サトゥルヌス(オプス) 三十と一夜の短篇 第8回
白川津 中々
第1話
陽が落ちて、松明に火が灯される。
小さな村の小さな祭りは、小さいながらも盛り上がる。肉を焼き、スープを煮込み、酒の肴にそれを喰う。男達はどれが美味いだの不味いだのと、作り手の気持ちをさっぱり無視して口汚く語り合うのであった。
そんな中サトゥルヌスは涙を浮かべ女に語っていた。
「逃げようオプス。このままでは、君は……」
オプスは震える声で嘆くサトゥルヌスの唇に指を当て、微笑む。
「駄目ですよサトゥルヌス。貴方は今日、私を料理しなくてはならないのですから。さぁ。その手にした斧で、早く私の首を落としてください」
その言葉を聞いてサトゥルヌスはより多く涙を流した。一方オプスは伸び切った笑みを顔に貼り付け、狂気の一端を垣間見せている。
「さぁさぁ」と急かすオプス。嗚咽に息が詰まり、サトゥルヌスは間の抜けた音を喉から発している。彼も彼女もお互いを愛し、信じているのだが、その形に相違があった。
男と十年連れ添った女は伴侶となった男の手により捌かれ、男はその血肉を村人に振舞わなければならない。
これが村の掟である。この邪悪なる伝統は一年に一度、六日間催され、一つの祭りとして住人に認識されていた。また、この時同時に婚姻の儀も執り行われ毎年祭りが開催されるよう調整されている。
女達はより美味に食される事が最大の喜びと教えられ、自らの肉体が食材として見られる事に誇りを持っていた。そして男達も、自分の女を最高の料理に仕立て上げるのが、最大の愛情だと思っているのであった。
「サトゥルヌス。君も早く料理を出したまえ。みな、オプスを味わいたく舌なめずりをして待っているぞ」
村の長がサトゥルヌスにそう言った。オプスは相変わらず笑っている。手に持った斧で長を殺し、嫌がるオプスを無理矢理にでも連れ出せばこの場は凌げるであろう。しかしそれからどうするというのか。二人は村以外の生活を知らないし、そもそもオプスは肉塊となる事を望んでいる。それを連れて逃げたとしても、二人の距離は離れる一方であろう。
「サトゥルヌス。さぁ。早く」
オプスは断頭台に寝そべり嬉々として目を閉じている。サトゥルヌスは絶叫を上げ、斧を振り下ろした。飛び散る鮮血が美しく虹を描いた、
オプスの死体は痙攣をはじめ、まるで生きているかのように小刻みに動く。そして彼女の生首は、大きく目を見開き、頬は赤く染まって、隠微な恍惚に満ちていた。
サトゥルヌスは叫びながら処理をしはじめる。血を抜き、四肢を切り取り、棒で叩きながら肉を柔らかくする。その作業は丸一日かけて行われ翌日。後は香草を詰め釜で焼くだけなのだが、サトゥルヌスがオプスだった肉塊の腹を捌いた刹那、彼は膝から崩れ落ち昨日に引き続き絶叫を響かせる。何事だと人々が集まり、一斉に腹の中を覗き込むと、誰かが言った。
「宝付きじゃないか! これは縁起がいい!」
身篭った女の肉を、この村では宝付きといった。それは子孫繁栄につながると、大層ありがたがられているものだった。
腹の中には胎児が入っていた。既に死んでいるが、その子供は間違いなく、サトゥルヌスとオプスの子供であった。
太鼓の音が加速していく。祭りが、熱気を帯びているのだ。咽び泣く一人の男を尻目に、村人達は口々に喜びの声を上げていた。
サトゥルヌス(オプス) 三十と一夜の短篇 第8回 白川津 中々 @taka1212384
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