他人に言われなくても分かってた

俺たち兄弟二人が寝そべる場所を

スカートの奥に持つお前はもう

男でも女でもないんだってこと

潮のように延々と続く長い髪を

火のように細い指で弄びながら

「兄さんとどちらが背が高いの」と訊く

答えを待たず喉の奥に笑いを敷き詰めた

お前が知りたいのが身体の寸法でなく

腰を抱く力の寸法であることも

分かっていて無残さを見たように目を背ける


暦を嬲る風が俺たちの蛮行を透明に象って

プレハブを建ててくれた親に告げ口しに行く

「行かなくちゃ」とお前は虚空を眺めて言う

「どこに?」と俺が指を絡めながら尋ねると

「僕たちの家」とお前はいつも同じことを言う

初め何かの冗談であったはずのその言葉は今や

俺たちの胸と口との間では湿った桃色の内臓を

表わす言葉のように響く

千切れた波音が時折戸の隙間から差し込んできて

俺の背中から腰へ お前の腹から腿へと流れ出る

どんな憂愁もお前の砂のように柔らかい腰が

千の波を受け取るかのように預かって静まる

俺は兄の靴跡を確かにお前の砂の上に眺めた

その周りに脱ぎ散らかされた沢山の夏の靴も

結い上げた項がまるで女のようだと言われた

お前の暦は剥ぎ取られたきり元には戻らない


赤ん坊にするように天井近くまでお前を抱き

笑い疲れた男同士らしく二人して床に倒れる

起き上がる前黙らせるようにお前が俺の手を取り

満月を半分に切ったような瞳を伏せて言った

「もしきみが、僕を赤ん坊にするみたいに高く、

抱き上げられるほど背が伸びたらその時は」と

言ったとき扇風機が止まった 乾いた摩擦音がし

歯車が切れる音がプラスチックの機体から響いた

「その時初めて自分が何をしているかが分かるよ」

俺の返事をお前はまた片方の手で奪い取った

微かな衣擦れの音 お前が体勢を横にした時

ふいに白く剥き出しになった脛の向こう側で

扇風機の微風を湛えた暦が分厚く垂れていた

昨年の八月の字を淡く灯したまま 重なった年月を

毟り取ろうとする他人の手を熱く拒みながら

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【詩】浸透圧/閃光/暦 merongree @merongree

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