Epilogue2

怨嗟は遥か遠くに……

 体は正直ぼろぼろだった、疲労感も酷く体が重苦しい。

 あのナイトクルーズでの戦闘、救助されたあと、すぐにサイクロ族のメッツラから最後の戦いに招待された。


 真夜中の十時。ここに来るよう手紙で指定された。


「…………」


 エルガイアの姿のままで見上げると、遥か長い石の階段が待ち構えていた。この頂上には、神社がある。


「じゃあ、行ってきます」

「気をつけて、拓真君」


 舘山寺さんと木場さん、その他の警察官達を背に、俺は石段を登った。



 罠があると警戒していたが、爆発物の匂いは今のところに追わない。綺麗で澄んだ空気と、植物の青臭い匂い。周囲では何十匹の虫の鳴き声が聞こえてきた。


 静かな心持ちのまま、石段を歩いて昇っていると、その途中で女のアムタウ族、ギメガミが待ち構えていた。


 有無を言わせず、ギメガミは鋼でできた糸を放ってきた。


 それを右手で受け止め、糸は俺のその腕にぐるぐると巻きついた。

 だがそれを、軽く引っ張り、糸が張った所で手刀で切った。


「くっ……」

「お前は――」


 ギメガミに問う。


「お前はエルガイアにどんな恨みがあるんだ?」


 それにギメガミは答えた。


「ゼルゼノガ、この名を覚えているか?」

「ゼルゼノガ?」


 ああ、と思い出す。俺が始めて倒したミュータントの名前だった。


「覚えている。先遣隊の一人だったな」

「あの子は、私の子供だ!」


 そうか、そういうことか……。


「私はかつては女王としての体を持っていた。……三十六体だ。私は女王として、三十六人もの子供を切り捨て、三十七体目にあの子を産み落とした。そして……私は一命をとりとめた」


「…………」


「本来ならば、私はそこで死ぬはずだった。女王体の超人は、その命全てを使って、より強い種族を生み出すのだ。だが私は、何とか一命をとりとめた。生き残った」


「そうか……」


「そして私は一心にあの子を育てた。愛した。それを……それをお前達は!」


「…………」


「エルガイア、貴様と一対一で戦って果てたのならばまだ納得もいえよう。誇らしく戦った我が子として、生涯心に眠っていただろう。だが、戦った経緯を聞けば、普通の人間と協力し、挟み撃ちで果てたという。卑怯なやり口で、愛するわが子が殺されたのだ!」


「ギメガミ」


「無様に生き残った。私だけが生き残ってしまった!」


「……もういい」


「覚悟しろ! エルガイア!」


 ギメガミが襲ってきた。

 だがその突き出したし手刀を簡単に払い。さらに足を蹴り飛ばしてその場に倒した。


「まだだ! 憎きエルガイア!」


「もういいよ……、アンタは俺には敵わない」


「たとえ! それでもっ!」

「やめろ!」


 急に大声を張り上げ、ギメガミが驚いた。


「あんたの息子は、強かったよ。そうだ、仲間の援護がなければ、あの時の俺は勝てなかった。……だけどゼルゼノガは、最後まで忠義に尽くした。……俺がヤツに本拠地はどこだと問いただしたら、死んでも吐かなかったよ」


「ぐ、やはり我が子は!」


「もういい! やめろ! アンタじゃ相手にならない!」


 ひゅう、と風が流れ、ギメガミはその場に座り込み、嗚咽を漏らして涙を流した。

 ギメガミの鳴き声が夜陰に響き渡る。


 俺はそのギメガミを背にして、再び石段を登った。

「………」


 射程としてはこのくらいか。

 目を凝らす。


 たとえ闇の中でも、エルガイアの視力は、頂上で待ち構えているメッツラの姿を捉えた。


 そして構える。


「フォームフレイム!」

 ゴウッ! と体に炎がほとばしった。

 そしてさらに――


「プラスエンチャント……サンライト!」

 フィイイイイイイイン……ゴウウウウ!

 炎をまとった姿からさらに、体中から太陽のエネルギーがほとばしった。


 ――一気に決める。


 最高速の移動で一直線に、おそらく仕掛けられているだろう爆弾も罠も突っ切って、一気にメッツラを叩く!


「サンライト――」

 右手を引き、弓を構えるような姿勢をとる。

「オーバー――」

 背中がどんどん熱くなり、やがて爆発した。

「ブレイクゥゥゥ!」

 背中のバーストの勢いで、一気に石段を飛ぶように突っ切る。


 ――なんだ?


 爆発も、阻むものも何もなかった。

 そしてそのまま一直線に高速で、頂上まで突っ切り。


 頂上で待ち構えていたメッツラの胸を貫いた。


 罠も何も用意されず、またメッツラは無防備にも俺の攻撃を受けた。


「ふ、ふふふ……」


 胸を貫かれ、持ち上げられたメッツラが笑った。


「どうじゃ? 無防備な人間を殺す気分は?」

「何?」

「今さら個人的な恨み言などどうでもいいわい。じゃながな」


 目を見開き、口から血反吐を吐きながら、メッツラは言ってきた。


「どうじゃった? 身に覚えのない恨みで戦わされた気分は? どうじゃった? 怒りと哀しみ、復讐に燃えるヤツらとの戦いは。さぞ苦心したじゃろうて」


「…………」


 げほげほっとメッツラが血反吐をごぼごぼと吐いた。


 それでも言ってくる。


「人として、心ある人間として、此度の戦いは辛かったであろう? 心を苛まれたじゃろう? それは、人でありながら超人になれる……人でもあり超人でもある、それと同時に人でも超人でもない貴様にしか分からない、彼らの復讐心、執念。それがワシの用意した一矢じゃ……」


「なぜ、こんなことをした?」


「なぜ? 終わった後で野暮な事を聞くでない、エルガイアよ。ひとえにワシのお前に対する執念、それを同じくする復讐心を持った六人を集め、貴様に一矢報いるためだけに行っただけの事よ」


「お前のエルガイアに対する、復讐心は何だ?」


「この状態のワシに聞くでない。小僧」


 そして、メッツラは打って変わって激昂し、血反吐を撒き散らして叫んだ。


「貴様のせいで! 何人もの同士を失った事か! ただ人より特殊なだけ、人を超えた超人だったとしても、その心は普通の人と何一つ変わらぬ! それを追いたて、弾圧し、お前という存在を中心にワシらを狩りまわり! そして無様にもワシらは封印された! 我慢なるものか! この置いていかれた悲しみ、目覚めれば死んだ同士達の骨も残らぬほどに時が過ぎていた! この悔しさが分かるか! 分かるわけがなかろう! だから用意した! 時を同じくし、エルガイアに強い復讐を願うものをぶつけ、彼らの苦しみを思い知らせる事で、お前は激しく苦悩させた! 千年前のエルガイアとは違うエルガイアだったとしても! 貴様という存在は有害だ! この時代になっても貴様は我らと戦い続け、そして再びワシらという存在を踏みにじるのだろう! この、正真正銘の! 化け物め!」


 メッツラが天を仰ぎ、そして笑った。狂ったように、笑った。


「カカカ……カカカカ! 人にも超人為もなりきれぬ未熟な小僧よ! 死ぬまでその超人と人間の境で、苦悩し続けるがいい! カカカ、カカカカカカ……」


 そしてメッツラの笑い声がどんどん力を失っていき、メッツラは狂ったような形相で絶命した。


「…………」


 ずる……。

 右腕を下ろし、胸を突き刺していたメッツラの死体が地面にどさりと落ちた。


「…………」


 そして、無言のまま振り返り、石段を降りた。

 右腕にこびりついたメッツラの血は赤く、ぽたぽたと石段に血の雫を落としていった。


 そして、ギメガミが居た場所、そこにも死体が一つあった。


「…………」


 自殺……、自決か。


 ギメガミの死体は頭と体が離れていた。


 おそらく、鋼の糸で自分の首を絞め、首を切断したのだろう。

 大量に吹き出たであろう血だまりの中に、きらりと光る鋼の糸があった。


「…………」

 しばらくその姿を眺めてから、無感動に石段を降りた。

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