聖夜の告白
夢見るライオン
第1話 聖夜の告白
彼女は僕にとって特別な存在だった。
他の誰とも違う。
唯一無二の存在。
僕のこんな切ない想いを彼女は気付いていない。
それは僕に対する軽い扱いでよく分かる。
僕がこれほど彼女を切望しているのに、最近は相手にもしてくれない。
だからこのクリスマスに思い知らせてやろうと思う。
僕の告白で、彼女を僕だけのものに縛り付けてやるのだ。
今後、彼女は僕の事を一番に考えるようになるだろう。
他の誰も眼中に入らないほど、僕の事しか考えられなくなるはずだ。
クリスマスが待ち遠しいよ。
師匠……。
◆ ◆
「あー、きみ。えっと柳君だっけ?」
「はい。ヤンヤンと呼んで下さい!
編集長」
「ヤ、ヤンヤンか……。
でも今日はカクさんだからね」
「はい!
「いや、印籠じゃなくて星の形のアメを配ってくれたらいいから。
ヨムさん役の君も頼んだよ」
僕の隣りのお笑い芸人が「分かりましたああ!」と元気よく返事した。
僕はお笑いアイドル、柳ヤマト。
今日は本屋さんのイベントの仕事に来ている。
カクヨムとかいう小説サイトの宣伝と、そこから出版される本の宣伝だ。
黄門様役の編集長とカクさん、ヨムさんの三人で星型のアメを配るのが主な仕事だ。
アメの包み紙には小説サイトのアドレスと、本の紹介が印刷してある。
そして、僕達は急ごしらえの黄門様一行の恰好をしている。
「きゃああ! ヤンヤンよ。かわいい!!」
「ヤンヤン――ッ、こっち見てええ!」
集まったのは、ほぼ僕のファンだった。
隣りの芸人は僕より年上だが、まだ駆け出しで名前も知られていない。
僕は結構テレビのレギュラーも持ってたりして、この中では一番有名人だ。
一応警備員が数人僕達の周りをガードしているが、過激なファンがいれば簡単に突破出来そうだった。しかし僕のファンはそこまで熱烈ではない。
遠巻きに手を振るぐらいで、この規模のイベントにはちょうどいいぐらいの人気だった。
これがカリスマアイドルの
「じゃあ、始めるか。
やっちゃって下さい、カクさん、ヨムさん!」
黄門様、もとい編集長の一声で、僕とお笑い芸人はカクさんとヨムさんになって人垣のギリギリまで進み出た。
さすがにファンの子達の握手を求める手が伸びてくる。
お笑い芸人の方は残念ながらシンと静まっている。
しかしそのての寒さに強い芸人は、気にせず声を張り上げた。
「控えおろううう!!
こちらにおわすお方をどなたと心得る!」
今度は僕のセリフだ。
「さきの副将軍、カクヨム編集長様であらせられるぞ!」
「
「控えおろううう!!」
僕と芸人は星型のアメを手に、
「はい! みなさまよくお越し下さいました! それではイベントを始めます」
司会の女性は、あっさり僕達の迫真の演技を受け流し、編集長を紹介し始めた。
僕と芸人は軽く紹介してもらうと、さっさと後ろに下がって、編集長のお話を聞きながら時折ふられる話に答えたりして最後にアメ配りと握手でしめくくる。
イベントは多少の違いはあるが、だいたいこんな感じだ。
お笑いアイドルは、たくさんのファンと触れ合って場数を踏む事が大事だという社長の方針で、かなりの数のイベントに出てきた。
確かに空気を読むのは肌で感じるのが一番だと最近分かり始めた。
無名の頃は一晩考えたとっておきのギャグも、しらけるばかりで何度もへこんだ。
しかし少し名前が知られるようになってくると、観客が全然好意的だった。
僕を受け入れる準備が出来てるのだと肌で感じる。
少々つまらないギャグでも、どっと笑ってくれる。
その点無名の芸人は気の毒なものだった。
一言しゃべるたび空気が凍りつく。
テレビに出るという事、知名度。
それは芸能界ではやはり重要なアイテムだった。
「この星のアメ、一つもらってもいいですか?」
イベント終了後に、僕は余った星アメを分けてもらった。
これで彼女へのプレゼントの準備は出来た。
あとは告白するだけだ。
彼女の名は
一コ年下だが、僕は師匠と呼んでいる。
そもそもは関西弁の師匠という意味だったが、今は人生の師匠として尊敬している。
もともと行動といい、発想といい、常人離れしているとは思っていたが、最近は人脈の凄さからしてただ者ではない。
カリスマアイドルの御子ちゃんに紹介したのは僕だったはずなのに、気付けばいつの間にか僕より信頼されて、今は専属マネージャーとして片時も側から離さないほどだ。
そして何より驚いたのはプロ野球入りが決まった天才バッター
静かだけど近寄りがたいオーラを放つ凄い人だ。
ひそかに野球好きの僕は、入学から憧れ続けていた。
その夕日出さんともいつの間にか仲良くなって、彼女だという噂もある。
この間、たまたま師匠と一緒に帰ってたら、野球部の団体に出くわした。
すると、次々帽子をとって頭を下げ、あっと言う間にぼうず頭の花道が出来た。
いかついぼうず達は、口々に「
それなのに師匠は「もう、やめて下さい!」と逃げるように立ち去った。
どんなに敬われても、決して偉ぶらない。
さすが師匠だと、僕は心から感動した。
そして、さらに僕の尊敬を決定づける出来事があった。
僕と師匠は、心霊番組の仕事で一緒になった。
僕はあまりの恐怖に関西弁でしゃべるのを忘れる失態を犯したというのに、師匠はなんと! 落ち武者の霊にとり憑かれるという偉業を成し遂げた。
残念ながら、あまりにヤバ過ぎて放送はカットされる事になったらしいが、テレビ局の人はその名を心に刻んだ事だろう。
さすがだ。
僕は師匠についていこうと思った。
もう彼女無しの人生なんて考えられない。
彼女は僕のものだ。
◆ ◆
「もう、柳君。
この忙しい日に何の用ですか?」
クリスマスの夕方、僕は寮の談話室に彼女を呼び出した。
「忙しいって、まさか!
これから夕日出さんとデートなん?」
僕は慌てた。
「夕日出さん? どうして夕日出さんと?」
「だって彼女やって噂になってるやん」
「ああ。それはデマです。
そんな訳ないでしょ」
僕はほっと胸を撫で下ろした。
「そうか。良かったあ……」
「それで大事な話って何ですか?」
僕は気持ちを切り替え、勝負の時を迎えた。
「師匠。突然こんな事言われて驚くかもしれんけど……」
「な、なんですか?」
彼女は僕の真剣な表情に少したじろいでいる。
僕は彼女の眼前に、すっと星型のアメを差し出した。
「?」
「僕と……」
「柳君と?」
「僕と……」
「僕とお笑いコンビを組んで下さい!!!」
ついに言った!!
言ってしまった!
「……」
「……」
「……」
僕の差し出した星型アメは、まだ差し出したままだ。
まさか……。
そんな……。
ごめんなさい?
「志岐君、待たせてごめんなさい。
やっぱり大事な話なんて言って、くだらない話でした。
時間がありません。行きましょう」
彼女が部屋の外に声をかけると、気の毒そうな顔をした志岐が遠慮がちに顔を出した。
「へ、返事しなくていいの?」
「バカバカしい! 答えるまでもないです。
そんなどう考えても売れないコンビを組むぐらいなら、
「まあ、それはそうだけど……」
志岐は哀れむように僕をチラリと見た。
え?
スルー?
返事も無し?
「さあ、時間がありません。
行きましょう志岐君」
「ちょ……ちょっと待ってえなあ、師匠!
ひどいやん。
志岐と二人でどこ行くんな。
もしかして志岐と付き合ってんの?」
「バカも休み休み言って下さい。
これから『仮面ヒーロー』で共演しているマッチョ軍団との『マッチョの会クリスマスパーティー』に参加するんです。
もう! 柳君のせいで遅刻です」
「なんかそれめっちゃ楽しそうやん。
僕も連れてってえな」
「全然楽しくなんかないですよ。
星一徹監督までいるんですから」
「それ絶対おもしろいヤツやん。
やっぱ師匠と一緒におったら笑いネタ満載やと思うねん。
「もう、懐かないで下さい。
しょうがないなあ。
じゃあ柳君もマッチョクリスマス会に行きますか?」
「うん!! 行く! やっぱ師匠好きやあ」
こうして僕の聖夜の告白は玉砕した。
だが、僕はまだ諦めてはいない。
師匠とコンビを組めば、きっとお笑い界に旋風を巻き起こす事が出来る。
いつか必ず彼女を僕のものにする。
そう心に誓った。
終わり
☆これは『野球部のエースをアイドルスターにしてみせます』のスピンオフ短編です。
興味を持たれた方は、柳君も大活躍の本編を読んで下さると嬉しいです(^_^)
聖夜の告白 夢見るライオン @yumemiru1117
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