13
「顔かな。笑顔がとても可愛かった」
あたしは判っていた事だったがそれを聞いて軽く絶望した。
あたしの中身の無さを突きつけられたような気がした。
言ってしまおうかと思った。この顔は作り物なのだって。
あの笑顔は愛想笑いなのだって。
あんたそんなのに惚れたの?馬鹿みたい、そう言ってやりたかった。
あたしは恐ろしく不機嫌になった。自分の中身の無さと、うわべだけのあたしを好きになっている陽一に対してへの怒りだった。
「みゆきちゃん・・・?」
様子がおかしいあたしに陽一は気を使った。
陽一からしてみれば、美しいあたしの外見を褒めただけであって、何も悪いことは言っていないつもりなのだ。実際悪いことは言っていない。陽一の正直な気持ちを言っただけだった。
あたしが悪いのだ。すべては中身が無いあたしが悪いのだ。
そのことがいっそうあたしを腹立たせた。
このときから、旅行が終わるまであたしの機嫌は直らなかった。
チーズガーデン五峰館に行って、買いたかったチーズケーキを買ったりしたけれど、あたしは終始不機嫌なままだった。
2泊の旅行のうち、ホテルでも殆ど陽一とは口を利かず、利いても一言二言で、そんな自分の懐の狭さにまた腹が立った。
不機嫌なまま帰りのバスを過ごし、バスを降りると陽一とはそこで別れ、一人自宅へ戻った。
自宅へ戻り、空腹を覚えたあたしは、買ってきたチーズケーキを食べることにした。
ホールのチーズケーキを包丁で8等分にし、そのうちのひとつを皿に盛った。
テーブルに着き、チーズケーキを食べてみると、それは本当に、今まで食べたどのチーズケーキよりも美味しかった。
「おいしい・・・」
あたしは思わず呟いた。
そしてなんだか涙が出てきた。
あたしはフォークを皿において、ひとりむせび泣いた。泣けて泣けて仕方が無かった。
顔だけ変わったって駄目なのよ。
見てくれは立派だろうけれど、食べたら何の味もしないのだ、あたしは。このチーズケーキとは大違いだ。
チーズケーキの外観は質素なもので、本当にただのチーズケーキだった。
なのに食べるとこんなに美味しい。
陽一のようだと思った。
人はこのチーズケーキの味を好み、購入するのだろう。外観ではない。
あたしもまた、陽一の中身に惚れたのだ。
涙は止まらなかった。
・・・このままでは駄目だ。
しかしどうすれば中身が備わるのかなんて、あたしには皆目見当もつかなかった。
あたしの中身の無さは、顔を綺麗にしたことで、際立ってしまっているのだ。
杉崎さんに振られたのだって、きっとこれが原因だ。
あたしの中身の無さに、杉崎さんのあたしへの興味は失せて、そして振られたのだ。食べても食べても味がしない綺麗なケーキを捨てただけだ。
陽一もそのうちそうするだろう。
あたしは取り敢えず泣き止み、美味しいチーズケーキを平らげると、皿を洗った。
皿を洗うその手は相変わらず美しかった。
この手の所為で、昔のあたしは顔の醜さが際立っていた。
なんなの。
あたしにとって美しさとはなんなの。
あたしの美しいところがすべてあたしの駄目なところを露呈している。
パーフェクトな人間なんて居やしない。
そんなの判ってる。
でもあたしの欠陥はひどい。中身が無いのだ。どうやって補填すればいいかも判らない。
対策が取れない。
あたしの今までなみなみとあった自信は、途端にゼロになった。
地に脚などついていなかった。あたしはふわふわと浮いて、今にもバランスを崩しそうになりながら生きていたのだった。
そのバランスが、崩れたんだ。
絶望しかなかった。
リセットしよう。
時間は遅かったが、あたしは電話を手に取った。
陽一に電話をするためだ。
陽一と、別れる。
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