関しては一安心だった。
「とりあえず、また明日から練習の相手、よろしく」
「ああ」
◇
汗の匂いがした。
誰のものかはわからない。空調はしっかり効いている。でも、それでも、息をのむような試合が目の前で展開されているのだ。
俺は血は幕張、その憧れの舞台にいた。
もちろん、観客としてだ。
全日本学生選手権決勝戦。桜華院高校が今、優勝に王手をかけている。
もちろん、相手も強敵だ。強力なデッキを用意してきている。だが、貴文はそれを簡単に超えていく。
相手はその最後の一枚を引く。そして次の瞬間、すべてを悟った。デッキトップに掌を置いて、その手をそのまま差し出した。その手を貴文が握り返す。
貴文の勝利だ。無敗の歴史に、また新たなページが刻まれた瞬間だ。
会場が大きな拍手に包まれる。
「来年こそは」
隣で先輩が言った。
「来年こそは、あそこに」
「はい。絶対に」
その時だ。
貴文と目が合った。単に俺のほうを見ているだけ、いやそんなことはない。彼の眼は確実に俺をとらえている。
――僕はここで待ってる。
王者は、そう俺に語り掛けている。そんな気がした。
(END)
トレカ部だけど、青春しちゃダメですか? アメカワ・リーチ@ラノベ作家 @tmnorwork
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