心と感情、そして次への――

「お疲れ様、拓真君」

「……はい」

「これで全てのミュータントは撃破したんだね、一件落着か」

 木場さんがそういいながら俺にコートを被せてくれた。


 俺は人間の姿に戻って、そのまま歩き出し、白いガードレールに向かって拳を振り上げた。 


 ガンッ! ガンッ! ガンガン!


 何度も、何度も、ガードレールに拳を浴びせる。たとえこちらの拳が痛くなっても、心にこもったモノを、行き場のない感情を、ガードレールに何度もぶつけた。


「拓真君」


 その振り上げた腕を、舘山寺さんが掴んだ。


「やめるんだ、拓真君」

「……俺は、俺は」


 悔しくて、悔しくてたまらない。


「俺は負けた。ヤツラを確かに倒したけど、俺は負けたんです」


 舘山寺さんが黙して俺の声を聞いてくれた。


「確かに倒しましたよ、全員これで倒しましたよ。だけど……だけど俺は! アイツらの心の苦しみに、何一つ答えられなかった! 中には分かり合える、手を取り合い共存ができるはずだったヤツもいたんだ! だけど、だけど俺は! その声に何一つ答えられず、手を差し伸べる事もできず! 俺は七人のアイツの心に、執念に、……負け続けていたんです」


「拓真君」


「俺は何一つ勝利を収めていない、誰一人として勝てなかった! 心の叫びに、その感情に、答えられなかった……」


「もういい、拓真君。もう終わった事だ」


「ですけど――」


「確かに、君は完敗だったね。勝負に勝って、心で負けた。そんなところかな?」


「……ヘックス」


 カカロ族のヘックスが、エルガイアを観察する者として派遣されたヘックスが、俺の前に現れた。


 警官の数人が銃を構える、だがそれを、舘山寺さんは手で制した。


「なに、すぐこの場を去るさ」

「何しに来た? ヘックス」


「予告、と言っても過言じゃないかな? 今度こそ君の最後の時がやってくる」

「また、ミュータント達が、超人たちが俺を狙ってやってくるのか」

「そうだ、その通りだ。だが次は違う」


 こほんと咳ばらいをして、ヘックスは仕切り直した。


「今君たちが相手にしているのは、聖帝の第三番目の子供。クリミナルア様だ。そのクリミナルア様の精鋭部隊が準備をしている。もちろん、君を討伐するためにね」


「……精鋭部隊?」


「そう、名はこの国の言葉で表すなら『赤い牙』。次の相手は完全な、戦闘に特化した超人たちだ。彼らは全部で十二人いる。そしてさらにその十二人の赤い牙は、最大で三人まで部下を引き連れることが許されている」


 木場さんが両手を出して数えた。


「ええと、十二人に、最高三人まで部下が付くなら、ひと部隊に最大で四人。ってことはそれが十二部隊もあって……四十八人! 五十人弱!」

「なんだと!」


 舘山寺さんが叫んだ。


「まあもっとも、単独行動を好む者もいるから、大体三十人強ってところかな?」


 ……一体づつでも倒すのがやっとなのに。


「そんなに大勢で一気に来られたら、どうすればいいんだ?」

 舘山寺さんの顔が真っ青になる。


「まあ、そこまでエルガイアという存在は、重要な敵だって事だよ。かつて千年以上前に、人間と結託して僕達を封じ込んだんだ。そのエルガイアの脅威は、僕達にとってそれほど大きいんだよ。クリミナルア様の虎の子を派遣するぐらいだからね。したがって、今の君では、赤い牙の部隊には太刀打ちできないだろう……今度こそ、君の最後だ」


「…………」


「じゃあ、伝える事はこれだけだから、僕は行くよ。今回の戦い、お疲れ様。そしてせいぜい赤い牙対策として十分な戦力を用意しておく事だね。じゃあ」


 ヘックスは背中の翼を広げ、ばさりばさりと羽音をあげて、闇夜の中に飛び、溶け込んで見えなくなった。


「…………」


 唖然とするしかなかった。

 ミュータントの精鋭部隊が十二部隊も、三十人以上のミュータントが押し寄せてくる。


 心身ともに疲労した俺は、視界がぐらりと傾いた。



 一つの戦いが終り、そしてまた戦いが始まる。

 今度は大規模な戦闘になることは間違いない。

 ヘックスの死の先刻とも呼べる情報に、


 俺達は戦慄するしかなかった。


  ――終――

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