そして明日の世界より―

 紀元三二五四年、大部分が謎に包まれた惑星ニビルの住人アヌンナキの超長距離砲撃によって、栄華を極めていた地球人類は滅亡した。

 それだけではない。アヌンナキの攻撃は地球の地殻をも溶かし、蒸発させ、これにより三〇億年も続いたある一つの流れが完全に断ち切られた。すなわち、炭素系生命体の完全なる終焉である。地球暦一六億年頃に偶然発生したタンパク質が、これまた偶然に増殖することを覚え、その後多種多様な種に分岐し繁栄してきたわけであるが、それも皆一瞬にして異星人の慈悲なき攻撃により、その命を紡ぐ営みはあっさりと途絶した。かつて太陽系において唯一生命の存在が認められていたはずの第三惑星は、突如発覚したニビルという星の存在と共に唯一の称号を奪われ、そこから千年もの未来を見てみると、いつの間にか第三惑星は生命体を有する星ですらなくなっていた。全生命が滅び、地球は再び死の星となったのだ。

 しかしそんな地球ではあったが、人類はあるものを先の世界へと遺していた。

 その正体とは情報である。地殻が蒸発するほどの熱にも耐えうるほどの強度を誇る情報超多量記憶装置に、全人類が一万年に渡って積み上げてきた知識の全てが込められている。オルタネイティブ第三計画を約半年間に渡ってエディ・ウィンドウズが実行している間に、ゴールドが考案して主導した人類の滅亡が前提の四番目の計画、すなわち『PROJECT ALTERNATIVE FORTH(オルタネイティブ第四計画)』だ。

 第三次世界大戦を生き延びた人間たちが千年後の滅亡に至るまで、何故技術の進歩速度が格段に落ちたのか。地下への避難による諸々ももちろん挙げられるが、やはり一番の問題としてはロストテクノロジーが大きく関わっている。大艦巨砲主義時代の大日本帝国が造り上げた史上最大にして最強の超弩級戦艦、大和や武蔵の砲筒が二度と再現不能のように、第三次世界大戦の混乱で多くの知識と技術が失われた。後に“叡智の損失”と呼ばれるこの問題は、放射線から逃れるために地下へと穴を掘って生き延びた人類たちに大きな試練を与えることになったのだ。具体的に数字を上げれば、地下へと逃げ延びた全世界約二〇億の人類は、最悪期には五〇万人にまで減った。一体当時にどんな地獄があったかは、想像するか、実際に調べるかで知識やイメージを補って欲しい。

 このことから、人類は知識や技術の大切さを改めて実感することになった。そしてありとあらゆる情報を耐久性の高い記憶装置に詰め込めるだけ詰め込んで、後生の、人類に限らない子孫たちが将来再びあのような地獄を見ることがないようにと、知識や技術の継承には余念がなかった。

 手の平に埋め込まれたICチップもまたその一例である。あれは個人管理システムの他に、その人の言動を常に記録し、記憶し、それを一人称視点の文章に纏めて保存するという能力も備えていたのだ。そうすることで単なる情報だけでなく、当時を生きていた人間たちの、その心の有り様までをも時代から切り取り、後生へ遺そうとしていたのだ。

 そしてその機能は高高度核爆発により発生した電磁パルスの魔の手から、奇跡的に生き延びることに成功していた。電磁パルスは電子の回路を破壊する。だが、ICチップはその回路が人間の神経から出来ていたのだ。電磁パルスは人体には何の影響もない、つまりは人間と同様にしてICチップもアヌンナキの超長距離砲によって蒸発するまでは死を免れたのだ。

 そして地球暦五八億年、炭素系生命体の終焉から一二億年の後、とある生物が情報超多量記憶装置を覗き込んでいた。



 地球の炭素系生命体が滅びた後、ニビルに住むアヌンナキもまた三億年後に滅びを迎えた。何のことはない、人類の最盛期をも凌駕する科学力を持った彼らでさえも、移りゆく環境の変化、猛威に耐えられなかっただけのことである。こうして太陽系に生息していた炭素系生命体は全て死に絶えた。まさに盛者必衰をそのまま体現したかのような、哀しき無常観がそこにはあった。

 しかし、滅びるものがあればまた栄えるものもある。何故これまで地球生物のことを炭素系生命体とまとめて呼称し、炭素を強調してきたのか。理由は簡単で、つまりは地球で、これまでの歴史全てをひっくり返すような、そんな生物が誕生したからである。

 珪素系生命体。自然界で酸素に次いで多く存在する珪素を基調とした、地球史において三〇億年もの栄華を誇った炭素系生命体を全否定するかのような存在である。彼らは地球暦五四億年中期に炭素系生命体と同じような偶然で生まれ、子孫を増やすことをこれまた偶然に覚えて、それから四億年もの時間を経て、ついには知能を獲得するまでになった。

 彼らはかつての人間と同じように、地球の支配者こそ我々であると信じて疑わなかった。一二億年前に人類が遺した情報超多量記憶装置を見つけるまでは。



「あ~っ!? 何だよ折角いいところまで行ってたのに」

 必死に人語を翻訳し、一二億年前を生きていたとある人物の言動文章を読み進めていた※●◎●●はパネルを放り投げた。体を激しく揺らす。人間でいう不快を表す行為だ。「何だ、そんなにホモ・サピエンスのセックスが気になるのか?」

 隣で暇そうにしていた→▲※◆☆が※●◎●●に話しかける。

「そりゃそうだよ。俺らは性別なんてないじゃん? でも炭素系生命体のほとんどには雄と雌がある。異性の他人と交わらなきゃ子どもが作れないなんて、あいつらはどうかしているよ」

 珪素系生命体は無性生殖で子孫を増やす。炭素系生命体の多くは多様な子孫を遺すために有性生殖の道を取った。しかし彼らは違う。彼らは、子孫の形質を自由に変換できる能力を持っている。これらは例えば種全体が危機に陥った時に、それに対応できる新しい形質を持った子孫を作れるという利点を持つ。

「しかもこいつ何だか雰囲気的に自分の娘と生殖しようとしていたぞ! 何だ、これは良いことなのか?」

「さあな、でもよく読め。『さようなら倫理』ってある。これは多分、ホモ・サピエンスの中でも明らかに背徳行為に当たるんじゃないのか?」

「なるほど……」

 ※●◎●●は自分の発声器官を開いたり閉じたりした。人間でいうため息になる。

「……よし、じゃあ帰るか。この辺りはよくホモ・サピエンスの情報超多量記憶装置が見つかるな、結構な収穫だった」

「はあ、ようやくか」

 二つの珪素系生命体は立ち上がってその場を後にした。

「それにしても面白いなホモ・サピエンスは。知れば知るほどより多くの興味が湧いてくる」

 ※●◎●●が投げ捨てたパネルを拾い、それを掲げて言った。

「そうか、俺には何が楽しいのかさっぱりだ。それを調べて何の役に立つんだ?」

「役に立つかどうかじゃないさ。ただ、純粋にある一つの事実がこの装置で補強されていく、それが楽しいんだ」

「……それで一体何が分かるというんだ?」

 →▲※◆☆が発声器官を開閉する。

「決まってるさ」

 ※●◎●●は分かりきったことのように答えた。

「ホモ・サピエンスってのは、馬鹿みたいに殺し合って、馬鹿みたいに臆病で、馬鹿みたいに愛に生きて、馬鹿みたいに馬鹿らしく生きて、死んでいった――最高に馬鹿みたいな人種だったってことがさ」

 ※●◎●●が掲げていたホモ・サピエンスの言動記録。

 その持ち主の名は――

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人間讃歌 桜人 @sakurairakusa

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