第八話【主人公の宿命】
伊藤家の目の前にある小さな公園。普段なら夜になると人はまったくいなくなるのだが、今日は例外だった。五人の少女と同じ数の少年。彼女たちはもともと別の場所でそれぞれ戦いを繰り広げていたのだが劣勢になって逃げ出したところなぜかこの場所に集まっていた。
男のひとりに詰め寄られていた金髪ツインテールの少女が、怒り狂った顔で叫ぶ。
「しつこいわね! オマエなんか真っ黒焦げにしてやる!」
同時に彼女の美しい金色の前髪から雷撃が槍のかたちとなって――
「何度やっても無駄だよ」
――ほとばしることはなかった。
男は底意地の悪い笑みを浮かべて、彼女に近づいていく。
〝能力〟が使えない。それは『
『
『
『
『
五人とも彼らの前では能力が発動しなかった。ゆえに本来なら一瞬で蹴散らせるはずのただの男に対し逃げの一手に甘んじているのである。
リナを追い詰めていた少年が、彼女の腕を掴む。
「――触るな!」
少女が彼の手を強引に振り払う。そしてもう一度雷撃を放とうとするが、やはり成功しなかった。
少年は嘲笑を浮かべる。
「効かねえよ。……
その問いかけに少女たちの誰も答えることはできない。
一陣の風が彼らの間を通り抜けた。
副会長の腕章をつけた少年がメガネの真ん中をクイッと中指で押し上げたあと、目の前で息を切らしてへたり込む黒髪ロングの少女を見下ろして、冷淡に告げる。
「『
続いて、文芸部に所属する少年は膝をつく青髪ショートの文学少女に笑いかける。
「『
放課後の教室で彼女のことを待ちわびていた一年生の男が、亜麻色の髪を捕まえて言う。
「『
緑髪の少女のクラスメイトは、ずっと追いかけてきた彼女を羽交い締めにしてうなじに顔をうずめた。
「『
最後はその問いかけを発した少年が自ら答えた。
「そして、『
「ごちゃごちゃうるさいわね!」
金髪ツインテールの少女は哄笑を夜空に響かせる少年の股を蹴り上げた。
「ごふっ」
彼は股間を押さえてゴロゴロと地面を転がる。
〝能力〟が使えなくたってこれくらいできるわとリナは前髪を軽く掻き上げた。
「てめぇ、よくも――」
金的の痛みから立ち直った少年は青筋を立てて彼女に殴りかかろうとする。
バフッ!
少年の顔面に勢いよくピンク色のウサギのぬいぐるみが投げつけられた。視界が塞がると同時に何かに体当たりされたような衝撃を受け、彼は後方へ吹き飛ばされる。
「大丈夫かリナ!」
「セイジ! アンタこそ無事だったのね!」
「まぁなんとかな」
駆けつけた誠二は少女をかばうようにして、彼女の前に出た。
「お前ら何モンだ!?」
「そうだな――」
倒れていた少年がのそりと起き上がる。
夜空に風が吹き、雲に隠れていた満月が露になった。差し込んだ月明かりに照らされて彼の顔が浮かび上がった。
誠二は驚愕し目を見開く。
次の瞬間、副会長が、文芸部員が、一年生の男が、アオイのクラスメイトが謎の力で吸い寄せられ、目の前の少年の身体に取り込まれた。
「俺たちは『
彼は四人の少年を吸い込んだり、珍妙な名乗りをあげたりしたが、誠二が驚いたのはそこではない。
「なぜお前が!」
「いつまでも悪友ポジションは嫌なんだよ」
そう。その正体は誠二が唯一親しくする男友だちだったのだ。
誠二は彼のタックルを喰らい、ふたりで地面を転がる。マウントポジションを取ったかつての悪友が誠二の顔を殴りつけた。
「なぜお前ばかりモテる?」
これは副会長の声だった。
「なぜお前はラッキースケベしても許される?」
アヤのクラスメイトの一年男子。
ガッ! 左側の頬を殴られた。
「なぜお前は守ってもらえる?」
ユキと同じ文芸部員の男。バキッ! 今度は右側の頬。
「このシスコン野郎が!」
アオイの中学の同級生の男。
五人の意識が混在するその身体は背を思い切り反らせるように自身の頭を振り上げた。
「全部全部全部全部! その『
また悪友の声に戻っていた。
ゴギャアッ!
全身全霊の頭突きが誠二の顔面を真正面から捉えた。彼を必死に押し返そうとしていた誠二の両腕が力を失い、だらりと地面に投げ出される。
それを見た、主人公になれなかった少年もすっと気を抜いた。
「はぁ…はぁ…」
息を整えて腰を上げ、誠二の上から退こうとした瞬間。
「うわッ」
誠二は一瞬で両足を振り上げ、
ダンッッ!
跳ね起きる同時に目の前の相手の下アゴを蹴り上げた。
不意打ちを喰らい、脳を揺らされた少年は身体を支えることができずにふらふらと尻もちをつく。
「油断したな」
誠二は立ち上がった状態で、パンパンと制服についた汚れを払う。
悪友は座り込んだままで戦慄し、叫ぶ。
「クソずるいんだよお前は! 雷撃や炎を喰らって空高く吹き飛ばされても、あれだけボコボコに殴られても、なんで立ち上がれるんだ? おかしいだろ、普通の人間なら死んでるぞ。それこそお前の〝属性〟――『
「うるせぇ。それより答えろ。なぜ彼女たちを襲った?」
誠二は少年の喚きを遮り、彼を見下ろしながら拳をボキッボキッと鳴らす。
不意打ちの衝撃から少し回復した少年が、誠二の威嚇を受けよろよろと立ち上がって醜く顔を歪めた。彼の中の五人の声が混ざり合って不気味な音を生じさせる。
「お前が『選びたくない』とか言い出すからだよ。そうなりゃ俺たちだって待ってはいられない――」
仄暗い欲望をメラメラと燃やし、少年は最後の力を振り絞って全力で駆ける。
「だってお前が誰かを選ばなかったらいつまでも『残り』を喰えねぇんだからなぁ!!」
このゲス野郎が、と誠二は吐き捨てた。そして彼も、とある覚悟を胸にかつての悪友に向かって走り出す。
「決めたぜ。俺はやっぱり『誰かひとり』なんて選ばない。この世界の全員を幸せにしてみせる!」
ふたりはほぼ同時に右の拳を振り上げた。
そして。
「――だからまずはお前からだ!」
ドゴォッ!
彼らの右腕はクロスして互いの顔面を打ち合った。
一瞬の静寂のあと、ドサッと主人公になれなかった少年が崩れ落ちる。
「ハァ…ハァ…」
誠二も地面に膝をつき、荒れた呼吸を整える。
「やったわね! セイジ!」
「来るな!」
戦いを見届けて駆け寄って来ようとする少女たちを、誠二は珍しく強い言葉でもって押しとどめた。
「どうしたの? セイジくん」
「ソヨギさんもすみません。他のみんなも、今日は先に帰っててください」
誠二は頑として譲らない。
その真剣さに気圧されて、少女たちはしぶしぶと誠二をひとり残して帰路についた。
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