第四楽章 espressivo
遠い昔。まだ近代文明が一度滅びて、そこから新しい文明が作られる前の、何万年も前の話。というのだからまだ人間は目を持つ部族と耳を持つ部族となんかに分かたれてはおらず、みんながみんな目と耳の両方を当たり前に持っていた頃の、そんな話。
「どうして駄目なんですか!」
「……いや、人工的な人間の作成なんて倫理的に上が許すはずないでしょ。実際作っちゃったんだけど」
研究所の一室で二人の男が対峙していた。つけられたままのラジオがシリアスな雰囲気をどこかコミカルなものにしている。
この時一人の生物学者が、無の状態からタンパク質を合成してホモ・サピエンスを作り出すことに成功していた。といってもその新しい命は受精卵が胚の段階に至って殺されるまでの話で、今さっき誕生したばかりの新しい命は、国際的な決まり事の上で既に十四日後には廃棄されることが決まっていた。
「そんな……彼らだって一個の人間ですよ!?」
「残念。法律によると、あと何ヶ月かしないと人権もらえないらしいよ? まだ彼らは人間じゃないんだって」
生物学者の助手は大きく息を吐いた。彼は相当落ち込んでしまい、しばらくそこから動くことが出来なかった。
研究所内で二人が沈黙する中、ラジオキャスターの能天気に明るい声だけが虚しく響いていた。
生物学者が口を開く。
「何でも上のお偉いさん方は、その新しい命を使って強化人間を作ってみたり肉体改造の実験台にしてみたりとか、そういう危険な可能性があるとかで認められないって言ってた。まあ裏にはこの研究所の評判とか、そういうのが間違いなく入り込んでいそうだけど。……まあそう落ち込むなよ、そんな助手君に朗報」
「……はい?」
「この子たち、絶対に睡眠状態から冷まさないっていう約束で、殺さなくていいってさっき許可もらってきた」
「え、ええっ!? な、何でですか」
助手は驚きや喜びを隠そうともせずに、ものすごい勢いで生物学者に迫っていった。生物学者が助手の剣幕に圧されて少し後ずさる。
「実はその子たち、初めから眼球や耳がそれぞれ発現しないように遺伝子操作で色々とイジっちゃってるから。もし彼らがこの研究所から逃げ出して、そして僕たちに敵意を持って僕たちを襲おうとしても、きっと何も出来ないだろうって言ってどうにかOKをね。いやー大変だったんだよ」
「や……やったぁ」
助手が泣き崩れた。生物学者が彼の肩を軽く叩く。
「まぁ、急に核戦争でも起きて僕たち人類が滅亡して、色々な偶然が重なって千年後に彼らが目覚めちゃってとかそんなSFのような話がない限りは、この子たちがこの地球の上を自由に走り回るということはないだろう。まあ、それも色々と可哀想な気もするけど」
「で、でも……もしそうなった場合、この子たちに生きる力なんてあるんですか? 彼らは目がなかったり、耳がなかったりするんですよね?」
そんな助手の心配そうな問いかけに、生物学者は口角を吊り上げてニンマリと笑うと、朗らかに力強く答えた。
「大丈夫大丈夫。人間の底力を舐めちゃ駄目だ。僕は人間の、底知れぬ可能性というものを信じている。将来、たとえどんな艱難辛苦が彼らを襲ったとしても、目を失った彼らは耳を失った彼らを、耳を失った彼らは目を失った彼らを、まるで隣り合うパズルのピースのように、きっと、お互いを求め合って、そしてまた人類は巡り会うんだ」
『――はい、それでは次の一曲です! タイトルは』
「そうやっていつの日かもう一度、人類は一つになる」
『――――――――融合~REUNITE~です!』
Please hear me I want to tell you
Please sing to me I wanna hear your voice
Please look at me I am lonely
Please smile at me I want you to be happy
交響曲第十番「融合」 桜人 @sakurairakusa
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