17 正しい意見をきいて、正しく現状を認識しましょう ──帰れません
サイカ公と呼ばれる少女はすーっと音もなく降下した。俺の正面で空気椅子に、脚が床のどこにもついていないそのうち脚がぷるぷるして来そうもない様子の本物の空気椅子に座っている。
「私の従者がずいぶんと世話になったようだ」
独り言のようにいい、毛皮の上に平たくなっている俺を黒い切れ長の目でみた。
「いえ、それほどでも……。そのう……、すんません」
「なぜ謝る?私は感謝しているのだぞ」
なんか、とっても、無条件に謝りたくなるんです……。いや、だって、世話になった、ってあれでしょ、可愛がってやる、が実は体育館裏か近くの河原に呼び出してボコボコの意味みたいなもんでしょ?
「敗者となったアレを見逃してくれたのだからな」
美少女魔族はのたまわった。あ、あの虎人ハトマ氏のことか……。任せてください。もふもふ毛皮をおもちの方々には基本、親切に愛想よく、が俺の信条なんで。……ふう、やっぱり尻尾ちょん切らせなくてよかった……。
「しかし、貴様、相当に甘いタチのように思えるな。信じられん。よくその年まで無事に生きてこられたものだ。もっともその貴様の魔力量からすれば、当然のことか……」
魔力量か……、バチモンたちも言っていたが、俺はそんなに多いのか……。
「で、貴様の従者は留守か。近くにはいるようだが……。相当のテイマーかサモナーと思ったが、やはりな」
うう、あいつら、肝心なときにそばにいないなんて……。戦々恐々としていると、サイカ公はふっと笑った。
「安心せよ。この結界内で貴様に悪意をもつと、ひどい目に遭いそうだからな。人族である貴様がつくりうるものとは思えぬが、よく出来た結界だ」
あ、そうなの?一応、結界ってちゃんと効いてるんだ。だいじょうぶそうなので、俺は起き上がって正座しなおした。
「それで、そのう、どんなご用件でしょうか」
「ふむ、私はもともと命じられてこの辺りに調査に来たのだが……」
いって、切れ長の目を細めた。
「そういえば、貴様、よくもあの館で私を悪魔悪魔と連呼してくれたな。おかげで、元の通り、正体を人の意識下に押し込むのに存外、苦労したぞ。貴様の声には力があるのだな」
あ、いや、どうも、なんかすみません。……今、俺、ちょっと褒められた?クラスの合唱でも、うるさいとしか言われたことがなかったのに……。
「まあ、それはよい。私は普段は人の間で暮らしているのだが、調査の命は魔族としてのほうでな、館でも申したが、この辺りで少し前、魔族が魔獣たち魔物たちに命じて大狂走状態を惹き起したのだが、数が欠けているというか、強力な魔物が数体、命に応じなかったようなので、な」
え?その魔物のバーサーク状態って、やっぱり強制参加でやってるの?お祭りみたいに自由参加だと思ってた。……いや、まあ考えてみれば全員集合なんだから招集がかかっていてもおかしくないけど……。呼び出しに応じないと、やっぱ問題になるんだ。なんか、魔物とか魔族ってそのへんイメージ的に、なあなあなのかなと思ってたよ……。
「だが、その者たちの外れた原因がわかった。貴様が主として支配し制御しているからなのだな」
ええーっ?!俺のせい?
「はあ、すいません。出欠取ってるとは思わず……。今度から出るように、いっときますんで……」
だから、もう帰ってくれませんかね……。だが、俺の言葉に少女は呆れたように口をあけ、なにも言わずに閉じてから、首を振った。
気まずい沈黙の中、外から声がした。
「マスター、こいつ、なんなんすか?お客さんすかね?」
「なんか、生意気でし。でも、いい尻尾でし、寄こすでし」
慌てて立って、窓から外に顔を突き出すと、バチモンたちが戻ってきて、眼鏡をかけた秀才風の獣人の少年を取り囲んでいた。頭には虎の耳、お尻には尻尾がついているが、両方とも真っ白の地に黒い縞模様のふさふさモフモフ。な、なにするんですか、とか震え声をあげながら、後ずさりしている。
透明感のあるきれいな白い髪をライモン卿のように坊ちゃん刈に刈っていて、お椀かどんぐりのヘタを被ったみたいだった。この髪型、異世界で流行っているのかな?
色白で、でかい丸眼鏡の下の鼻の周りにはそばかすが散っている。いっちょ前に灰色のローブを着こんでいるが、それがぶかぶかで、首からすぽんと足首まで覆ってしまっているので、テルテル坊主みたいだ。そのくせ尻尾をだす穴がしっかり空いていて、そこから尻尾を出しているせいで、ヴィオにむんずと掴まれてしまっている。真面目そうで、いかにも緊急事態に弱そうで、バチモンに絡まれ、すでに目じりに涙が浮かんでいた。
「あれは私の従者だ。ハトマが落ち込んでしまって大変でな、巣穴に引きこもってしまって、引っ張り出すのに当分かかりそうなので、代わりにあの孫を連れてきたのだ」
あら、お孫さんですか……。ハトマ氏、気の毒に……。でも、誇りは地にまみれても、尻尾は、尻尾だけは、俺が死守しましたから!そこんとこ、一つよろしく……。おっと、せめてお孫さんの心象はよくしておかねば……。そうすれば、モフらせていただける日がくるかもしれない、という下心から、バチモンに言いつける。
「おい、おまえら、その子をいじめるな。仲良くしろ」
「あっ、魔族でし!」
と、サイカ公に気付いたヴィオが叫んで戦闘モードになりかけるのをすばやく制して、美少女がいった。
「ホラン、おまえ、お菓子を作ってきたろう。皆に食べてもらいなさい。すこし遊んで来てよいぞ」
にっこり笑った。
「おまえたち、そのホランが美味な菓子を持っているから、一緒に食べるといい」
お、ヴィオがほとんど握りつぶしかけていた尻尾から手を離したぞ。わーい、と歓声をあげながら子供たちは仲良く駆けていって、その眼鏡少年のカバンから出したかなりでかいケーキをカットしてもらい押し合いへし合いしながら食っている。うまかったらしく、上機嫌で、ヴィオがその子に、四号にしてやってもいいでし、とか言っている。それを見ながら、隣の美少女が満足げにいった。
「幼獣の制御は、やはり餌付けだな」
そうかもしれないけどさあ、……こいつ、身も蓋もないな。
「では、少し話を聞かせてもらおう」
見届けて窓から離れ、ふたたび床に正座と空気椅子とで相対し、魔族少女に査問される。
「貴様、一体なにものなのだ?それにこの強力な結界に守られた場所。ずいぶんと古くから使われている場所のようだが、これまで我らのような高級魔族の認知さえ免れてきたのが目の当たりにしてもまだ信じられぬ。しかも、なぜ突然、今になって認知できるようになったものか、納得のいく説明が欲しいところなのだが……」
ええと、なにを質問されているのかすら、分かりません。分からないが、俺はともかく、正直に今までのことを話してみた。異世界にいたのを、一昨日あたりに従者に当たるモンスターたちに召喚されたのだ、と……。
俺の話に耳を傾け、サイカ公はしばらく黙ってじっくり俺を観察し、やがて呟くようにいった。
「ふむ。界渡りとは、信じられぬ。四百年以上生きてきたが、いまだ出会ったこともなく、単なる神話の類とおもっておった。いや、現魔王でさえ、そう思っておろうよ」
目が赤みを帯びてきらりと光った。
「だが、信じるほかないようだ。貴様のその衣服やあの従者たちの奇妙な格好、なにもかも、空想で拵えあげたものとは見えぬ。仮に想像だとすれば、相当の妄想家、いや、才能ある芸術家というべきだろうな」
空気椅子から床に降り立った。小屋を見渡しながら、
「では、ここは神獣の棲み処なのだな。たぶん」
なにがどうしてそういう結論に至ったのかわからないが、少女は勝手に納得している。
「神獣?」
きくと、頷いて、丁寧に教えてくれる。
「ああ、貴様、異界の者ならば知らぬが道理か。この世界はな、神獣が創ったものと言われておるのだ」
「神獣が?」
「そのとおり。神獣は聖獣や獣人に祝福を与える神でな、我ら魔族の戴く魔王や人族とは異なる因果律をもっている。だが、そればかりではない」
いって、黒衣の袖をまくる。目を欺くような真っ白の腕にいくつか腕輪が揺れている。その輪を細い指で弄びながら、いう。
「この世界の因果律の担い手でもある。聖位や王位にある存在をはるかに凌駕する神位の力をもつというわけだ。その世界の因果律に与することができぬせいで、我らが魔族や人族などは、因果が弱い。この世は獣人族に有利な世界、というわけよ。もっとも……」
ニヤリとした。
「我ら魔族、殊に高級魔族ともなれば、個体として桁違いの力量を有するゆえ、そうそう世界の因果律なんぞに食われたりはせぬが、な」
なんだかわからんが、魔族を舐めちゃいけないらしいことはわかった。だって、世界を相手に一歩も引かなそうだもん。さすが、魔族……。
赤い唇の口角を上げ、艶やかな黒髪に光を滲ませて少女は、ぞくりとするような不思議な自信と確信に満ちていた。
だが、長い睫毛の瞬きとともに、その雰囲気は一瞬で消え、きらきらとした純粋な好奇心が顕れ出てくる。
「しかし、もうひとつ、神獣には伝説がある。神獣自身が、界を渡ってこの世界に来たというのだ」
「ははあ」
俺は冷蔵庫のある台所を思い浮かべた。うん、そうだろうな、しかも今だに現代日本に頻繁に出入りしてそう……。具体的にはスーパーの特売逃していなさそう……。
「貴様、神獣に呼ばれたのであろうな」
「はあ?いや、さっき言ったとおり、俺はあのバチモンたち、……ええと、あの魔物たちに召喚されたんですが……。そんで、もうすぐ、あいつらの力が戻ったら、召喚魔法でまた元の世界に帰る予定で……」
うん、俺の行き来に神獣なんて素敵な存在は一枚も噛んでいないし噛んでくれない筈……。
サイカ公は俯いて、黙ってかぶりを振った。艶やかな二筋の黒髪が揺れる。
「どうも……、どこから突っ込んでいいかさえ、わからんな……」
ため息交じりにいってから、顔を上げた。
奇妙なものをみるような目をして、聞いてくる。おまえ、頭だいじょうぶか?みたいなその目、傷つくんですけど。
「貴様は召喚される側だろう?」
「はあ?」
首をかしげると、丁寧に言い直してきた。
「召喚魔法で、どこかに行きたいというのなら、召喚される側だな」
「あ、たぶんそうっすね」
ため息をつかれた。
「貴様、召喚、という言葉の意味はわかるか?召し出す、呼び出すということだ。当たり前だが、召喚者、つまり呼び出すものがいなければ、召喚されることはない」
なーるほど。……ええっ?!それってつまり……。
「貴様の世界に界をまたいで対象を呼び出すほどの力をもった者がいて、貴様を呼び出そうとして召喚魔法を行使しなければ、召喚魔法で帰るなどということはできない。当てはあるのか」
聞かれた。
「いや、だって、あのヴィオたちがそれで帰れるって……」
窓の外からバチモンたちが元気に点呼をとっているのが聞こえる。一、二、五、三、四!
「貴様、あの数字も満足に数えられない魔物のいうことを鵜呑みにしているのか?」
正論が耳に痛い、痛いよ。もう、サイカ公の顔に、おまえ馬鹿なの?って、はっきり書いてあるよ。その攻撃力はんぱなく強い。
……だって、そう信じたかったんだもん!!ええ、俺が馬鹿でございましたよ!!
──帰れないって、……どうしよう……。
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