18 正しく現状認識しましょう その2 ──帰りたきゃ、一人で行け

帰れない─。

……そ、それじゃあ、俺はどうすれば?思わず、へたっと横座りになって、よよよ、とか泣きそうになっていると、サイカ公がさらに首をかしげている。

「それにしても、あの魔獣ども、かなり幼いようだが、界渡りなど……。ふむ、いや、魔獣にしては奇妙だと、ハトマが申しておったな」

……ええ、魔獣じゃないですからね、真っ赤なニセモノ、バチモンですから……。

ハッと閃いた。そうだ、あんな変な生き物だ、きっと常識外のなにかでどうかして、ああなってこうなって、そんできっと、俺を帰してくれるんだ!そうだ、そうに違いない!

「そう、違うんです!魔獣じゃ、ないんですよっ!」

あれの正体をお見せしましょう。そうだ、見て、おののけ!


俺は、サイカ公を連れて、窓から外へ出た。いや、窓から出たのは俺だけで、サイカ公は転移した。あまりこの結界内で魔法を使いたくはないが、などといいながらも、一瞬で室内から外に現れた。かっこいい。くそ、差をつけやがるな……。

バチモンたちを呼ぶ。

「おまえら、ちょっと、原型見せてくれ、原型」

「いやでし」

「恥ずかしいですう」

頼んだ途端に拒否。うん、マスターの言うことなんて、聞かない。いつも通り、平常運転だ。


「マスター、デリカシーないっす。俺らに、別の正体があるかのような言い方しないでほしいっす」

この完璧なまでに図々しいセリフ。しかし、おまえら、スライムとしての誇りはないのか!……ああ、ま、ないよな。うん、だって、もふもふとか、聖獣のほうが断然いいもんなー。

ここでサイカ公が口を挟む。

「おまえたち、このホランと仲良くしてくれたこと、礼をいうぞ。ホランは今まで友だちがいなかったのでな」

わお、初めてのお友達がスライムなんて……。この子の過酷なデステニーに視界が涙でかすんでしまうよ……。

ちなみに俺は禁断の黒歴史ノート作成のための資料集と名付けたメモ帳をもっていて、格好いい英単語を集めていたのだが、Dの項の一押しはなんといってもデステニー。デストロイもまあまあだが、なんといってもデステニーだな。運命と書いてさだめと訓む。

強く生きろ、己のデステニーに打ち勝つのだ!と心の中で応援していると、サイカ公が言葉を継ぐ。

「で、おまえたちも相当の自信があるようだが、このホランもなかなか上手に変身できているとおもわないか?」

「思わないでし」

即答。こら、おまえ、魔族さまに対して、もうちょっと、態度ってもんがあるだろうが……!怖いことするんじゃない!

だが、サイカ公は鷹揚に構えていて、まったく怒らない。

「ほう、それでは、元の姿もみせてくれ。比較したいのだ。おい、ホラン」

いうと、ホランくん、うちと違って素直な眼鏡少年は、頷いて身を揺すった。ばさり、と眼鏡やら灰色のローブやらが地に落ち、少年の姿が消えた。地面の灰色の布が盛り上がって、中で何かがもぞもぞしている。やがて、空いた穴から、仔虎がぴょこんと顔を出した。

真っ白に黒い縞模様の体はこれでもかというように分厚く毛が生えて、本当にもふもふふかふかしているため、体が太くころころして見える。かわええ!!太い前足に肉球。布から完全に抜け出したのをみると、びっくり。背中に小さな白い羽が生えている!いや、これこそ聖獣じゃねえ?なんかみたことない種類だけど!

丸い耳のついた大きい頭を振って、体をぶるぶるして、体の毛を落ち着かせてから、ベロンと舌を出して黒い鼻づらを舐めると、下からサイカ公を見上げた。きれいなアイスブルーの眼だ。なにこれ、なにこれ?むちゃくちゃ可愛いんですけど!!


俺が大興奮していると、おもしろくなさそうに、ヴィオがケチをつける。

「ふん、元と変身後にあんまり違いがないでし!そんなの、どこが変身かわからないでし」

ああ、おまえらは大違いだもんな。おまえの正体をみたとき、チビリかけたのは良い思い出だよ……。

俺はにやりとする。だって、このすかした女の腰を抜かすとこ、見てみたいじゃん。


「おい、ヴィオ、ご託はいい。見せつけてやれ!おまえのすごさを、な」

俺の言葉にヴィオはフッと笑い、一度白銀の髪をばさっと後ろに流してから、

「ヘンシーン!」

叫んだ。なにが変身だ、元の姿に戻るだけだろが……。


変身を解いたヴィオは、でろんとUFO状の巨大鼻くそスライムに戻った。

うーむ、この直径五十センチばかり、一抱えもあるぷよんとした塊……。独特の魅力があるな。そばを通ったら立ち止まって、木の棒か何か拾ってつつかずにはいられない魅力、一言でいうと、立派な野グソのような魅力がある、……と感慨にふけっていると、横からつぶやきが聞こえた。

「おお、なんと立派なスライムなのだ。長く生きているがこれほどのものは見たことがないぞ」

横をみやると、超絶美少女、感極まったのか、両手をしっかり握り合わせている。

「おぬし、頼む」

ものすごく真剣な目で、俺に向き直った。

「あの美しいものたちをゆずってくれ。大切にすると誓う」

空耳かな?

……超絶美少女に、いきなり残念属性が付与された。


 うちのバチモンどもを譲ってほしい、だって?趣味が悪いとは思っていたが、頭おかしいのか、この女。でも、

「ええ?どうしよっかなー……」

ちょっと焦らしてみようかしら……。たちまちサイカの目に剣呑な光が宿り、一言いった。

「ふむ……」

「いやっ!ぜんぜん。ぜんぜんオッケーっすよ!俺は!」

いま、この女、俺を殺すかどうか検討したぞ、絶対。だが、頑張る!

「でもその……、こういうのは、本人たちの気持ちが大事っていうか……」

俺、一応マスターとして慕われてるし、バチモンたちがマスターは俺がいいっていうなら、しょうがないよね。……だいじょうぶだよな?昨日唐揚げ食わせてやったし……。いや、でもあの子のケーキがバチモンの心を鷲掴みに……、などと心配していると、サイカ公、心底怪訝な調子で聞き返してきた。

「本人たちの?気持ち?……従者の、か?貴様、この者らの主人なのだろう?」

「そ、そうですね。マスター?みたいな?」

なんで俺はこんな一々疑問形のうざい話し方をしているんだ……。答え、自信がないから。

「主人として、私を主にせよ、と命ずればよい。従者の気持ちとは、何を愚かなことをいっているのだ」

あっ、こういうの、なんだ?俺は嫌いだな!


「そんな独裁者みたいなことできねえよ!」

思わず語気が強くなった。すると、サイカ公、さらっとつぶやいた。

「ふむ、やはり、殺すか……」

ひえええっ!待て待て、待って!

俺はあわてて挙手して、意見を述べた。

「そ、そんなすぐに結論出しちゃ、いけないと思いますっ!」

「この私に意見するか。貴様、人のくせによく、そう、魔族を舐められるものだ」

そ、そそ、そんな人を脅すのはよくないと思いますっ!

「いや、決して、そのような……。なんというかですね、うちはその……もっと自由な方針でやってるっていうか……、そう!そうした方が、あいつらにも合ってるっていうか……」

しどろもどろになっていると、バチモンたちが寄ってきてくれた。


「俺たちのマスター、ずっとマスター」

「マスター、こいつ、なんなんすか?」

「敵でしね」

「ボクたち、ずっと一緒ですう」

おお、おまえら……、俺を泣かせるんじゃない。おい、そこの独裁女、みたか、この麗しい主従の絆を。気持ちを無視したりしたら、こうはならないんだからな!

魔族美少女は仲良しな俺たちをみて、目を細め、腕を組んだ。しばらくそうしてから、やがて、腕を解いて、気をかえたようにいった。

「ふむ。いいだろう。殺すか、といったのは、ほんの冗談だ」

嘘こけ。

「この結界内でおぬしを殺したりしたら、それこそ因果の返しが厄介そうだ。館で正体をばらされたときのアレくらいでは、到底済まなそうだからな」

だが、と前置きし、サイカ公は改まった顔で俺に向き直った。そして、妙に真剣な声色でいう。

「私はこう見えても人間には詳しいのだ。かなり長い間、人の間で暮らしているのでな。人というのは、そう簡単に世との繋がりへの執着を断てぬもの。おぬし、一昨日、こちらの世界に来たといったな。元の世界の者たちのことはよいのか?帰らぬのを心配している者たちがいるのではないのか?」

 普通に聞いたらなんて思いやり溢れた言葉、とか思うところだが、今の脈絡でのそのセリフ。すがすがしいまでの露骨な邪魔者扱い、としか思えねえぞ、コラ。

「つまり、とっとと帰れ、と……」

我が意をえたり、と奴はにっこり。


いや、帰りたいのはやまやまなんですけど、ね。帰れるもんなら……。

だが、なぜ、こうスライムになんぞ執着しているのか、自分でもさっぱり分からないが、くれといわれれば、いやだ、という妙な反発心が湧いてくる。こいつら、奴隷にされちゃいそうだし……。

「いやいや、ま、もうすぐあいつらの力が戻ったら、元の世界に帰りますけども、でも、またすぐ、戻ってきますし……。俺はマスターとして、ずっとはいてやれないとしても、行ったり来たりの生活でも、ちゃんと面倒みれると思うんですよねー」

……いや、あいつらの言うことが本当なら、だけど……。だいじょうぶだよね?バチモンだもんね?期待してるぞ!たのむ!


サイカは本気で驚いた顔をした。驚くならスライム見たときにして欲しかったよ……。

「私のみるところ、あの者たちに、他者を界をこえた場所に渡すような転移魔法を行使する力はないが……」

「……ええと、でも現に、俺はあいつらに連れて来られて、ですね……」

「こう見えても、私は次期魔王候補の一角、他者の力量をそうそう見誤りはすまいと思うのだが……」

思わず、二人で見つめ合ってしまった。


サイカ公がいった。

「まあ、聞け。私の推測するところ、貴様はやはり神獣からなんらかの恩恵を受けているに違いない。その魔法量も異常だからな。界を渡るのも、あのスライムどもを通して神獣こそが力を貸したのであろう」

「そんなら、そのう……、神獣じゃないと、俺を帰せない、とか?」

「私の考えでは、そうだ」

衝撃的なことを簡単に、きっぱり、おっしゃる。さらに首をかしげながら付け加える。

「だが、神獣はどこへいったのか。そして、この神獣の棲み処が我ら魔族にも感知しうるようになったのはなぜなのか」

なんだか、いやな予感がしますよ……。

「おそらく、神獣がこの世界を離れてしまったのだろうな……」

「ええっ?いつ、お帰りなんでしょうか」

「わかるわけがなかろう」

 で、ですよねー。でも念のため……。

「そのう、連絡先とか……」

「魔族が神獣と連絡を取り合っているわけがなかろうが」

おまえはアホか、という心の声が聞こえた気がしたぞ。がーんと頭を殴られたような気になって呆然としていると、サイカが親切に助言をくれた。

「まあ、わかるものがあるとすれば、それは聖獣だな」

「そのお方はどちらに?」

「確実なのは南国アビだな。あそこの女王は聖獣の一、フェニックスの化身だ」

「さっそく、行きます。行って聞かなくちゃ。おい、おまえら、南に行くぞ!聖獣に会いたいって言ってたよな?!」

勢い込んでいう。マスターの帰還に協力してくれ、たのむ!

しかし、お返事は、

「ええ、いやでし」

「俺ら、ここ離れられないんすよ。大事な用があるんで」

「マスタ、俺たち、待っている。気を付けて行ってくる」

「え?一人で行けって……、なんでそんな……」

いや、今まで俺たち、いい感じだったよな?なんか仲間意識っていうか、友情っていうか、そういうあったかいもんが生まれかけてたっていうか……。

残るはひとり。ぼたんに目をやると、ふいっと目をそらした。

「心はいつも一緒ですう。軍手つくりますう」

その言葉にゴロくんがタオルを渡してきて、親指を立てた。カッペイも腕輪を差して、頷いている。

おい、こら、おまえら、そういう遠隔操作的ななにかじゃなくて、本体、ちゃんと付いて来いやあ!……いや、付いてきてください、お願いします。


あまりのことに口をぱくぱくさせていると、サイカがふっと笑った。

「自由な方針、興味深いな。なかなかに心が通じ合っているようだ」

……そういう心を折る嫌味はやめろ……。

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