本編
一体、どれくらい歩いたのだろうか。野犬に追われ、必死に逃げたのはいいものの帰り道がわからなくなってしまったのが多分、昼頃。今はもう日も暮れてあたりは真っ暗だ。ただの日課の散歩だったのに…と今更嘆いても迷ってしまったものは仕方がない。
日が暮れ始めた頃から降り出した雨はいつからか土砂降りになっていた。念のため、とカバーをかけていたリュックの中身もこの雨ではびしょ濡れだろう。森に入る前と比べてだいぶ重くなったように感じる。
もう限界も近い足を止めたその時。雨で見通しの悪い中、遠くにぼうっと白い小屋のようなものが浮かび上がっているのに気がついた。 明らかに怪しい雰囲気を纏っているが、背に腹は変えられない。俺はその小さな家に向けて歩き出した。
家が近づくにつれ、その異様な雰囲気はどんどん増していく。
他の景色と比べて浮いているように感じたのは家自体が淡く光っていたから。家の周りの地面からは蛍によく似た光が生まれ、空に消えていく。幻想的、という言葉がふと頭をよぎる。本当にこの世のものなのかと疑いたくなる光景だった。
「珍しいな、客人か」
突然聞こえた声に反射で後ずさりをしてしまう。どうやら気づかないうちにこの家の主らしき人物が出てきていたのだった。 固まったまま動かない俺を不思議に思ったのか、少女は小さく首をかしげている。
「もしかして…ここの住人か?」
「んむ、いかにも。まあ正しくは我輩の主と愛娘のホム子と三人で暮らしているのだが」
「迷惑でなければ雨宿りをさせてもらえないか? この暗さと雨で帰り道がわからなくなってしまったんだ」
「ああ、ちょうど暇を持て余していたのだ。構わんよ」
見た目は少女でも、なかなかに年寄りめいた喋り方をしている。 娘がいるということは見た目ほど若くはないのだろうか。家の外観と同様、不思議な少女だと思った。 少女に促されるままにその家へと入る。迎え入れてくれた少女の主は俺とそう年齢は変わらなさそうな女性だった。
「あら大変、びしょ濡れじゃないですか!」
俺の姿にあっと驚いたかと思えば、すぐに部屋の奥まで走って行き真っ白なバスタオルを手渡してくれる。
深閑たる森の奥(仮) @yukinokoji825
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