14

 陽一と別れてから数ヶ月経った。

 あたしは相変わらず仕事で愛想笑いをしていた。

 別れ話をしたとき、陽一は「なんで?」を繰り返していた。あたしは本当の理由なんて言えず、「なんとなく」と繰り返した。

「わかったよ・・・・。今までありがとう」

 悲しそうに陽一は最後にそう言って、電話を切った。

 あたしの喪失感はすごかった。

 でもこれでいいのだ。あたしは勝手にそう思った。


 いけててある花の主役は、その花だ。

 花瓶はいくら綺麗な花瓶でも、主役の花にはかなわない。花が無かったら花瓶はただの口をあけたからっぽの入れ物なだけだ。

 あたしは花のいけていない花瓶だった。ただの、美しい入れ物だった。


 その入れ物に、連絡先を渡してくる男の人は相変わらず絶えなかった。

 しかし昔のように手当たり次第連絡することはもうしなかった。どのメモも、名刺も、破って捨てた。

 あたしの外見だけに興味のある男の人とはもう、どうこうなるつもりは無かった。

 この先お付き合いする男性は、知り合って、友達の期間を経てからお付き合いしようと思っていた。あたしのことを知ってもらう為に。

 その為にはあたしは成長しなければならない。

 中身の伴った、しっかりとした女性にならなければならないのだ。

 そうでなくてはあたしの人間としての価値はまるでない。

 なんでそのことに今まで気づかなかったのだろう。

 今までのあたしは外見ばかりを気にしていた。中身になど目もくれなかった。

 だからこんな面白みの無い人間になってしまった。

 そのことにやっと気づいた。


 気づけただけでもひとつの成長だ。


 あたしはそう思うようにしていた。小さなことからひとつひとつやっていかないと、またあたしは張子のようになってしまうであろうから。

 あたしは今までしてこなかった、人の話をよく聞くということから始めた。

 この人は、こういう考えなのね、とか、思いを巡らせるようにした。兎に角いろいろと考えるようになった。すぐ結論に結びつけるのではなく、その過程に時間を以前よりとるようになった。

 当たり前のことなのだろうが、あたしには欠如していた部分だった。

 こうしてあたしは徐々にではあるが、成長していけているような気がしていた。


 ある休みの日、電話が鳴ったので見てみると、陽一からであった。

 ものすごく久しぶりだ。

 なんだろうと思って出てみた。

「もしもし」

「あっ・・・みゆきちゃん?」

 懐かしい陽一の声だった。

「元気にしてた?」

 陽一は明るくそう言った。

「元気だよ。陽一は?」

 穏やかにあたしは訊ねた。

「僕はね、元気だよ」

 声からするに、本当に陽一は元気そうに思えた。

「急にどうしたの?」

「いや、べつにどうってわけじゃないんだけど、どうしてるかな、と思って・・・」

 そう言うと陽一は自分の近況を話したりだとか、あたしの近況を聞いたりだのした。

 そして陽一は、少し黙った後、今度は静かに話し始めた。

「僕ね、考えたんだ。どうして急にみゆきちゃんに振られたのかって」

 あたしは慌てた。

 完全にこちらの都合であったからだ。陽一は何も悪くは無かった。

「それはね・・・」

 もう正直に話そう。

 整形のことも、中身がない自分に腹が立って、それですべてをリセットしようとして別れを切り出したことも、もう全部正直に洗いざらい話そう。

 だが陽一はそれを遮った。

「いや、言わなくていいよ。判ってる」

「え?」

 あたしは訝しげに声を発した。判っているわけないのに。そう思って。

 陽一は話しはじめた。

「みゆきちゃんは美しいから、自分と僕とじゃつりあわないと思ったんでしょ?僕不細工だもんね」

 違うのよ陽一。つりあわなかったのはあたしの中身の方なの。

 美しいのも作り物だからなの。天然の美しさじゃないのよ。整形なんてしてしまったからなのよ。

「ちが・・・」

「でもね」

 またも陽一は遮った。

 そして驚くべき言葉をあたしは聞いた。

「僕、整形したんだ」

「えっ?」

 あたしは愕然とした。

「だからみゆきちゃんとも少しはつりあう男になれたと思うんだ」

 あたしは何もいえなかった。

 まさかあたし自身が整形で、それで美しいだなんて、もう言えなかった。

「でもまだ途中段階なんだ。これからもっと回数重ねて、出来るだけイケメンになるよ。そしてみゆきちゃんとつりあうようになったら、また付き合ってくれる?」

 まるで陽一はかつてのあたしのようだった。

 醜さに嫌気が差し、外見を変える。外見を変えればなんとなかると思っている。

 そんなことは問題ではないのに。

 そう、問題ではないのだ、外見など。

 あたしは整形をしたことを初めて後悔した。そんなことしなくても、あたしはいくらでも変われた。そして陽一にこんなことをさせることもなかった。

 そしてもう、あたしも整形なのだとは、永遠に言い出せないと感じた。

「陽一・・・悪いけどあたし・・・」

 もう付き合えない、あたしがそう言いかけると、陽一は急にキレた。

「なんで?!整形までしたのに。整形がそんなに悪い?結局外見なんだよ、人間は。外見が駄目だったら全部駄目なんだ。こんなこと・・・」


 あたしは気の遠くなるような思いで電話を耳から離した。


 ああ・・・。

 陽一を、陽一をも、花瓶にしてしまった。


 あたしは陽一の中身が好きになったのに。

 しかし陽一はあたしの外見に惚れたのだった。そしてその作り物の外見が陽一のその素晴らしい中身を変えてしまったのだった。

 あたしがまず中身を変えようと思っていれば、整形などしていなければ、こんな思いはしなくて済んだ。

 陽一を、花瓶になんてしなくて済んだ。


 人は外見なんかじゃない。

 中身なんだ。


 その事実をあたし自身が捻じ曲げてしまったから、あたしに深く関わった陽一までもを変えてしまった。

 電話からはまだ陽一が何かを言っているのが聞こえた。


 とんでもないことをしてしまった。

 あたしは膝から崩れ落ちた。

 あたしが好きだった陽一はもう居ない。

 あたしが消してしまったのだ。



 あたしは顔に手をやった。指に高く形のよい鼻が触れた。

 こんなの意味ない・・・。

 もう戻せない・・・。

 あたしは、ただの花瓶なんかじゃなかった。

 あたしにどんな花を生けても、全部同じだ。


 あたしは美しい花瓶なんかじゃなかった。


 あたしは、紛れも無く、毒の花を生けた、


 ・・・罪深く、忌まわしい花瓶だったのであった。

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美しい花瓶 キヅキノ希月 @kzkNkzk

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