19 バチモンたちの秘密

焦りまくった俺は説得にかかる。

「おいこら、おまえら、聖獣めざしてるんだよな?ほら、聖獣に聞かなくていいのか?これから何を目指していくべきか、とか、好きな食べ物とか……」

「あ、そのへん、マスター、聞いてきてくれると助かるっす」

おい、なにマスターをお遣いに出そうとしてんだよっ。異世界で、はじめてのおつかいとか、真っ平御免なんだよ!

「俺ら、この洞窟を離れるのはちょっと、まずいんすよ」

カッペイが胸にかけたお守りを眉間に皺を寄せた深刻な表情でしげしげと見ながらいう。お守りには帝釈天と書いてある。

 え?まさかのバチモンの決定的弱点がこの洞窟から離れられないこと?


「でも、俺一人じゃ……。ぜんぜん知らない世界だし……」

「マスター。旅なんかやめた方がいいっすよ。ずっとここにいたらいいっす」

「だめだ、絶対に帰らないと……」

「それなんすけど、俺ら、マスターをちゃんと召喚できたんすから、帰せるっすよ?信じてくださいっす。今は力が戻らないっすけど……」

「いや、だって……」

この賢そうな方が無理っておっしゃるんだもん……。


「ここで、一緒に楽しく唐揚げでしたっけ?あれ食って暮すんす。俺ら、毎日魚獲ってくるっすよ!」

「いいでしね!歩きキノコも唐揚げにするでし!きっとおいしいでし」

「マスタ、あのシカ乗って一緒に、近くの獣人村遊びに行く。鍛冶屋見に行く」

「ボク、まだマスタに蹴られたことないですう」

若干危ない方向のが混じっているが、バチモンたちが俺との楽しい生活計画で盛り上がっている。

「帰るのはそのあとでいいっすよ。俺らが召喚魔法で送り返しますから。マスター、どうしてそんな俺らのことが信じられないんす?」


そうだ!この俺がバチモンを信じなくてどうする!俺はマスターなのに!

「どうみても、不可能だな。魔法の基本がまるでわかっていない上に、それだけの魔力量を抱え込む器もない」

サイカ公が冷めた目で俺たちをみながら、ふんと鼻を鳴らした。


「おい、ヴィオ、おまえら、俺をもとの世界に戻せるんだよな?!」

「できるでし」

みろ!どうだ、この事もなげな、当たり前でし、みたいな言い方!心強い!マスターは非常に心強いぞ!

「異界など、高級魔族の私でも覗き見することすら、かなわぬのだぞ」

眉を寄せて、サイカがいった。それに対して、カッペイが胸をそらす。

「へえ?俺ら、しょっちゅう、みてるっすよ」

おい、カッペイ、頼もしいが、もうちょっと言い方に気をつけなさい。魔族っつっても大したことないんすねー、とか露骨に見下して、鼻ほじるんじゃない!

「そんな実力で、ボクらのマスターになりたいなんて、片腹痛いですう。へそが茶を沸かしますう」

ぼたん、黙れ!おまえ、今、マスターを危険に晒してるぞ。口は災いの元という言葉を知らんのか。いらんところで敵をつくるんじゃない。

美少女の口元がひくりとひきつって、変な皺をつくった。


「ほう、それはそれは……。……まあ、確かに、移送魔法の到着地点を目の当たりにできるほど明確に特定できれば、界渡りも不可能ではないやもしれぬな。異界の様子とやら、後学のために、私にも拝ませてもらおうか」

「ええ、どうするっすかねえ……」

こら、カッペイ、俺の真似するな。さっき殺されかけたばかりなのを見なかったのか。

「見せてくれれば、おまえたちのマスター帰還のための魔力の不足分、この私が補完してやろうではないか」

おまえら、頼む!!このとおり。

……きれいな土下座を決めると、わりとバチモンもいうことを聞いてくれることを俺は一つ、学んだ。


「こっちでし」

ヴィオはいつもの獣人少女型にもどり、俺たちを案内する。

ちなみに、家に入る前に、まず、仔虎少年は近くの藪に隠れて変身して、服を着なくちゃいけなかった。そう、変身しても服が残らないヒーロー然としたステキ設定は、うちのバチモンだけ。なにせいつも全裸だから。

獣人少年はふつうに服を着ているので、変身したら服が脱げる、獣人型になったら素っ裸だから、人目を忍んでこそこそ服を着なくちゃならないのだ。服一式を引きずって藪の中に入っていくのがとても手慣れた様子の仔虎だった。戻ってきたときにはさすがに、ちょっと顔を赤くしていた。


ヴィオたちが連れてきたのは洞窟の穴を延々と歩いたところだ。ヴィオが最初に力をもらったという洞窟の西の端らしい。

ふさふさ洞窟にサイカは呆気にとられたような顔をして、あたりを見回していた。ホランくんの眼もまん丸。何度も眼鏡を上げなおしてはきょろきょろしていた。

 到着地点は高い広がりのあるひときわ大きな空間で、ふさふさのない岩肌がむき出しになった場所だった。天井は開いていて、上の方に青空と木々の葉がのぞいており、隙間から自然光が射し込んでくる気持ちよく乾いたほの明るい空間だった。

 ヴィオはそこで原型にもどった。そして、洞窟の壁に向かい、手……というか、縁側をびろびろと振った。


 しばらく待つが、なにも変化は起きない。


 慌てたように、巨大鼻くそスライムのびろびろが激しくなる。

 焦ったような念話が頭の中に響く。

 ──出ないでし!

「なにが出ないんだ?」

 ──いつも、ここの壁にマスターの様子が映っていたんでし。あたしたちはそれをみて、いつもいつも勉強していたんでし。進化の参考にしてたんでし。

 慌てたようにほかのバチモンどもも壁に駆け寄り、スライム形状をとった。色とりどりの巨大スライムが同じように謎の動きで熱心に壁に向かってうごめく。

 カッペイの悲痛な声。

 ──出ない。ほんとだ。映らないす。俺の寅さんが……。さくらーっ!

 は?こいつ、いまなんつった?


 ──マスター!

 ヴィオが犬耳少女型に戻った。紫の大きな瞳に涙が浮かんでいる。俺の腕を両手でつかんできて、揺すぶった。

「どうしたらいいんでし?!」

「どうしたらって……、おまえら、みてたって、一体何を……?」

 聞くと、この洞窟内はとくに俺とつながりやすいのだが、そこの壁に映画のように俺のいる世界の光景が映写されていたのだという。

 最初は俺の様子をみるだけだったバチモンたちだが、部屋の古くて小さいテレビと中古パソコンにいたく興味を惹かれ、俺が番組や動画などを見ているのを一緒に見て楽しんでいたらしい。しかも、さらに進化してからはパソコンの電源を勝手にオンにしてネット三昧、てんでに好きなサイトや動画をみていたというのだ。


 「俺、邦画リスペクトだったんす。それで、体もそれに合わせて作ってたんす」

 カッペイが所在なげにお守りをいじり、大きな耳と尻尾をしょんぼり垂れさせていった。

 うん、なるほど。どうもせっかく異世界に来たのに、こいつらのせいか、ファンタジー感台無しって気がしてたんだよな。

「マスター!あたしは、夏アニメ五本観てたでし。選び抜いた五本なんでし。絶対外せないんでし。始まったばかりでし。セカンドシーズンに入ったばかりのもあるでし!どうしたらいいんでし?!」

 知らねえよ……。


 ぼたんは座り込んでしくしく泣き始めた。

「おまえは何をみてたんだ?」

 外見に騙されがちな俺はかわいそうなので頭をなでなで。

「スレ立てして三か月、掲示板、欠かさずチェックしてたんですう」

 その言葉にヴィオの眉がきりきりと上がる。

「あんなろくにレスつかない掲示板、ゴミでし!ついても悪口ばかりだったでし!」

 ぼたんが涙にくれた顔を上げる。

「そこがよかったんですう……」

 ぼたん、俺、ときどき、おまえが真性ホンモノすぎてツライ……。


 スライムたちは人型に戻って、ただただ呆然と座り込んでいた。俺は仕方なく、ジョウロを手にし、順々に皿に励ましの水をやった。


 しばらくして、はっとヴィオが顔を上げた。

「マスターがあそこにいないと観れないんでし。きっと」

 ほかのバチモンたちも顔を上げた。立ち上がって、一斉に俺に迫ってきた。

「帰るでし、マスター。今すぐ、元の世界に帰るでし!」

「そっす。今なら土曜に間に合う」

「さよならですう」

 にわかに沸き起る帰れコール。大合唱だ。てめえら、ちょっと待てや、コラ!


 カッペイの耳が急にぴこんと立った。

「あっ!今なら俺ら、マスターにしてほしいこと、リクエストできるっす。マスター、懐かしの邦画劇場、よろしくっす!土曜夜九時からっす」

「マスタ。俺、職人の世界、次世代に伝えたい匠のわざ、お願いします。あんまりマスタ、観ることないんで、録画を……」

 ゴロくん、趣味渋っ。そして、なに、このバチモンたちの現代日本についての情強ぶり……。

「あのう、マスター。スレにレスくださいですう。すぐ過疎っちゃうんで、アゲといてくれると助かりますう……」

「……スレって?」

「スライムだけどなんか質問ある?ですう」

 ……それ、俺のアカウント使ってないですよね?ないといってください、お願い……!

「ふむ、めでたく主従、意見が一致したようだな」

サイカ公が頷いた。

今のの、一体、どこが、めでたく、なんだよ?!さらっとまとめんの、やめろ!


 くそお、だが、もういい。大事なのは、帰るってことなんだ。

 そうなんだ。友情じゃない、仲間じゃないんだ。帰るってことだ。一人孤独にな……。

 ハードボイルド、かっこいい。俺は背中に影を背負う男になる!目から汗なんか出さないもん。

 俺はぐっと拳を握り、息を吸うと、さらりとクールにいった。

「それじゃ、俺は帰るから。みんな、元気でな。送ってもらえるか?」

 聞くと、ぴたりと帰れコールがやんだ。

「いや、無理っすね……」

「向こうが見れないと、どっちに向かって力を絞ればいいのか、わかんないでし」

 おまえら、さっきの俺の土下座、返せえっ!


 結局、バチモンたちは俺の旅に同行することに、同意した。

 なぜか?──答え。好きなテレビ番組が観たいから、ネットサーフィンしたいから。そう、旅への同行を渋ったのも、テレビとパソコンのため。それができないなら、付いて行くのを断る理由もない、というわけだ。

 くそ、この引きこもりのオタクモンスターどもめ!


 さて、今後の行動方針が決まったところで、皆で台所に移動した。

 バチモンたちは外に置いてあった朝獲ってきた魚竜的魚を運んできた。そういうでかい荷物と一緒のときは迷路のように複雑に発達した枝道のあるこの洞窟の、あちこちにある洞穴の出入り口を利用して、入ってくるらしい。出入り口は外から見たとき隠すように工夫しているということだ。


 そして、カッペイとゴロくんは、素晴らしい情熱で、あっという間にでかい半身をころころに切って、数枚のビニール袋にせっせと入れ、醤油に漬けこんで冷蔵室に保管するという一連の流れをスムースにこなした。

 その間に、俺はお茶を淹れ、作業を終えた二人も合流して、ほっと一息つく。俺らは昨日の残りの唐揚げで朝飯。美形魔族少女と仔虎少年にもつまんでもらう。二人とも気に入ったらしく、ホランという少年はカッペイたちの作業を熱心にみ、俺に料理の仕方をきくと、サイカに今度作ります、といっている。

ようやく人心地がついたところで、サイカが切り出した。


「南国アビまで旅するといっても、おまえたちだけで、というのも難しかろう。ひとつ、私が協力してやろうではないか」

「いや、そのう、そんなにしていただいても悪いですし……」

 俺が遠慮すると、サイカは微笑みながらいった。

「なに、まあ、そう警戒するな」

遠慮していただけだったのが、今のセリフで一気に怖くなった。

「まあ、ハトマを助けてもらったし、ホランにもよい友達ができたのだからな。そうだな。取りあえず、おまえを我が別荘に招待しようではないか。夜に、な。感謝せよ。普通の人族を夜に我が屋敷に招くなど、最近ではついぞなかったことぞ」

 サイカはこう言うが、危険な匂いがぷんぷんする。こいつとはもう、なるべく早く縁を切りたい。

「そのことについては、もうお気になさらず。もう、神獣とか聖獣の情報いただいただけで、十分で……」

「甘いな」

 一言で切って捨て、サイカは茶を一口飲んだ。紅茶だ。そこにあったティーバックで淹れたやつだが、奴が飲むとなんだか別物みたいな高級感が漂う。

「貴様、異界から来て、なんの身分も身元保証もない。しかも、今のところ、最寄りの街ではお尋ね者だ。どうやって旅券を手に入れ、帝国内を旅するというのだ?」

「えっと……、魔法とか?転移の?」

 サイカはくすりと笑った。

「ホラン、説明してやれ、このおめでたいアホ男に、な」


 そういって、サイカは立ち上がり、眼鏡少年を残し、忙しいので失礼する、また夕方にでもこの子を迎えに来る、といって、転移魔法で帰っていった。

 俺は転移魔法の光の輪が粒子になって消えてゆくのを阿呆みたいに口をあけて、みていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

バチモンスター 異世界行ったら、俺のエアペットが斜め上に進化していた件 @isumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ