犬神事変 二
昼を過ぎて午後の稽古の近づく頃、流石に置屋に戻らなければと重い腰を上げた澪は、外に出て数歩でぴたりと足を止めた。
視線の先には煙管を手に煙を吐き出す面布の男が立っている。男は澪の姿を見ると煙管から葉を出して火種を踏み消し、面布を元通り下ろしながら近づいてくる。
「……帰ったんじゃなかったの」
「帰ったに決まってるだろ」
「なら、何でここに?」
「間抜けな女がのこのこ出てくる気配がしたから、見に来てやったんだよ。珠にゃ叩き出されるし、散々だ。余計な手間をかけさせやがって」
「別に頼んでない」
条件反射で飛び出した言葉に対し、透夜もやれやれと言いたげな溜息を吐き出す。
「だから言っただろ、お前の過保護な姉に何とかしろとしつこく言いつけられてるんだ。お前からも何とか言え」
「嫌だ。面倒くさい」
即答して歩き出す。
今更、澪が一言二言口を出したところで、姉の過保護が治るわけがない。この男も姉を知っているなら承知しているはずだ。
そんな事より、師に何と言われるだろうか。どう言えば良いだろうか、と澪は頭を悩ませる。
透夜は舌打ちをした後、澪の後ろにすいとついて来る。それに気付いて、澪はまた足を止めた。
「……何でついてくるの」
「お前の怪異を調べるんだ。当たり前だろうが」
心底呆れた声音には「お前は馬鹿か」と言いたげなのが言外にも含まれていたが、澪はあえてそれを無視した。
いけ好かない男だが、言っている事は一応筋は通っている。いちいち言うのを諦めて、二度も止めた足で男の前を通り過ぎる。
何か言う前に後ろからからころと下駄の音が聞こえて来て、例えあの男だと分かっていても、やはり安心した。
大通りに出ると、人の賑わいにほっと安堵の息をつく。この人の多さなら、犬の気配も紛れて感じずに済む。
通い慣れた道を歩いて行く。急がなければと逸る足だったが、不意に後ろから「澪?」と呼びとめられて振り返った。
はっきりした顔立ちに癖のある髪、佳代だ。
「なあんだ澪じゃん!どうしてたのあれから。てか、そっちの神秘的な殿方どなた?やっぱ旦那?」
「やめて。違うから。絶対違うから」
「勝手に邪推しないでくれ、俺はこんな半端な見習いになんか絶対に貢がないからな」
はっきりと告げた透夜に、佳代の笑みも引き攣る。事実ではあるが、そこまで言わなくても良いだろうと澪は透夜を軽く睨んだ。
「旦那じゃないなら、尚更誰よ?」
「……ええと」
何と答えようか、澪は言葉に詰まった。まさか祓い屋の方士などとはとても言えまい。
しかし、今更無関係とも言えない。黙り込む澪に対し、透夜は素知らぬ風だ。だが余計な事を言われても困るので、しばらく悩んだ後、澪はようやく絞り出した。
「……姉の知り合い」
「へえ、お姉さんの!澪のお姉さんも随分不思議なお知り合いだよねえ。まあいいや、皆待ってるよ。整理はほとんど終わっちゃったけどさあ、稽古ぐらいおいでよ」
佳代の付き合いやすいところは、このざっくばらんな性格もある。細かい事を気にしないのだ。
ちらりと後ろの透夜を伺うと、彼は好きにしろと言わんばかりに澪を一瞥してから再び通りに顔を向けた。面布越しでも視線だけは感じるのが不思議かつ不気味だ。
佳代に連れられ、昼に出てしまったっきりの置屋へと足を運んだ。透夜はどうするのだろう、と思ったが、当たり前のように澪の後ろについて来ている。もう何か言う気力も無い。
どうやら置屋では「澪が怪しい面布の男に連れ去られた」と話が通っているようで、澪を見る度に大丈夫かと詰め寄ってくる者からぎょっとする者までさながら反応の見世物市だ。
鋼色の髪だけでも目立つのに、更には怪しさしかない面布までしているのだ。
澪個人としても、こんな得体の知れない怪しい無礼な男と行動するのは遺憾だ。注目を浴びる事も嫌いだ。だが、怪異は祓ってもらわなければ困る。
姉の知り合いだとしても、もう少しマシな人物は居なかったのだろうか。多少の金なら澪自身からも出すというのに。
衣装部屋に入りかけて、そこでようやく澪は足を止めた。同時に後ろの足音も止まる。振り返れば、面布で表情こそ分からないが、腕を組みそこに居るのが当たり前という空気を全身で出している透夜がいる。
「……あの。どこまでついて来るんですか」
「安心しろ、半玉程度の着替えで欲情するほど趣味は悪くない」
「いい加減にして。肌を見せるならここで代金をもらうけど、良い?」
語気を強めて低く告げれば、透夜は舌打ちして壁に背をもたれさせた。言外に早くしろと言われている。何故この男に管理されなければならないのか、と怒りを感じながら、澪は衣裳部屋の扉を強く閉める。
「澪。あのさあ、あんたの趣味にどうこう言うつもり無いけど、あの男は止めた方が良くない?」
肩を叩いて囁いて来た佳代に、澪ははっきりと眉を顰めた。
「違うから。佳代、本当に違う」
「だよね……いや、本気の旦那って言われたら、うん、ぶっちゃけ引く」
「まず自分で引くから。それより早く着替えよう、あの男は無視して」
苛立っているせいで声音が厳しくなったが、佳代は特に気にする様子もなく、片手をひらひらさせて答えた後に自分の衣装を手に取った。
あの男はおそらく部屋の向こうで待っているのだろう。気が重い、と澪は溜息を吐きながらも、稽古衣装に袖を通した。
――――――その時、だった。
ぐるり、と唸るような声と共に、袖に入れたばかりの腕に鋭い痛みが走った。まるで噛みつかれたような痛みに、思わず澪は呻き声を漏らす。
佳代が振り返り「どうしたの?」と尋ねてきた。まだ痛みはあったが、針にでも触ったか、それとも静電気でも起きたのか。なんでもない、と答えて更に着こもうと襟を合わせれば、今度は胸に喰らい付くような痛みが走る。
今度は耐え切れずにしゃがみ込み、小さく呻き続ける。痛みは身体のあちこちに爪を立てるかのように広がり、腹部などは内側から破裂しそうなほどに痛い。
「澪、どうかした、どうしたの澪!?」
動揺しきった佳代の声に答える余裕もない。頭蓋の中で、犬の吠える声が響き続ける。
ぎゃんぎゃんぎゃんぎゃん びゃんびゃんびゃん ばおう
頭が割れそうなほどに、内側から反響する犬の声。頭を押さえて振っても尚、澪の頭を内側から揺さぶる声だ。
痛みと鳴き声とで、意識が遠のきかける。と、そこへバタンと乱暴な音が響いて、入り込む足音が近づいてくる。
「ちょ、ちょっとあんた!いきなり……」
「お前はお呼びじゃない、引っ込んでろ」
近付く足音は澪の前で止まった。そのまま、澪の首筋に指が当てられる。少しひやりとした、固い指だった。
「神火清明、神水清明、神風清明」
低く微かな声で呟かれた言葉の意味を澪が理解するよりも早く、ふうっ、と突然、耐えがたい煙の匂いが顔に吹き付けられた。
思わず澪は咽る。もろに食らった為吸いこんだ煙に、かなり厳しく咳き込んだ。
すぐ横から、佳代の「何すんのよ!」と声を荒げるのが聴こえた。涙目で見上げれば、そこには涼しい様子の天永透夜と、その胸倉に手を伸ばして掴む佳代の姿がある。
佳代の方は顔を真っ赤にして肩をいからせているが、天永透夜の方は面布なので表情も分からない。面布が無かったとしても、何も悪びれていないのは態度からも一目瞭然だ。
「何してんのよ、あんた!澪の連れだから黙ってたけど、いい加減にしなさいよ!!」
「勝手に俺をこいつの連れにするな。大事な大事な友人を助けてやったのにその言い草か、躾もなってない娘だな」
「ちょっとねえ!!」
激昂する佳代など眼中に無いと言わんばかりに、透夜は容易く佳代の手を振りほどく。面布の顔がくるりと澪を向いて見下ろされ、呆然としている澪だったが、ふと先ほどまで頭に響いていた犬の声も、全身を襲う痛みも無い事に気付いた。
「……あ」
助けてもらったのだと思い当たるまで、数秒を要した。いかなる術か澪には見当もつかないが、冷静に考えればこの天永透夜は方士だ。
煙を吹きかけたのも、何かのまじないの一種なのか。少なくとも、あの状況でただの嫌がらせなどの無意味な事をしそうには思えなかった。
澪が何か言う前に、透夜は衣の裾を翻して衣裳部屋を出て行った。
結局、佳代の心配もあって澪は体調不良で稽古見送りとなった。
仕方なしにと荷物をまとめていると、不意に明りが遮られて影が落ちた。顔を上げると、白い面布の男が目に入った。影から見上げた透夜の髪はくろがね色で、光の加減によって色が変わるのか、とぼんやり思う。
「何か、用?」
男性にしてはあまり高い方ではない透夜だが、澪では流石に立ち上がっても見上げる形となる。のっぺりとした面布が澪を見下ろして、威圧感に思わず半歩下がった。
透夜は懐に手を入れると、何かを取り出して澪に差し出した。緩く曲がった、白い骨のようなものだ。骨にしては白く滑らかで鋭くとがっている。
「……これは何?」
「持ってろ。狐の牙だ」
「狐の牙?」
何でそんなものが、と問う前に、透夜は押しつけるように澪に差し出した。受け取ると、その白い牙は澪の手の中でつややかに光る。磨きがかけられているのだろうか、宝石のように美しい。
「……きれい」
「それを肌身離すな。死にたいなら別だけどな」
魔除け、だろうか。目を瞬いた澪だったが、動物の牙が魔除けというなら何となく分かる気がした。確かにそんな話を何処かで聞いたような気もする。
何よりも、この男は無意味な真似などきっとしないだろう。何かを渡すにも、それはきっと澪の身を守るものだ。
「ありがとう……ござい、ます」
「礼を言うには早すぎるだろうが。無事に生き延びて礼金を払う時に言ってくれ」
「無礼な人間にはなりたくないだけ。さっきも言い忘れていたから」
透夜の強い視線を感じた。見上げてみると、面布の下から透夜がじっと澪を見つめているのが分かったが、その言いたげな視線の意味を図りかねて首を傾げた。
例え透夜にとっては仕事だけであっても、澪は下手すれば命に関わる。
透夜はしばらく澪を見つめていたが、やがてくるりと踵を返すと「帰るぞ、早く来い」と横柄に言い放った。
分かっています、と少し強く言い返してから、澪はまとめた荷物を持ち上げた。
薄紫の空には既に宵の明星が見えて、明りを入れた提灯を持った人々が行き交っている。
澪が外に出た時、既に透夜は提灯に明りを灯し終えていた。ぼんやりとした橙の光はやはりほっとする。
しかし、当の明りを持った透夜は澪の歩幅や様子など全く気に留める様子もなく、すたすたと歩き始めていた。遠ざかりかける明りに、澪は慌てて透夜の後を追う。
「もう少し、ゆっくり歩いてもらえない?」
「何で俺がお前に合わせなきゃならないんだ。稚児でもあるまいし、明りぐらい無くても帰れるだろう」
彼の返しは半ば予想がついていたので、溜息一つで歩調を速めた。
屋台の客寄せの声が通りに響く。今夜のものを売りつくしてしまおうと、物売りも負けじと声を張り上げる。幼子が母親に手を引かれながらすれ違った。
「ねえ、訊いても良い?」
「下らない事じゃないだろうな」
「どうして面布をしているの」
尋ねると、はっきりと舌打ちが聞こえた。わざと聞こえるようにしたのは分かっている。
透夜が振り返る。白い面布の向こうから怒りや鬱陶しさといった感情が滲み出ていた。
「ほら見ろ、下らない」
これだから、人間は。
くぐもった声で呟かれた気がした言葉は、澪が目を見開いている間に雑踏の中に消えていった。
思わず足を止め、歩いて行く透夜を呆然と見送る。透夜が気付いて振り返った時、どういう意味かと問おうとしたが、その前に澪が声を掛けられた。
「澪さん?」
聞き覚えのある穏やかな男の声だ。ぱっと振り返ると、そこには柔和な笑みを浮かべたいかにも優男が片手を上げて近付いてきた。
上等な羽織にきちんと着込んだ袴、いかにも人の好い雰囲気を全身に纏う男に、澪の表情もつられてやわらぐ。
「お久しぶりです。お稽古の帰りですか?」
「あ、ええ……」
曖昧に答えるしか出来なかったが、安規はそうですか、と裏の無い笑顔を浮かべる。深く追及せず、気さくで話しやすいから、澪も気に入っている。
何より安規は何かと澪を贔屓してくれる。本来なら見習いの身である半玉には身に余る事なのだろうが、安規は澪のいる置屋の芸者を気に入ってくれているらしく、事あるごとに呼び出しては仕事をくれる上客である。
「安規さまは、どちらからのお帰りですか?」
「いや、そこの御茶屋さんでゆっくりしてたら、ついうっかりのんびりしすぎてしまいまして。僕の悪い癖ですねえ、あはは」
「御屋敷の方が心配されるのでは?」
「もう僕のほっつき歩く癖は、父も諦めてると思いますよ。うん、でも、あまり調子に乗るとお灸を据えられてしまうな……」
今度は苦笑いすると、安規は澪より少し離れた場所からこちらを見つめる透夜の姿に気付いた。
面布をした男は、まずそれだけでも目立つ。安規も目を瞬いた後、澪の方に向いて問いかける。
「あの……見た事の無い方ですが、澪さんのお知り合いで?」
「私というよりは、姉の……」
本当に、姉はどういうつもりでこの男を澪のもとに来させたのだろう。一度きちんと話をしたいと密かに決意を固める澪だったが、安規の方が「ああ、もうこんな時間だ」と言って踵を返す。
「では、失礼ですが僕はこれで。本当に父に怒られそうなので」
「ええ、お気をつけて」
「ありがとう、澪さんも帰り道お気をつけて」
笑って片手を上げてから、安規は小走りで澪と反対方向の道を駆けてゆく。それを見送る澪の後ろに、からからと一本下駄の足音を立てて透夜が近づいた。
「あの男は誰だ?」
「廣江安規さま。下級武士の家の方で、人が好いからこの辺りでは評判だけれど。知らないの」
「……下級なら大した伝手にはなりそうにも無いな。覚えるだけ無駄だ」
栄堵の評判の男も、透夜にかかれば一瞬でこき下ろされるらしい。もうこういう人なんだな、と諦めて澪は一度止めた足を再び進める。
「八方美人……いや、八方色男か?それじゃバカな女がほいほい引っ掛かるだろう。そういう話も多いんじゃないのか?」
「どうしてそういう話に持って行くの。親切で人付き合いの良い方なんだから、好かれてはいると思う。少なくともあなたよりはね」
「俺より、じゃ、たかが知れてるな」
逆襲のつもりだったが、透夜はあっさりと躱してそのまま澪の後ろをついて来る。いつまでついて来るのと言いかけたが、どうせ長屋まで来る気だろう。
それでもやはり、一人であの長屋で夜を過ごすよりはマシだと思えてしまう。帰り道だけでも、誰かが居るのは意識が違うものだ。
ちらと振り返れば、透夜はまだ安規が急いで行った道の方を見ていた。横を向いている隙に顔が見えやしないかと思ったが、流石に無理そうですぐに諦めた。
「安規さまの事が気になるの?」
「……誰があんなお坊ちゃまに興味なんか持つか。俺が気になるのはむしろ……」
透夜の視線が澪に移った。思わず身を固くするが、透夜はすぐに視線を逸らした。何のことかと澪は眉を寄せたが、透夜の身体が強張り、突然澪の手を掴む。
「何!」
「来い!」
有無を言わさず、透夜が駆け出す。それに引っ張られて、澪も走り出す。一本下駄だというのに透夜の足は驚くほどに速く、まるで風にでも引っ張られているかと思う程だ。すれ違う人の顔も見えず、行き交う人にぶつかる事無く透夜はすり抜けていく。
「振り返るな、走れ!」
透夜が声を張り上げるが、振り返る余裕など澪には無かった。第一、何が何だか分かりもしない。
大通りを駆け抜けた透夜は不意に路地を曲がると、そのまま走り続ける。そしてまた突然に路地を曲がるものだから、澪は完全に振り回されっぱなしだ。
息が上がる。足がもつれて転びそうになりながら、澪は必死に透夜の後を追う。透夜は何事かを呟いて、また角を曲がった。
何度角を曲がったか、ようやく透夜が足を緩める頃には、澪は息をするにも難儀するほどだった。膝をついて呼吸を整えようとするが、完全に上がった息はひぃひぃと情けない音を立てる。
一方、透夜は平然とした様子で息を乱してもいない。撒いたか、とぽつり呟いた声は辛うじて聞き取れたが、何が、と問う気力も無かった。
意外にも、透夜は澪の呼吸が整うまで待ってくれた。透夜は今しがた走って来た後ろをじっと睨んでいたようだったが、澪がようやく顔を上げると手を出してくれた。
掴まって立ち上がると、透夜はまだしばらく後ろが気になるらしかったが、くるりと踵を返した。何の事だか尋ねる気力も体力もごっそり減らされて、力なく歩いてついて行った。
長屋に着くまで、澪と透夜の間に会話は無かった。透夜は当たり前のように長屋に上がって来たが、半ば想像出来たことなので澪は何も言わずに二人分のお茶を淹れる。
透夜は何か考え込んでいるらしく、囲炉裏の前で胡坐をかいたまま微動だにしない。澪がお茶を淹れた湯呑を前に置いて、ようやく顔を上げた。勿論その表情は面布で全く分からないのだが。
「お前、本当に心当たりが無いんだな?」
「何度も行ってる。心当たりがあるなら、あなたなんかに頼ってない」
「そうか……」
湯呑に口をつけながらも、透夜はまだ何かを考えているらしい。不意に、のっぺりとした白い面布の顔が澪を真正面に捉えた。
面布越し、繊維の隙間から、じっと強い視線を注がれるのが分かる。骨の奥のはらわたまで見透かされそうな視線は、何度か経験してもやはり慣れない。
「……だから、何?」
「いや。自覚が無いなら訊いても仕方が無い」
空になった湯呑を置いて、透夜は立ち上がる。するりと衣擦れの音はしたものの、透夜自身から音がほとんどしないような動きはますます得体が知れない気にさせる。
「帰るの」
「どうせ心配をこじらせた珠あたりが帰って来るぞ。あいつにガミガミ言われる前にさっさと帰る」
「待って、せめて灯りくらい」
「必要無い」
言い切って、澪がそれ以上止める前に透夜はするりと長屋を出た。まるでそこに居た事が嘘のような静けさだけが戻り、澪は複雑な感情を持て余して溜息をついた。
「……匂いは覚えたな」
懐に手を当て、囁く。もぞり、と動く獣の気配に、薄く笑みを浮かべた。
「よし、行け」
言うなり、するりと中空に飛び出して行く。その姿はすぐに溶けて、人の目には見えなくなった。
豊葦原陰陽奇譚 時宮皐月 @satsuki_toki
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