追いかける
咲部眞歩
追いかける
「ねぇ、あの二人、どう思う?」
くわえ煙草の男は真っ直ぐに前を見たまま後ろにいる女に訊く。
「あそこの二人だよ。白いワンピースの女性と、なんだか趣味の悪いTシャツを着ている男がいるでしょう?」
晴れた休日の公園は家族連れや健康体操かなにかのクラブの集まりで賑わっている。男の主観をトレースして趣味の悪いTシャツと白いワンピースを女はどうにか見つけ出した。
「どう思うって……。仲が良さそうだと思うわよ。女の方は同じ学部だよね。男の方は知らないけれど」
「ああ、やっぱりそう見えるか! 見えるよなぁ!」
男は長いため息をつきながら頭を抱える。女は訳がわからなかった。
「あのさ、休日に突然付き合ってほしいって呼び出されて、こっちはそれってどういう意味? とか思ってわざわざ準備したっていうのに、ここに至るまであなたは一切口を利かず、やっと話したと思ったら今度は頭を抱える。一体なんなの?」
男は片手で、「まぁ待て」というように女を制する。それを見て男に負けないくらい長いため息をついた女は、ボンネットに置いてある男の煙草を一本抜き取って火をつけた。
「はぁ、でもはっきりして良かった。すっきりしたよ、ありがとう」
「いやだから、わけわかんないって」
男は面白そうに笑うと、近くの露店まで走って行き、ソフトクリームを二つ持って戻ってきた。片方を女に差し出すと、待ちきれなかったようにソフトクリームにかぶり付く。
「あの子、きみが言ったように同じ学部の子だよ」
片手に煙草を持ち、片手にソフトクリームを持つ男の姿はどこか滑稽だったが、自分も同じであることに気が付き、まぁいいかとそのまま男の次の言葉を待つ。
「でね、ぼくはあの子に一目惚れしてしまったんだ。自宅でも授業中でも彼女のことが頭から離れない。だからもっと彼女のことが知りたくて、尾行して自宅を突き止め、こうして休日も何をしているのか知るために調査を続行していたわけなんだ」
「いや、それってストーカーじゃない?」
「いいや、調査だ。断じてストーキングなどではない」
「微妙。で、あなたはその調査になんでわたしを同行させたわけ? そのあたりはっきり説明してもらいたいわ」
「それはあれだよ」、と男はコーンを近くのゴミ箱に投げ入れた。
「ぼくのことをいま一番良くわかっているのはきみだと思ったからさ。実はこういう結果は予想できていたんだ。なんていったって彼女はとびきりの美人だからね。だけどぼく一人だとその結果に打ちのめされてしまうかもしれない。そういうときに、ぼくはきみにいてもらいたいと思ったんだよ」
「いや、だったらさ……」
続きを言おうとして女はやめた。言ったところで男が理解できるとも思わない。女は男ほど直情的ではなく、じっくり時間をかけて最適な結果を出そうとする性格だった。最悪の結果が予想出来ているのに行動に移す男とは違う。
「まぁ、いいわ。すっきりして良かったわね。で、あなたのことを一番わかっているであろうわたしが提案するけれど、せっかくの晴れた休日なんだし、このまま海までドライブなんてどう? あなたが聴きたいって言ってた音楽も、持ってきているのよ」
男はにっこり笑った。
「いいね、まさにそんな風に思っていたんだよ! やっぱりきみと一緒で良かった!」
「……光栄です」
女は気付いてもらえないもどかしさと、それでも抑えきれない嬉しさを隠すように少しだけ呆れたように笑った。
追いかける 咲部眞歩 @sakibemaayu
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