邪獣戦記ライゴウ 白夜の章

@smiththedaddy

 あなたは神の存在を信じるだろうか。私は信じている。あなたの世界がどうかは知らないが、少なくとも私のいる世界の神は実在するし、疑いようのない事実として誰もが信じている。

 あなたの住む世界には無神論者なる者が存在するかもしれないし、あなた自身も神の存在を信じていないかもしれないが、私の住むアサンキヤでは空から雨が降る如く当たり前の事なのだ。

 しかし私がどんなに神が存在すると言ったところで、あなたはそれを信じないかもしれない。それ故に私の住むアサンキヤと神と、それから民と信仰を護る者の物語を語ることとしよう。


       *


 暗闇に邪獣の悍ましい叫び声がこだました。

 民と信仰を脅かす恐ろしき邪悪な獣。そして、それと対峙する一人の戦士。武士と呼ばれ夜な夜な邪獣を狩るのが務め。

ライゴウは脇にさした二振りの刀の一方を抜いた。すると柄頭に人面のレリーフをあしらったそれは、どこからともなく声を発する。

「ライゴウよ、邪獣の弱点は頭だ」

「何度も言うな、ガンド。そんなことはわかっているさ」

「お主が今までに斬った邪獣の数はもうすぐ千体になる。この務めにも慣れてきただろう。だからこそ油断をしてほしくないのだ」

 この時ライゴウは自分がある日突然刀と出会い、この世界を護る武士に選ばれてからかなりの年月が経っていることを三度知覚した。夜ごと現れる邪獣を斬る度、刀はその邪気を身に宿し力を増してゆく。それと共にライゴウの刀技も鍛練されてゆく。

「ところで、もう願い事は決まったのか?」

 邪獣を千体狩った武士は神の力で願いを一つ叶えてもらうことが出来る。褒美のようなものだ。

「ああ。もう決まっているさ」

 俺の願いは最初から一つだけだと、真っ直ぐ前を見つめ「行くぞっ」と意気込んだ。


 肉食恐竜のような姿の邪獣は異常に発達した、一本の巨大な鎌状の爪でライゴウに襲いかかる。とっさに、手を通して刀に宿った邪気を放つ邪力で鉄刀を抜くと、左手に持ったそれで巨大な爪を受ける。そして、右手に持った刀で爪の根元を断ち斬る。爪は邪気となって消え去り、斬られた根元からは血のように邪気が噴出し、ライゴウの身を穢す。邪気こそが邪獣の本体であり邪獣そのもの。ダメージを受けると実体を保てなくなる。

 

しかし邪獣はライゴウを喰らおうと、その頭を振り下ろす。邪獣は何があろうとも人間を喰らう事だけを優先する。

だが、好機だ。今なら頭部を容易に狙うことが出来る。

 ライゴウは勢いよく地面を蹴り上げて飛翔した。邪獣の脳天に直上から刀を突き刺す。血しぶきのように邪気が噴出し、脳を破壊された邪獣は息絶える。その巨体は邪気の煙に変わり、刀へと吸い込まれた。

 

 ふと空を見上げる。月が夜の闇を照らしていた。この世界の月を見るたびにライゴウは自分がもといた世界のこと、自分がこの世界に来た日のことを思い出す。



 それは高校二年の夏、深夜だった。ライゴウは友人とその兄とで群馬県片品村の山奥にあるという有名な心霊スポットに訪れていた。トンネルとその周辺一帯が心霊スポットになっているというその場所は、夜ならば霊感の無い人間が訪れてもその薄気味悪さを感じることが出来る。きっと霊感の強い人間ならば近づくことさえできないかもしれない。

「ジャン負けはトンネルの向こうに行って戻って来ようぜ」

 友人の兄がとんでもないことを言い出す。この「じゃんけんで負けたら」は友人の兄の厄介な口癖だ。

「は、はあ」

 高校の先輩で在学中は喧嘩に明け暮れていたというこの男の提案に気の無い返事を返すしかなかった。断れば何をされるかわからないし、ここまで車で連れて来てもらっている。霊感など一切ないライゴウにとってはトンネルの向うに行って戻って来るだけならばその方がよっぽど楽なのだ。精神的にも肉体的にも。

「じゃんけん――」


 トンネルの中をマグライトの明かりだけでふらふらと歩いていた。どうもこのトンネルは人の生気を奪っているような気がしてならない。そして思った以上にある距離に嫌気がさす。

 早く出口へ。まだこれは往路なのだ。復路もある。

やがてトンネルの中に白い煙が蔓延してきた。こんな時にトンネル内で霧だろうか。

たどりつけない出口に霧。いよいよ帰りたいという気持ちですべてが満たされてくる。もう殴られたって何だっていい。

「もうここからいなくなりたい」

 そうつぶやいた瞬間、今まではどこまでも遠くにあった出口が急に、真正面にさしかかってきた。


ぱぁっと周囲が明るくなるような感覚に陥って、気を失ってしまった。


 気が付くと、何も無い荒野のど真ん中で倒れていた。自分がどうしてこのような場所にいるのかわからなかった。


       *


 上司への報告を終えるとすでに日が高くなっていた。ライゴウは《獅子の牙》という名の士団に所属している。これは神の命により数名の武士で組織されている。ライゴウにはゲンリュウという名の同僚がおり、行動を共にすることもある。

ライゴウが番屋を出て空を仰いだ時「おい、ライゴウ」という声に呼び止められた。振り返るとひとりの武士が直立不動で立っていた。

「おお、ゲンリュウではないか」

 七尺ほどある長身と筋骨隆々とした肉体の山脈のような男。

「これから神皇様のもとへ行く。お前も来い」

 神皇とは神と人間との間に存在し、神の教えを人間に伝えるために選ばれし者として活動している。

「神皇ということは指令であるな?」

 ガンドが勘づく。

「その通りだ。どんな指令かはわからんが、急を要するようだ」

 獅子の牙の務めには毎晩のように現われる邪獣を狩ることと、神皇や神官の命令によるものがある。神皇が武士を呼び出す場合は指令以外にはない。


       *


 都の中央にある神皇府は神皇の居住まいと中央政府の役割を果たしている。神の力により絶対に邪獣が沸くことが無い場所だ。ちなみに神皇府の他に白夜の町も神の力によって邪獣が沸かない場所の一つだ。


 鳥居にも似た特徴的な門をいくつもくぐって行くと神皇府の中央、神皇殿にたどり着く。ここで神皇は政務を行うのだ。

結界で守られた入口の番に要件と所属を伝えると「どうぞ奥へ」という声で戸が開き、中へ通された。

どんな武士であろうとここへ通されると緊張してしまう。

「失礼いたします。獅子の牙所属、ゲンリュウただいいま参上仕りました」

「同じく獅子の牙所属、ライゴウです」

結界を張った障子を隔てた向うにいる姿の見えない神皇。しかし、強い力を感じることが出来る。それは神皇が長い修行の果てに身に着けたものだ。

「……ゲンリュウにライゴウであるな。早速だが指令だ。白夜の町に行け」

 白夜の町。邪獣が沸かないことからとても人気のある旅行先の一つだ。しかしそのような場所に我々を派遣してどうするのだと二人は思い、つい顔を見合わせてしまった。

 そういえば白夜の町の士団は弱いという話を耳にしたことがある。邪獣を狩らない武士は他に仕事が皆無と言っていい。ならばその武士団を指導する、いわば教導団の役を我々に務めろという事だろうか。

「白夜の町に何故邪獣が現われないのかは知っておるな。では何故、白夜なのか知っておるか」

 白夜の町では太陽が沈まないからだ。太陽というのはそもそも神の化身でその力で昼間の世界を見守っている。昼間に邪獣が現われないのはそのためで、白夜の町では昼間の状態がずっと続いているのだ。

「すみません、知りません」

「白夜の町には地獄の門が存在するからだ。」

「地獄の門……?」

それは神話でのみ聞いたことのある名だった。

「地獄の門は存在するのですか」

 思わず声が出てしまった。

「当然だ。神話に嘘偽りはない。地獄の門は太陽に照らされることで封印されていた」

「いた……?」

「今、白夜は消滅し、地獄の門の封印が解かれたのだ」

 神皇が地獄の門の伝説と現況について語りだす。


 はるか昔、神との争いに敗れた邪神は力を奪われたうえで、地獄に封印された。白夜の町には地獄へと通じる入口があり、それを《地獄の門》と呼んで太陽の力すなわち神の力で封印した。

 しかし何者かが白夜の町を闇で覆い、地獄の門の封印を解いた。もしも邪神がその力を取り戻せば再び地獄の門から邪神が現われ、世界は闇に堕ちてしまう。


「白夜の町へ行ってくれるな?」

 障子越しに神皇がこちらを見つめていのが感じられた。

「御意」

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