12

 まず最初に行ったのが、アルパカ牧場だった。

 バスから降りると、外国人のお兄さんが出迎えてくれた。ペルーの人だという。

「アルパカはペルーの、標高が高い山で生活しています」

 そう説明してくれた。

 那須は少し寒かった。那須高原というくらいだから、標高が高めなのだろう。

「大丈夫?寒くない?」

 陽一はあたしを気遣った。

 幸い陽は照っていたので、そんなに寒くはなかった。

「大丈夫」

 あたしはそういいつつも、パーカーの袖に手をしまった。

「みなさんラッキーです。アルパカはもうじき毛を剃ってしまいます。もこもこのアルパカも夏は暑いので毛を剃ってしまうのです」

 ペルー人のお兄さんは流ちょうな日本語でそう言った。

「よかったね、みゆきちゃん。セーフだったね」

 陽一は嬉しそうにそう言った。

「アルパカは臆病な動物です。怖いと思うとベッと唾を吐くので注意してくださいね。その唾はとてもくさいです」

 そう注意されて、あたしたち一団は畜舎のような建物に入って行った。

 そこに連れてこられたアルパカはとても綺麗だった。

「この子はCMにも出た子。クラレちゃん。わかります?」

 ペルー人のお兄さんはそう言った。

 一団から「ああー」という声が漏れた。

「この子は特別。シャンプーしてもらってるので綺麗です」

 そのアルパカはとてもさわり心地がよさそうな毛並みをしていた。「かわいいー」一団のひとりがそう言った。

「あとで一緒に写真が撮れますよ」

 クラレちゃんを演じた子は口をもぐもぐしていて、確かにかわいかった。

「写真一緒に撮ってもらおうね」

 はしゃいでいる陽一がそう言った。

 軽くアルパカについての説明が再びあった後、一団はアルパカと写真を撮るために並んだ。あたしたちもその列に加わった。

 先頭の人がアルパカに触って「気持ちいいーー!」「ふわふわ!」というのが聞こえた。その声は次の人も、その次の人も同じようにあげた。

 あたしたちの番になり、あたしと陽一はまずアルパカに触れた。確かにふわっふわのもっこもこで、色は真っ白で綺麗だった。

「わぁ、すごいね、気持ちいいね、みゆきちゃん!」

 前の人と同じように陽一もまた声をあげた。

「うん、気持ちいい・・・」

 あたしもそれに答えた。

 あたしと陽一は、ペルー人のお兄さんにスマホを渡し、それぞれ写真を撮ってもらった。あたしはいつも仕事でそうしているように、整った笑顔を作った。

 撮ってもらった写真の画像を見て、陽一は「みゆきちゃんは綺麗だなぁ・・・」と言った。

 写真を見てそう言ってもらうのは初めてだった。あたしも写真を見てみた。確かにあたしは美人だった。が、どこか違和感があった。しょうがない。作り物なのだから。あたしはその違和感に陽一が気づかないかひやひやしたが、幸い大丈夫そうだった。陽一はしきりに、かわいいなぁ、きれいだなぁと写真のあたしを褒め続けた。


 写真を撮った後は自由行動だった。各々牧場の中を回るのだ。お天気が良くてよかった。あたしたちはゆっくりと牧場を回った。

 牧場内にはほかにもたくさんアルパカが飼育されていて、でもそのアルパカたちは外で飼育されているので、毛が汚れていた。

 あたしたちが柵に近づくと、餌をもらえるのだと思っているのだろう、アルパカたちも寄ってきた。

 アルパカの目は不思議な構造だった。人間と黒目の角度が違うのだ。人間が縦に黒目がついているのに対して、アルパカは横だった。それはとても綺麗だった。

「みんな不思議な目をしてるね」

 あたしはそう言った。すると陽一は

「黒目が地面と平行になるように出来ているらしいよ。だからアルパカが下を向いたとき、黒目は地面と平行になるから目に対して縦になるよ」

 と説明してくれた。「へえ」とあたしは感心した。「ヤギも同じみたいだよ」加えて陽一は言った。

 アルパカやヤギの目は回転するってことか。そう思ったらますます不思議に見えた。本当に綺麗で、神秘的な目だった。まるで宇宙の縮図を見ているようだった。

「宇宙みたいだねぇ」

 思わずあたしは言った。

「この目の中に、太陽系も他の銀河系も全部あるって考えてみると不思議な気持ちにならない?」

 あたしはアルパカの目を見つめながらそう言った。

「え?宇宙?」

 陽一はまるで、その発想はなかった、とでも言いたげだった。あたしは急に恥ずかしくなった。

「なんでもない」

 あたしはそう言うと、アルパカから離れて歩き始めた。

「あっ、待ってみゆきちゃん」

 陽一は慌ててついてきた。あたしは無言で歩いた。

 思えばあたしの考えてることなど口にしたことは、今まで無かったかもしれない。それが初めて「どう感じているか」っていう部分を表に出してしまって、あたしは恥ずかしい思いになった。こういう妄想めいたことは口に出すのは恥ずかしい。

「みゆきちゃんのそういう言葉、あんまり聞かないから嬉しいよ」

 陽一は追いかけてきながらそう言った。

「みゆきちゃんもそんな風に思ったりするんだね」

「なによ」

 あたしはつっけんどんにそう言った。とても恥ずかしかった。

 あたしの中身なんて出さなくていいのだ。顔は綺麗に変わったけれど、中身は変わっちゃいない。表になど出さない方がいいのだ。

 そもそもあたしに中身なんてあるのだろうか?大してないのだ。すっかすかなのだ。

 あたしは顔だけの、張子のようなものなのだ。

「ねえ陽一」

 あたしは振り返って陽一を見た。

「なに?」

「あなた、あたしのどこが好きになったの」

「え?」

 急な質問に陽一は戸惑っているようだった。そして暫く考えた後、こう言った。

「一目ぼれだったから、最初は顔かな。笑顔がとても可愛かった」


 ・・・・ほらね。

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