第2話 灰色の記憶と傘


 いつだって、記憶の中は靄のかかる霧の中。傘もささず、その場に雨に濡れる2人の子供。お互いに手を繋いで、握りしめていた。

 片方の子にはガラスのペンダント、もう片方の子は雫の形をしたイヤリング。

 目の前に1人の青年が居る。彼は、子供達の頭を撫でた。そして、何かを言った気がする。

 その言葉は分からなかった。何か、懺悔のような、そんな酷く酷く後悔の滲む言葉と声だったことだけしか覚えてない。

 思い出さなくていい、と身体が拒絶反応を起こしているかのように目の前が霞んでいく。いつだって、そうだ。この先はもう見なくてもいいと、言わんばかりにいつも記憶は消えていく。


『……――――、……』


 繋がれていた手が、ゆっくりと解かれる。片方が離れ行く手を名残惜しそうに見て、泣きそうな顔をして。離れてしまった手が、所在なさげに宙に浮いたままだった。


『っ、――――!』


 記憶が溢れる。周りに存在する無数のカケラ。それは、記憶の。想いが溢れて具現化してしまったそれらを私は夢の中なのに手を伸ばした。

 それを止めたのは、1人の男。掴まれた腕を、静かに見る。男の顔を見ようとすれば、瞳を手で塞がれた。そうして響く、低い声。


「ダメだよ、記憶に干渉しては」


 干渉。まさか、そう思った時には男は消えていて、目の前の過去は何もなくて。

 静かな黒の静寂だけが、この場に残っていた。手のひらに落ちた、灰色のひとかけらだけがあのことを教えてくれた。


 *・*・*・*・*・*・*


 あの夢は案外頻繁に見る。何かを訴えてるように思えるけど、過去のことだ。何を今更思い出すことがある。なんとも言えないもどかしさに胸中が気持ち悪いが、解決しようのないものは解決できない。内心でため息を吐けば、顔に影がかかる。


『おはよう、寝坊助』

「ハル」


 私の顔を覗き込むのは灰色の猫、ハル。彼女は長く生きすぎたために、テレパシーを覚えた特殊な猫だ。ゆらり、と尻尾を揺らした彼女はどうやらご飯の催促をしているらしい。待って、今何時?


『すでに10時だよ、珍しいねぇ、あんたが寝坊なんて』

「……起こしてよ」


 道理で日が高いわけだ。身体を起こして、ハルの頭を撫でる。いつもだったら起こしてくれるハルが、今日は起こしてくれなかった。どういうことだろうか。


『お前さんが、どんな夢を見てたのかなんて分からないが魘されていたよ』

「……あの夢、見てた」


 ポツリと、呟く。そう、あの夢を見ている時は無意識のうちに魘されているらしい。だから、ハルは起こさない。起こして私がパニックを起こしたらたまったもんじゃないらしい。

 昔、一度だけそんなことがあって以来ハルは絶対にそういう時は起こしてくれない。

 あの時は酷いパニックに陥って、錯乱したらしい。それを止めたのは、今は顔を出さない人。あのひと、どこに居るんだろう。


「……ご飯、あげるね」

『おや、私が催促しているみたいじゃないかい』

「催促だよね、その尻尾の振り方』

「気のせいだよ」


 どうだか。肩を竦めて、キッチンに向かう。店はまだ開店してない。今日は休業にしようか。いつもなら開店準備に取り掛かるけど、今日はなんとなく気分じゃなかった。

 店主がそんなんでいいのか、て話だけど仕方ない。ふ、と左の手のひらに何か張り付いている気がした。何だろ?

 確認すれば、夢の中で拾った……あの灰色のひとかけら。私を止めたあの人は、何者だったんだろう。何故、干渉してはいけないということを知っていた? 

 同業者であれば十分あり得る、けど同業者という感じではなかった。

 もっと昔に知っているような、もっと懐かしい感じがした。それが分かれば早いのだけど。どこかで会ったことが……?


『……おや、』


 ハルの耳がピクリ、と動く。どうかしたのかな。ハルの餌の量を調整しているのに、ハルが気にしているのは店の方。


「どうかした?」

『お客さんだよ』

「……え、」


 嘘ではなさそう。私、朝ごはん食べてないのに。って、寝坊したのは自分だから仕方ないか。ハルのご飯を置いて、店に向かう。あ、エプロン忘れた。慌ててエプロンを着けて、店のドアを開ける。風が吹き抜けて、店の風鈴を鳴らす。ガラスとガラスがぶつかり合う、その音は澄み切っていた。しかし、


「煩いわね!」


 そう思わない人も中に入る。この人はそんなタイプか……と、思ったら意外にも見知った顔だった。あれ、何でいるのさ? 思わずきょとん、とした顔をしてしまえばはたかれた。痛いなぁ、もう……。少し睨んで顔を上げれば、その人物は私を見てため息をついた。何よ、全く。


「寝起きね」

「よくお分かりで」

「当たり前よ、と言うよりその前にあんたその顔やめなさい」

「顔?」


 なんか変な顔してる? それとも、何かついてた? 分からなくて顔をぺたぺたと触れば呆れたため息をつかれた。そして、この子はそうだった……と本気で呆れられた言葉が落とされた。いや、そういうことよ? と思うより早く彼女は彼女の指がくるりと回る。そしたらどうだろう、いつもの姿になった。あ、やったな。


「リン」

「うん」

「いい加減に美意識というものを持ちなさい!? あんた、バカなの!?」

「カンナちゃん、うるさーい」


 目の前の彼女はカンナ……私の同業者だ。同じく『カケラ』を扱うがその種類は違う。私が記憶のカケラを取り扱う様に、彼女もまた専門的なカケラを扱っている。彼女が取り扱っているのは楽しみのカケラ。

 楽しかった思い出や出来事から作られるカケラを装飾品に加工している。彼女は王都の――――もっと大きな街に店を構えていてちゃんと『カケラ屋の装飾店』と明記の上で店を出している。

 王都ではカケラは住民に知られている。だから、店を出せる。私のようなこんな辺境地に店を構えている同業者の方が少ないのだ。むしろ、私のみ。だからまあ、結構自由にできてるわけなんだけど。


「うるさーい、じゃないわ!」


 ずい、と目の前に出されたのはちょっと古びた皮のパスケース。いや、これを出されてもカンナちゃん……一体どういうことよ? と視線で問いかければため息をつかれた。いやいや、そこはため息をつくところじゃない。

 しかし、記憶にはないもののどこか懐かしさを感じるそれ。一体何なのか。首を傾げていれば、カンナちゃんは呆れたように口を開いた。しかし、そこにはどこか憂いもあった。


「……覚えてないのね、やっぱり」

「へ?」

「ならいいわ、この持ち主は2日後に取りに来るみたいよ」


 ……あ、依頼ですか。て、え? 待って、なら何でカンナちゃんが持ってきてるの?依頼人が私に普通に持ってきたらいいのに。しかも、カンナちゃんが持ってきたってことはカンナちゃんの知り合い……? 1人でうんうん悩めば、カンナちゃんは私の頭を叩いてきた。あ、ちょっと痛かったですよカンナさん。


「というより、クリスマスじゃん2日後」

「ああ、世間一般ではそんな時期ね」

「……カンナさん?」


 カンナちゃんにとって、日付というのは単なる目印でしかない。私たち、カケラを扱う人間は何かしらの理由を抱えている。私は記憶の欠陥を、カンナちゃんは心の奥底に大事な記憶を封じ込めてしまった。それは彼女にとっては幸せで、楽しかったはずの思い出――――確か、それは。

 欠陥はこうして表に出て、私たちに役目を与えた。それがカケラを取り扱うという役目だ。誰しもが、その役目に就けるわけではない。欠陥があるから、というわけでもない。そこに深い記憶が、思い出が、何かがあるから。役目を与えられる。

 同業者の中には欠陥が無くともカケラを取り扱っている子もいる。生まれたときから感情が乏しかった子は感情のカケラを取り扱っているし、哀しみに感化されやすい子は哀しみのカケラを取り扱っている。


「じゃあ、任せたわよ」

「うん、それはいいけどカンナちゃん」

「何よ」

「このパスケース、そこまで時間かからないけど?」


 そうなのだ、古びて色あせたこのパスケース。糸のほつれを縫い直すだけなのだ。それを伝えれば、カンナちゃんはあ、と言ってポケットから何かを探ししてる。右のポケットから出てきたのはひび割れたガラスのペンダント。


「……カンナちゃん、これは」

「直さなくてもいいって、けどあんたに渡してほしいって」


 待って、どういうこと?状況が読めないまま、彼女は店を出て行ってしまった。手渡された淡く黄緑に光るガラス玉。どこか懐かしさを感じるそれは、どこで見たんだろう? まさか、あの夢の中? そんなわけが無い。失われてる記憶の中のものが、何故今になってココに出てくるのか。そう思うとそれはただの偶然だと思い込める。あの男の子がつけていた、ペンダントとは一致しない。何故なら、あの夢で思い出せるのはそれがガラスのペンダントだったと言うだけで、色味までは覚えてないのだから。

 そう思うと、あの少女がつけていたイヤリングは一体どこにあるのだろうか? あの少女がかつての私かと言われたら否とは答えにくい。記憶が無い、私がそうは答えられないからだ。

 カンナちゃんから預かったパスケースは明日縫おう。そう思って、店の奥に足を向かわせた。――――チリン、と風鈴が鳴った音にも気づかずに。


 *・*・*・*・*・*・*・*


 パキリパキリ、割られるのは。男は冷たい瞳で足元の連中を見下ろしていた。せっかく集めたカケラ・・の一部を壊されてしまった。もとより、そのつもりでの犯行だったのだろうが男にとっては到底許されるものじゃない。何のために頑張って、集めてきたのか。まだ足りないカケラ達。手に持たれた小瓶の中には色とりどりのカケラがある。そして、男の耳には雫の形をしたイヤリングが、暗い光に反射して光っていた。


 *・*・*・*・*・*・*・*


 色あせたパスケースはどうやら本革だった。洗うかどうかすごく迷ったけど皮ってあまり洗わない方がいいんだった、と言うことを思い出して専用のクリームを塗ってよく馴染むように伸ばす。それから乾いた布でこする。こうした方が皮はつやと張り、それから味が出てよりよくなる。少し乾燥させてから、ほつれた糸を縫い直せば完成だ。

 皮は陽の元に置いておくと痛んでしまうから木陰で乾かす。にしても、随分簡単な作業だった。いや、いつもが面倒続きなのか。そんなことを思っていれば、あ、と思い出す。やば、カケラ取ってない。

 乾かしているパスケースに手を伸ばす。その瞬間、ブワリと沢山のカケラが舞い上がる。……何、この数。今までに見たこともない、そんな数だった。しかも、褪せてない記憶が多い。そして、今までの品の中で過去最高に色つきのカケラが多い。藍、オレンジ、黄色そして――――灰。

 一瞬どきり、とした。何で、この色が。夢で見たからか、異常に反応してしまう。手のひらにある幾多のカケラの中でそれだけが異様に目立っている気がしてならなかった。そんな錯覚に見舞われながら、風鈴作りに取りかかろうとして、やめた。足元でハルが鳴く。


「リン?」

「……明日、作る」


 気になったから。カンナちゃんから渡された、あのガラスのネックレスが。あれにも何かあるように思えた。まだ時間はある。けど、今日は作る気になれなくて。店じまいをして、部屋に戻る。

 記憶が無いときから必要最低限の物しか無いさっぱりとした部屋。畳に座って、ガラスのネックレスを机に置いた。それに手を伸ばし、触れる。

 ザワリ、と何かが蠢く音がした。反射的に手を離せば、一気に秘められていたカケラが散り散りになる。……何、これ。あのパスケート同じだ。こんな量のカケラ、見たことがない。

 まるで、幾重の記憶を押し固めたような記憶のカケラ。そして、色つきも今までにないくらいになる。藍、緑、橙そして――――灰。


「……ぐう、ぜん……?」


 それにしては仕組まれている。何故、どうして。この灰色がこんなところに。灰色は、思い出したくない記憶を押し固めた痕跡だ。色つきにもちゃんと意味がある。

 藍は哀しみ、緑は安らいだ記憶、橙は忘れられない記憶。忘れられていくそれらは無意志に的に、濃く忘れたくないほど色つきになる。大抵は時間と共に忘れていくから、色はつかない。

 こんなに色つきが出るなんて、このネックレスの持ち主はどんな経験をしてきたのだろうか……。

 記憶がない私には分からない、あの夢が本当かどうかさえも、そしてカンナちゃんが言った言葉の意味も。


『リン』

「……寝よっか、ハル」


 分からない、何も。きっと、そう仕組まれている様な気もする。そして、それがいつか重なる必然でもある――――そう、言われている気もした。


 *・*・*・*・*・*・*・*・*


 起きてすぐ、風鈴作りに取りかかる。炉の中にガラス瓶ごと入れて溶かしながらボンヤリと考え込む。今から見るのは、その人の記憶に触れると言う行為。昨日の時点では、あまり見れなかった。集中しても、靄がかかってしまう。まるで、今は見るなというように。だから、溶かしながらその記憶に触れることにした。何が見えるのかなんて分からない。その人の記憶は、その人のもの。他人が知ることなんて本当はあまりない。だけど、


「……っ、」


 薄ボンヤリした灰色の記憶の中。幼い子供が2人手を繋いでいた。離すことなく、彼らは互いの手を握っていた。そこに1人の男がやってくる。彼らよりも10歳以上年上のようだ。降り注ぐ雨。傘も差さずに濡れる。その光景は、いつかの夢に似ていた。そう、酷似しすぎていたのだ。何故、そう思っていれば少年は少女の耳に触れた。少女は何も分かってない。

 青年は泣きそうな表情で懺悔のような言の葉を告げながら、少女の頭を撫でた。少年の手が離れていく。少女はそれを見ているだけ。遠のく2人をただ、見ていた。1人残された少女は、離され、温もりの残る手をじっと見つめて――――衝撃が襲った。


「っ、……!?」


 視界がくらむ。後ろに居た誰かが少女を殴ったのだ。ゆっくり倒れゆく少女に、近づく手。しかし、それは阻まれた。少女の身体が淡く光り出し、周りに浮かぶのは無数の―――――


「かけ、ら……?」


 それは少女を取り巻いた後、上空の彼方へと消えていった。少女の身体が地面に叩きつけられる手前、誰かに支えられた。その顔に、私は見覚えがある。どういうこと、何で……

 そう思った瞬間、ガシャンという鋭い音によって現実に引き戻される。何,アレ……記憶を見る、と言ってもいつもは表面からの干渉だ。こんな、こんなことはできない。なのに、今は記憶に引きづられる様に真相に入った。そういうこと……?


「何で、あの人が」


 記憶を失くした後に初めて会ったあの人が、何故この記憶の中に。あの人は、何を知っているの……? 大きな疑問を持ちながら、風鈴作りに取りかかる。

 炉の中からいつも通り、1円玉サイズの円を掬いだしてその上にもう一度重ね、巻いていく。巻いたガラスをゆっくりと少しだけ膨らまし、小さな丸を作る。そして、また炉の中に入れてガラスを付け足していく。

 何度か繰り返し、途中で小さな穴を開けて、形が崩れないように一気に息を吹き込んで膨らます。これ、難しいんだよねいつやっても。 

 膨らんだそれは冷ますために20~30分程放置。冷ましたらガラス棒から切り離して、2つあるうちの小さい方を切り離す。後は、切り落とした際にギザギザになった部分をやすりにかけて、絵を描き込めばいい。

 色つきのカケラは沢山あるから、何にしようか――――特に、灰色。一番印象に残るのは、あの手を繋いでいた光景。夢と重なる部分だからか、それとも何かを感じたのか。それに、あのネックレスも。何かが繋がりそうで繋がらない。そんなもどかしさを抱えながら絵筆に色を乗せる。

 ハルが作業台の上に乗ってきた。しっぽを揺らしながら、頭に声を響かせてくる。


『何を書くことにしたんだい?』

「……傘」

『傘?』


 意外な答えだったらしく、ハルは聞き返してくる。まあ、仕方ないよね。私も何描いたらいいか分からなくて傘にしたんだし。内側に灰色を塗る、その上に藍と橙。


『灰色の傘かい?』

「そう、ドット柄のね」


 この傘は持ち主にどんな記憶を見せてくれるのだろう。筆を滑らせながら、思う。カンナちゃんはこの依頼主を知っている。そりゃ、王都に店を構えているわけだから、顔見知りか何かだとは思う。王都には記憶を扱うカケラ屋はない。数あるカケラ職人の中で記憶を扱っているのは私とあの人だけ。記憶に込められた全てはカケラとして落ちていく。残酷にも、それは消えてしまう。

 書き終わった風鈴を飾り、音を鳴らす。いつもの音よりも少し寂しげな音色だ。リン、と音がしたかと思うと店の方で物音がした。お客さん? まあ、一日一回は人来るけど。なんて思いながら店に出る。そこに居たのは、左耳に雫のピアスをした黒髪の男。そのピアスに、見覚えがあった。あの夢の、あの記憶のピアス。何故、そこに。


「……覚えてないというのは確かか」


 何を、そう言う前にはっとする。本来なら明日だが、幸いにも両方できている。きっと取りに来たんだろう。奥に戻って、パスケースと風鈴を持ってくる。その風鈴の傘を見た男は、少しだけ瞳を細めた。何、柄が気に入らなかった?

 コツリ、と男がカウンターの前にやってくる。その伸ばされた手は、パスケースと風鈴ではなく私の頬に伸ばされて。……待って、どういうこと。そっと触れられた手が、私の頬を優しく撫でた。


「ヨナ」


 ビクリ、と肩が震えた。誰の名前? 頭が痛い。男から一歩離れるように後ずさる。男はその反応に瞳を伏せた。面影は、あの夢の中の、記憶の中の少年のような気がする。だが、目の前に居るのは男だ。少年はない。だから、困惑した。記憶がないから、あの少年の顔が思い出せない。彼は、あの少年なのか。それすらも分からない。


「……ゴメンな、ヨナ」


 言わないで、それは誰の名前? 私はヨナじゃない、リンだ。あの人から貰った名は、リン。ヨナじゃない。それは、誰の名?

 手を下ろした男は、風鈴をおもむろに持ち上げる。リン、と音を鳴らす。瞬間、流れる記憶。隣には風鈴を持つ男。何故、これは彼の記憶。なのに、私はここに居る。引きずり込まれた?


「これは俺とお前の記憶だ」

「……わた、し、の?」


 どうして、そう言えるの? 男はまたリン、と音を鳴らす。情景が移り変わる。あの夢のシーンの、その後。これは、一体。


『――――様! ヨナ様が!』

『ヨナが!? 離せよ、兄貴・・

『今行くのは無謀だ!』


 何、これ。分からない、何で、どうして。こんな記憶知らない。男はまた風鈴を鳴らす。薄暗い路地、手に持つ無数のカケラ。断末の音。音が響く、いつも聞く音なのに、何故。流れ込む記憶に、着いていけない。怖い。


『――――お前らが、ヨナを……』


 リン、音がした瞬間店にいた。足から力が抜けて崩れ落ちる。男は私を支えるように腰に手を巻き付けた。何アレ、どういうこと、私は何を忘れているの? 何を失ったの? 記憶という、遺産が残した残像は私に何をしたの?


「……お前は『記憶のカケラ』を扱うリューゼベルク家の、忘れ形見だ」


 男がそう、言った。分からない、彼は何者で、私は何者なのか。分からない、あの夢は、あの記憶は。何があったのか、何を捨て去ってしまったのか。分からない、何も。


「俺は、お前の片割れだ」


 ――――レキウィス・リューゼベルク。その名は、私の欠けたカケラの一つであることを私はまだ理解していなかった。隠されていた私の記憶にまつわる過去とあの人の話。そして、私の記憶が消えた全てについて知ることになるのはまだ先に話になることも、何も知らなかった。




 -FIN-



 ※後味悪すぎるので年末年始のどちらかに更新予定です。

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カケラ屋さんの風鈴 四月朔日 橘 @yuu-rain

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