第16話

 銃声が届いたのは、彼の頭が吹き飛んで、脳漿が飛び出た後でした。ということはつまり、彼を貫いた銃弾は一キロメートル以上もの距離から放たれたということです。スナイパーというものでしょうか。ようやく本当の意味で私を求め、満たしてくれそうだった彼は、あっさりと、それこそ道ばたの蟻が普段の私たちに気付かれることもなく踏み殺されるように、あっさりと絶命をしたのです。

 私は絶望しました。長らく絶望というものをしたことがなかったので、いつの間にか対処法を忘れていた私はどうすることも出来ませんでした。ただ数十秒間、呆然としていました。

 私は彼の知を、もう感じることは適わないのでしょうか。

 私は彼の脳髄をすくい取り、口に含みました。それは塩で味付けをされた海胆のようで、塩味の後に柔らかな甘味が広がりました。

 嗚呼……ああ……アア。

 これが知の味というものなのでしょうか。

 私は敵兵がやって来るまで、存分に彼の脳髄を味わいました。



 敵兵の一人が私をもう絶命した彼の上に押し倒し、その上に覆い被さります。乱暴に衣服をはぎ取り、脚を開かせ、その中に肉欲を滑り込ませてきました。

 嗚呼……ああ……アア。

 やはり、私は空虚を満たすために、孤独を忘れるためにこうするしかないのです。バタイユの通りに、私は美しくあらねばならないのです。

 生まれたばかりの赤ん坊が初めに覚える感情とは何でしょうか。喜び、悲しみ、怒り……それとも愛でしょうか。いいえ、正解は興奮です。人間はまず興奮を覚え、そこからその興奮を快と不快に区別することを学習するのです。

 感情の根源は愛じゃあない。興奮が原初にあるのです。

 バタイユの通りに、私は美しくあらねばならないのです。私はそこに、男性が私を侵犯するときに、どうしようもない興奮を覚えるのですから。

 そうです、今ここで根源を感じる私は、決して間違ってなんかいません。

 私は器。肉欲の壺。

 私を見て。

 私を聞いて。

 私を嗅いで。

 私を味わって。

 私に触れて。

 私を求めて。


 ……私を満たして。

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