異世界ファンタジーYouTubar

ケンコーホーシ

第1話

 ネロの村にネット回線がつながったのは秋の収穫祭が終わり、イナゴモンスターも姿を見せなくなった冬の初旬であった。


「これが噂に聞くパソコンかぁ」

「お兄ちゃんなにこのおっきい箱」


 村長の家に生まれたネロは幸運なことにその財力を活かし、真っ先に村のインフラの恩恵を受けた。

 巨大なテスクトップ型PC。

 妹のアルは初めて見る巨大な魔法道具に口をあんぐり開けていた。


「これは今都会の人間なら誰でも持ってるパソコンってやつだよ。この道具で世界中の人とつながって情報を発信することができるらしい」

「エルフのテレパシーみたいなもの?」


 ちょっと違うがネロは説明するのも面倒なので、まぁそうだ、と答えた。

 ネロは適当な男の子だった。


「試しに起動してみよう。お、BOOTしてOSを認識してくれてる。回線の設定はこのアプリを起動すれば自動的にやってくれて、よしよし接続できた、あとは実際に疎通コマンドを実行して」

「ねーお兄ちゃん触らせてよぉ」

「なんだ。どうせすぐ壊すだろ」

「壊さないよぉ」


 ネロは嫌がったが、彼女が怒って電気魔法をぶつけてくる可能性も否めないので貸すことにした。

 精密機械に電気は致命的なのだ。


「ふ、ふふーん、ふーん、ね~お兄ちゃんどうやって使うの?」

「そうだな。とりあえずその適当なブラウザを立ち上げてみて、インターネットサーフィンでも楽しんだらいいんじゃないか」

「サーフィン? 私海にはいかないよ」


 初心者特有の返答にネロはしかたない、と思いながらも、アルに簡単なパソコンの使い方を教授した。

 彼女はみるみるうちにインターネットの世界にはまり、やがて一日中部屋にこもってパソコンを占拠するようになった。


「なーもうやめないか」

「んー」

「夜も遅いし、お母さんも心配してるぞ」

「んー」


 コピペしたような返答しかこない妹に心配なネロであったが、収穫祭も終わり正直村の仕事はなくなっていた。

 もともとパソコンを購入した目的は、村おこしのためであった。

 大した名産品もなく冒険者も勇者も寄り付かないこの村を、どうにか発展させようと思い、そのための備品として購入したパソコンであったが、具体的な使い方も思いつかず大人たちは結局触ることはほとんどなかった。

 なのでまあ、置物とするよりは、このまま妹にいじらせておいた方がいいだろう。

 彼女のパソコンの勉強から何か村おこしのきっかけになるアイディアが生まれるかもしれない、というのが徐々に変わりつつあった皆の空気であった。


「勉強熱心だなぁアルは」

「んー」

「将来はパソコンの博士さんだなぁ」

「んんー」


 うめき声しかあげない実妹に不安を隠せないネロであったが、彼女は勉強中なんだ、パソコンを通じて自分探しをしている最中なんだと、まるでダメな息子を見守る母親のような気持ちでネロは辛抱強くアルが喋り始める日を待っていた。


 やがて――。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん見てみて!」

「あ、アルっ!? お前ようやく人間の言葉を取り戻して」

「そんなことどうでもいいから、ほら見てよ! 再生数5万!」


 と、アルが見せてきたのは、YouTubaという赤色が印象的なWebサイトであった。


「これがどうしたんだアル?」

「見てみてこの動画の欄! 私だよ私!」

「わたし? ――――ッ!?」


 彼女が見せて来た動画は次のようなものであった。


 -------------------------------------------------------

 【村娘R】スライムサンバを普通の村娘が踊ってみた 再生数:50209回


 ◆コメント欄

 かわいい。

 コーデも可愛いです癒やされます!

 1:34

 私もチャンネルやってます!よければコラボしませんか!

 リクエストです。村娘さんが柔軟体操やってる動画がみたいです!

 -------------------------------------------------------


「どう? スライムサンバだったら毎年村の祭りでやってるからね!」

「…………これは」


 動画上では見覚えのある妹が自室でスライム風の衣装を着ながら、激しい踊りを披露していた。

 返すべき言葉が見つからず困っているネロはせめてもの思いでコメント欄を見渡すと、純粋にアルを褒めてくれるコメントもあれば、荒らしに近いコメントもあった。

 やがて、ひとつのコメントに目が止まった。


 ◆コメント欄

 パンチラしてますよ


「ふふん、どうお兄ちゃん。カルディラの世界中で5万人がこの動画を見てくれてるんだからねっ、どう凄いでしょう? 今度サインを書いてあげてもいいわよ!」

「……おい、アル。お前パンチラしてるぞ」

「はえ?」


 二人して動画再生をして所々で止めながら確認をしていく。


「ほらこの1分34秒のとこ、後ろに回ったときに一瞬! めくれるような感じで!」

「ぎゃ」

「やべーぞ、5万再生もされてちゃ、5万人にお前のパンツ見られてるぞ」

「ぎゃ、ぎゃぁぁぁぁぁあぁぁ――……」


 妹は剣で斬られたゴブリンみたいな声をあげて、後ろに倒れていった。

 ネロはどうにかして動画を削除する方法を見つけて妹に伝えた。


「ほ、ほらアル。削除できるっぽいから、早くしとけ」

「う、うん……」

「まったくパソコンばっか使って何やってるかと思ったら。YouTubarの真似事もほどほどにしておけよ」

「う、うん、ごめんなさい。でも再生数欲しかったんだもん……」

「一人で動画を取るのはもう少し大人になってからにしな。……でもYouTubaで宣伝か。確かにこれは村おこしになるかもしれないな」


 ネロは父親である村長に伝えて、動画でこの村のことを宣伝するチャンネルを設けてはどうだと伝えた。

 村おこしを掲げて予算を立てたはいいものの、使い道に困っていた役所はこの提案を受け入れた。

 季節は冬で末締めに近いため、余ってる予算は使い切っておきたかったのだ。

 もちろんネロはそんな事情は知らなかったが、村の余った予算をお小遣い代わりにもらって村の宣伝動画を取りはじめた。


 カエル系モンスターに効くホロホロ剣の紹介や。

 この地域では珍しい体力と魔力を一気に回復される薬草が採取できることや。

 冒険に役立つアイディアを教えてくれる村のお爺ちゃんお婆ちゃんの紹介。


 ネロの宣伝動画は牧歌的と呼べるもので刺激に飢えたネット界では思うような成果を上げられなかったが、要点を抑えた紹介の仕方や、村の予算を惜しみなく使った高クオリティ動画は、地道に固定ファンを作り出し、再生数もそれなりに伸びるようになってきた。


「よしこの動画も500再生を超えたぞ、やったぁ」

「…………ふん、たかだか500再生くらいで喜んじゃってお兄ちゃんってば」

「コメントも3つ付いてるな。いやぁ、有り難いことだよ」

「私のときはスクロールしないと分からないくらい埋まってたもん」


 ネロが投稿した動画の傾向を見ている間、アルは不満げな表情でスライムのクッションをギュッと潰していた。

 現在の彼女はとある事情から動画投稿ができずにいた。


「文句ばっか言ってるがお前の動画って扇情的なものばっかで中身がないじゃん。いきなり魔法石1000個つかって詠唱しようとか言い出したときは驚いたよ」

「だって面白いと思ったんだもん」

「ファイアーバードを捕まえて焼き鳥を作ろうって企画も滅茶苦茶だったじゃんか」

「料理動画流行ってたんだもん」


 アルはパンチラ騒動のあとも動画の投稿を続けていたが、実は高い再生数を維持したくパンチラ動画を削除せずにいた。

 そうしたらYouTuba側から不適切なコンテンツを投稿したとして、アカウントが一定期間使用禁止にされたのだ。


「不適切って! 私の存在じたいが不適切っていうの、まったくもう!」

「いやパンチラはダメだろ。ほらアルも俺の動画の撮影を手伝えよ。明日は村の道具を購入するときに安くするコツを紹介する動画を作るからさ」

「むーーー」


 ジト目の妹はネロを睨み続けていた。

 我慢の限界か。いやどうせすぐまた別の興味に移るだろう。

 そう楽観的にネロは考えていたが、彼女の根はおもったよりも深かった。



 ◇



「お兄ちゃん、私冒険者になる」

「は?」


 アカウントロックも解除された数ヶ月後、妹は荷物を背負ってそんなことを言い出した。


「お父さんお母さんにはもう伝えてある。世界中をめぐる冒険者に私はなるって」

「そんな滅茶苦茶な……」

「二人のOKはもらったよ」

「マジかぁ」


 確かにうちの両親は冒険者の母親が、当時この村の村長の息子であった父と出会い結婚したという経緯がある。

 母はアルの年齢の頃には家を飛び出して世界を巡ったというから反対することはないだろう。

 しかしどうしてまた……。


「私YouTubaの再生数が欲しいの。最近冒険者の人たちの冒険動画が流行っていてね。そのために色んな街をめぐって動画を撮りたいの」

「そんなことのために」

「カメラとパソコンもらっていくね」


 もう頑として聞かない様子だった。

 妹はあちこち村の人たちに挨拶回りを行い、あれよあれよというままに、一番近くのメルペスの村を目指すために旅立っていった。


「じゃあね、お兄ちゃん。動画見てね」

「…………まさかお前がここまで動画投稿にハマっているとは思わなかったよ。どうしてそこまで好きなんだ」


 とネロが尋ねるとアルは困ったような笑顔を浮かべた。


「わかんない。好きなんだもん」


 地平線の向こうに消えるまで、ネロは彼女を見送り続けた。


 それからというもの、アルは一日一本という安定したペースで動画投稿を行っていた。

 商用利用できそうな高クオリティな品質は担保されていないが、カットを多用した見やすいつくりと隙のない怒涛のエフェクト演出ラッシュ、また妹自身の飾らない反応が好かれる要因となって、彼女の動画を見る人間は毎月毎月徐々にだが増えていった。


「おっ、今日は酒場での仲間勧誘動画か。こいつ酒場ばっか行ってるな」


 安定して投稿される動画を見ながらネロはアルの動向を確認していた。

 何だかんだ妹が心配なお兄ちゃんなのであった。

 と、そうして動画を見る日々が続いていたが、あるとき妹から手紙で連絡があった。


 ・お兄ちゃんへ

 私の冒険動画シリーズの収録が一旦終わったので、もうすぐ村に帰ります。

 たぶんこの手紙が届く頃には私の冒険動画シリーズの最終回が投稿されるでしょう。

 動画見てね。


「最終回ねぇ……」


 正直この手紙が書かれる場面様子自体が妹の投稿動画としてあがっていた。

 なので正直、アルは手紙がやってくる前に文面は知っていた。

 ただ、妹の動画『【村娘R】村に置き去りしにしたお兄ちゃんへの手紙』にはなかった一行が付け加えられていることにネロは気づいた。

 それは身内に向けての、最終回ネタバレのメッセージだった。


 ・お兄ちゃんへ

 最終回は、魔王討伐です。



 ◇



「うぉぉりゃぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁ、遠距離からボム、遠距離からボム、遠距離からボム!」

「いいぞ、アールちゃん、魔王の攻撃はガードナーの俺が全部防ぐ」

「ジャスティン……」

「来やがれ魔王お前に鉄壁のガードを教えてぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁ!」

「ジャスティィィィ――――――ッンッッッ!」


 激しい爆炎が暗い深淵とも呼べる空間で何度も輝いていた。

 うちの妹が遠距離から投げているボムの火炎であった。

 最終回ということもあり映像はド派手で、まるで本当の魔王討伐とは思えなかった。


「すげー格好いいな」

「でしょうー。さすが世界を救った勇者様って感じでしょ? お兄ちゃん」


 妹はにへらと笑いながらネロの腰に膝を当ててきた。

 魔王が討伐されて世界が平和になったニュースは、さすがに妹の動画投稿よりも早く全世界中に広まった。

 あらゆる王都の歓迎パーティや祝勝パレードに招待された妹は、贅沢三昧をこれ以上無いくらい満喫し、ようやく最近実家に帰ってきたのだった。

 そして今日ついに最終回である『【村娘R】本当に本当の最終決戦、クリスタルボム爆発!! Rがやらねば誰がやる(終)』の投稿が完了したのだった。


「世界救ってるくせに、茶番はいつも通りやるのは腹立つわー」

「へへん、スゴイでしょう」


 妹の頭をこづきながら、一緒に動画をみる。

 再生数は半日ですでに500万再生を超えており、このまま行けば数千万は余裕で超えること間違い無しであった。

 コメント欄も物凄い数で増えており全部を読み切るのは不可能に近かった。


「すげーな、『世界を救ってくれてありがとう!』『Rちゃん可愛い』『お前がナンバーワンだ』『ジャスティンwwwww』いろいろ来てるぞ」

「えへぇへぇ」


 嬉しそうにスライムのぬいぐるみをしめつける妹を無視して、ネロはコメントを読み続ける。

 すると、ひとつのコメントに目が止まった。


 ◆コメント欄

 パンチラしてますよ


「へへぇ、どうお兄ちゃん。カルディラの世界中で既に500万人がこの動画を見てくれてるんだからねっ、どう凄いでしょう? もうサインを書いて欲しいって言っても書いてあげないわよ!」

「……おい、アル。お前パンチラしてるぞ」

「はえ?」


 二人して動画再生をして所々で止めながら確認をしていく。


「ほらこの5分36秒の調子乗って魔王幹部の攻撃直撃したあとの、後ろにふっ飛ばされたときに一瞬! 真っ白なやつが!」

「ぎゃ」

「やべーぞ、500万再生もされてちゃ、500万人にお前のパンツ見られてるぞ」

「ぎゃ、ぎゃぁぁぁぁぁあぁぁ――……」


 妹は消滅する前の魔王みたいな声をあげて、後ろに倒れていったのだった。

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