エピローグ【ラブコメは終わらない】
静まり返った夜の公園。ヒロインたちがいなくなったところで、誠二に近づく小さな足音があった。
『まったくひどいじゃないか。ボクを投げるなんて』
【淫乱ウサギ】と名乗るピンク色の不気味なぬいぐるみ。赤いボタンの瞳が月光りを反射してキラッと輝く。
「手元にあったからとっさについ」
『つい、じゃないよ。――で、どうするのその子たち』
誠二の前に横たわる五人の美少女を見て、ぬいぐるみが言う。内容とは裏腹に愉しそうな調子だ。
「とりあえず、家まで送ってあげるさ。夜道は危ないからな」
誠二は肩をすくめて冗談めかしながら、現実を直視してため息をついた。
ひとりはメガネをかけ、腕に副会長という文字の腕章をつけた銀髪ショートヘア。ひとりは艶やかな紫色のロングヘア。ひとりは一七〇センチ近い身長で運動が得意そうなポニーテール。ひとりは小学生に見間違えるくらいのロリっ子。とても中三には見えない。そして最後に、燃えるような赤髪が美しい、スレンダーな少女。
『全員を幸せにする――その決意の結果が〝
「しゃーねぇだろ。俺だってまさかこうなるとは知らなかったんだから」
『やれやれ。〝
「もとはといえばお前のせいだろうが」
誠二と【淫乱ウサギ】が口論していると、新たな声がふたりの間に割って入った。
「インちゃん! ここにいたの!」
バタバタと駆け寄ってきたセーラー服の少女は、
「わっ」
ドタッ! と地面に落ちていた石ころにつまずいて、ひとり勝手に転んだ。誠二を一切巻き込むことなく。少女はすぐに起き上がると恥ずかしそうにスカートについた汚れを払う。
「ごめんなさいっ! 私昔から鈍くさくて」
彼女はそう誠二に謝ると、【淫乱ウサギ】を抱きかかえた。
「お前、そいつのこと知ってるのか」
「は、はい! お気に入りのウサちゃんなんです」
「お前は誰だ?」
「わ、私は山田花子って言います!」
少女はおどおどとそう答えた。いまどき山田花子なんて名前は逆に珍しい。誠二は首を捻る。それにさっきからひとりで転んだり、この不気味ウサギのことを知ってる風だったりと謎が多い。
『なぜ、さっきラッキースケベが起こらなかったか気になるかい?』
愉快そうな声は誠二の頭の中に直接響いてくる。
『しかもずいぶんと地味な娘だなと思ったり?』
「いや、そんなことはねぇ」
「はい?」
誠二はつい口に出して返答してしまい、目の前の少女にいぶかしげな視線を送られる。【淫乱ウサギ】がひとりケラケラと笑った。
『答えは簡単――彼女はこの世界の
不気味なぬいぐるみはそこまで話すと、誠二の脳内に直接語りかけるのをやめた。
「じゃあ、帰ろうか花子」
普通にしゃべった。
「挨拶はもういいの? たくさん遊んでもらったんでしょう?」
しかも花子はとくに驚く様子もなく受け入れていた。【淫乱ウサギ】の方もそれに対し、そうだねとあっさりうなずいている。
「キミにはずいぶんと楽しませてもらったね。ありがとう」
「ああそうかよちくしょう!」
「迷惑だったかな」
「そうだな――でもちょっとした非日常くらい、守備範囲内だ」
「彼ら、いや彼女たちとはこれからどうするの」
「俺はラブコメの主人公だからな。誰だろうと、たとえどんな事情があろうと、美少女ならば仲良くなれるさ」
「……そっか。じゃあそろそろ帰らないと。またね」
「いや、もう二度と来るな」
「ひどいなぁ」
その言葉を最後に、【淫乱ウサギ】と山田花子は光の粒子となって消えていった。
☆
「悪い悪い、待たせたな」
朝食を食べ終わり、食器を流し台に片づけた誠二はブレザーの制服に着替えると、玄関を飛び出した。
「……平気」
幼なじみのユキが静かに首を横に振る。
「まったく、セイジのせいで遅刻するかもなんだぞ!」
そう言ってふたりの間に割って入り、誠二にヘッドロックをかけて楽しそうに笑う赤髪の少女。口調といいヘッドロックといい、まるで男友だちのような距離感だった。
「……」
ユキが無言のまま赤髪の少女に対抗するように誠二と腕を組んだ。
赤髪の彼女はさすがに腕を絡めることはしないが、ユキと反対側に陣取り、誠二にぴったりと肩を寄り添うようにして通学路を歩いた。
「止まりなさい。セイジくん」
両手に花の状態で校門をくぐろうとしたところで、凜々しい声に名前を呼ばれた。見ると、生徒会長のソヨギだった。腰まである長い黒髪の彼女は誠二の前で仁王立ちしている。両腕を組んでいるせいで、たたでさえ大きな胸が押し上げられ、その迫力を強調していた。
すぐそばには銀髪ショートヘアの副会長もいる。黒髪ロングのソヨギに劣らない美少女だった。
「ワイシャツは中に入れる決まりですよ」
副会長はそう言うと、誠二のスラックスに手をかけベルトをかちゃかちゃとゆるめ始める。
「ちょっ……! これくらい自分でやるから」
誠二は慌てて押しとどめようとするが、彼女はまったく意に介さない。
「セイジから離れて」
「こまけぇこと気にすんなよ」
左右で見ていたふたりが助け船を出してくれるが、逆効果だった。
「ああ、林原さんたちは問題ないですから、どうぞ先に行ってください」
「……」
副会長の口調は丁寧だが、目がまったく笑っていない。対するユキも無言で誠二の右腕に絡めた腕にぎゅっと力を入れ、より密着度が高くなる。
「おい、ユキ」
「イエーイ!」
なぜかハイテンションな赤髪の少女が誠二の背後から抱きつくようなかたちを取る。
ふたりとも先に行く気はないようだ。彼女たちの視線がぶつかって火花を散らしているように誠二は感じた。
ついでに周囲の他の女子たちの目を感じて胃がキリキリと痛む。しかしその視線は冷ややかな侮蔑というよりも、興味津々といった方が適切な熱視線だった。
「ネクタイも曲ってる」
取り残されていたソヨギが誠二の首元に手を伸ばすと、ネクタイの位置を調整し、ぎゅっと締めた。
「ぐえっ」
きつく首を絞め上げられ、カエルがつぶれたような声を出してしまう。
そんな誠二に、ソヨギはぐっと顔を近づける。ほぼ密着しているせいで彼女の大きな胸が当たり、ほのかに甘い香りが誠二の鼻腔をくすぐる。
「あとで生徒会室に来なさい。お仕置きだから」
ソヨギは誠二の耳元で、そうささやいた。
「――まさか、こう来るとはなぁ」
四方を美少女に囲まれた状態でさらに周りを見渡して、ため息をつく。
この場には、いやこの世界にはもはや彼以外の男はいない。
誠二は昨夜、『この世界の全員を幸せにする』と大見得を切った。
そして世界はまたしても書き換わる――『
だがマンガの主人公であるところの彼にできることなど限られている。
それはつまり。
全世界の
ネバーランド・ネバーエンド @shu-lock
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