第26話

「え、ゆきちゃん留学するの?」

久しぶりのバイト、あゆに留学を告げる。

「うん。進学はヨーロッパのほうにしようと思って。」

「ちょっ、お兄ちゃん聞いた?ゆきちゃん留学するってよ。」

あゆは裏に向かって声をかける。呼ばれた拓真さんは

「そりゃ、すげー。凛雪頭いいらしいもんな。」

と、あまり驚いた様子は見せない。

「リツは知ってるの?」

そう手を止めて投げてきたのはコタだ。

「…言ってない、言えない。もし凛月が聞いてきても答えないでね。」

凛月はここにはそう来ない。それでも。この人たちから漏れるのは嫌だった。

「…わかった。」

どこか含むところはある、と言った顔はしながらもうなずいてくれる。

「お兄ちゃん、つぐちゃんいつ来るの?」

あゆが空気を読んだように話を変えてくれる。

「大学終わったら来る、って言ってたからもうすぐじゃないかな。」

「じゃあ早く準備しなよ!」

「え、今更つぐに会うのになんの準備が…。」

「お兄ちゃんつぐちゃんとあってもデートも何もしないじゃない!たまには彼氏らしいことしてあげなよ!」

「つぐ、そういうの望まないと思うけど…。」

「顔に惚れたって言ってる人よ!?ちゃんとした恰好したら喜ぶよ!コタもそう思うでしょう!?」

私のことをそっちのけで喧嘩という名のあゆの攻撃が始まった。

「ああ、つぐさん表情には出さないだろうけれど、喜ぶだろうね。普段店の手伝いばっかさせてるんだからたまにはサービスしてきなよ。」

「そうかねえ…。」

拓真さんはどこか解せない、という表情ながらも照れたように笑う。

それほどよく知っているわけではないけれど、すべてをさらけ出して受け入れあっている拓真さんとつぐなさんは私にとって理想で憧れだ。

私と凛月の失われた未来。

どれだけ憧れたって、足掻いたって手に入らない未来。

私と凛月はもう明るい日の当たる道を二人で並んで、手をつないで歩くことも許されない。

だけれども、憎むことなんてできないから。他の誰かに笑うのを見たくないから。

私はあなたへの想いを抱いたまま、遠くに行くよ。

「ゆきちゃん、大丈夫?」

「あ、ごめん。」

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罪は愛色に。 水無瀬 @Mile_1915

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