第22話『おまけ』視点:クラマ
――冥王星 53番エリア ホワイトカウハイド砂漠
「ほんとジュノって勝手だよね。本当なら借りた本人が返すべきなのに」
「仕方ないですよ。ボクの知ってる限り、ジュノさんという方はそういう方ですから。おそらくクラマさんが『代わりに返しに行ってくるよ』と言い出すまで何もしないおつもりだったのでは?」
「……かもしれない。ねえ、ドゥーガル。そんなのって許されると思う?」
「許されるも何も、こうしてクラマさんが直々に返そうとしてる時点でジュノさんの手のひらの上ですし、考えたところで答えはでませんよきっと」
運転席でクラマはハンドルを握りつつ、はあ、とタメ息をつく。
「まともなのは僕とドゥーガルだけって事だね」
白い革の上もとい白い砂の上を走るジープの車内には、ハンドボールサイズの球体が浮いていた。かつて錐羽ウズハが住んでいたマンションの大家、リスティロゼッタいわく「記憶を辿ることで特定のポイントを割り出すアイテムの中では、『水星のエレメント』がオススメ。これを生み出した人は少しばかり頭がおかしくなって今は病院の監視下に置かれてるけど、気にしないで」との事。
悲しい現実はともかく、こういったナビがあればひとりぼっちでも迷う事はないのだが、しかしただでさえ孤独感を覚えやすい広大な白い砂漠なのだ。よって、人から恐れられる顔面をさらけ出してでもドゥーガルを助手席に座らせたのは寂しさを紛らわすため。
……決して二人っきりの楽しい旅にしようとか思ったわけではない。
「もうそろそろ着きますね」
水晶玉を眺めてドゥーガルが言った。
するとクラマは、うふふ、と笑う。
「こうしてわざわざ返しにいくんだから、お礼されるんだろうなあ。もしかしたらお金なんかもらえちゃったりして。ドゥーガルは何欲しい?」
「え。正直に言っても?」
「勿論だよ。本当にもらえたら僕が買ってあげる」
「じゃあ……ひらひらのドレスを」
聞いて間もなく、クラマは首を傾げた。
「ドゥーガルって変わってるよね。まあそれが本当に欲しいなら買ってあげるよ」
やがて車は目的地に辿り着いた。
2本の棒を地面に立てて、隣人なんてものが無いことを良いことに広々と紐をのばし、そこに洗濯物を干している民家。周囲には他に家など見当たらない。
今どき洗濯物なんて一瞬で乾くのに物好きだな、と思いながら、クラマは仮面を着けてその家のチャイムを鳴らした。
すると奥から男がひとり現れた。
「何か用か?」
結構、強面である。
だけどクラマは怯まない。
「あ、こんにちは。実は、うふふ、ほらあそこ見て」
目線で後ろを示すと、男は目を丸くし固まった。
ゴーレムにぶつかって巨大な鈍器で殴られたように顔がひしゃげていた車だったが、今は新車同様のピカピカ。以前よりも良い仕上がりになっていると言っても過言ではない。
もしやするとこれは本当に謝礼金が出るかも、とクラマは笑いが止まらなくなっていた。
「おまえか……」
男は低い声で言う。
「そうだよ。僕がやったんだ。すごいでしょう? わざわざ返しにきてあげたんだから、ありがとうじゃあ済まされないよ?」
自慢げに胸を張って答えた直後、男は足早に家の中へ戻っていった。
「あ、あれ……?」
クラマは戸惑う。一体全体どうしたというのか。
ハッとする。
「そっか……、お金を持ってなくて取りに行ったんだ。そうに違いない!」
今にも足が勝手に踊り出しそうな気分で戻ってくるのを待つ。
程なくして再び玄関のとびらが開かれた。
次の瞬間、クラマは目が点になった。
「警察を呼んだ。大人しくしろ」
男はツヤ消し仕様の黒いショットガンを構える。引き金にしっかり指を置いて。
「……え。ちょぉ……っと待って……。どういう……」
「おまえが盗んだんだろ? さっき自白したよな?」
「……え。あ……あれはその、そういう意味じゃ……」
「なら説明してくれ。おまえが何で俺の車を?」
説明するべきだとクラマも瞬時に理解した。だけど出来ない。どう説明したら誤解が解けるのか、パニック状態の頭では整理がつかない。
「…………」
だから――逃げることにした。
「あ、おい! 待ちやがれ!!」
必死に走りながら発砲音を聞くなり、本能で銃弾を避ける。
「ヒイイイイイイ!」
「てめえ……!!」
二度目の発砲音が聞こえ、また華麗に銃弾を避けた。
結果としてS字を描くように男から逃げたクラマは、そのまま乗ってきたジープに再び乗り込んで急発進させる。
「やっぱりてめえが犯人じゃねえか!!」
後方からわずかに届いた男の声。
しばらくするとバックミラーから男の姿は消えた。
「……はあ。ああ怖かったぁあ。いきなりだもん! いきなり銃出すんだもん! ああ死ぬかと思ったぁああ! 良かったぁ車があって!」
-了-
魔導士ジュノ・ネペンテスの暴件 ゴーストライター @pinkyaro4153
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