第2話 契約者の邂逅
※注意※
この物語はフィクションであり、実在の企業・団体・個人などとは関係ありません
成連高校2年、壱村航平は友人の北原龍夜から「妹の中二病を直してやって欲しい」と頼まれる。
いろいろあって、頼みごとを引き受けることになった航平は北原家へとやってきて、リビングにて龍夜の妹の
侑沙は、航平の顔を見るやいなや―――
「キミが、兄さんの言ってた人かな?」
その喋り方と雰囲気から紛れもない中二病だと航平は確信した。
「あいつが何を言ったのかは知らないが、多分そうだろ。というわけで、壱村航平だ。よろしくな」
「北原侑沙だよ。よろしく」
二人が自己紹介をしたところで、龍夜が一言。
「というわけで先生、よろしくお願いします」
「誰が先生だ。てか、よろしくお願いします言われても出来ることって喋ることぐらいだぞ?」
中二病は精神疾患ではないが普通の病気でもない。薬を飲めば治るわけではなく、手術をすれば治るわけでもない。
仮に中二病を治すのというのであれば、カウンセリングという方法になるだろう。
「えっ!?喋るだけ?五円玉を糸でくくって左右に揺らすとかするんじゃないのか?」
「それ催眠術のやり方な。しかもえらく古典的な」
「しかし、本当に喋るだけで治るのか?それぐらいなら俺でもできるぞ」
「喋るというか、相手の話を聞いたり相手の存在を受け止めたりする感じかね?」
数日前、ファミレスで龍夜からお願い事を聞いたあと、家に戻った航平はネットで軽くカウンセリングについて調べていた。
カウンセリングで大事なのは、相手から信頼されること。
信頼できないと思った人には自分の話などしないだろうし、そもそもお喋りしたいとも思わないだろう。
だからカウンセラーと呼ばれる人たちはまず相手の話をよく聞き、感情を捉え、そして肯定する……この流れで相手からの信頼を得て、より深い話を引き出すのだ。
「なんだよそれ。それぐらいで治るんなら俺が治してるぞ」
「いやお前には無理だ。“今の”お前には無理だ」
普段の、後輩からの相談事に乗っている時の龍夜ならもしかしたら妹である侑沙の中二病を治せるかもしれない。
しかし、シスコンの一面が顔を出すと途端に話を聞かなくなる。そんな状態ではカウンセリングの真似事すらできないだろう。
「“今のお前には”ってなんだよ。“今の”って」
「ホント自覚ないのなお前って」
言葉のキャッチボールを続ける航平と龍夜。
それを静かに見ていた侑沙が、龍夜の方を見て口を開く。
「ねぇ、兄さん」
「ん?どうした?」
「恵比寿の駒沢通り沿いにあるフェアリーフォレストっていうお店のガトーショコラが美味しいらしいんだけど、買ってきてくれないかな?」
「恵比寿の駒沢通り沿いにあるフェアリーフォレストのガトーショコラだな!兄ちゃんに任せろ!」
意気込んでそういうと、リビングを出て行った龍夜。
階段を駆け上がる音がしたかと思えば、すぐに駆け下りる音が聞こえ、直後に玄関の扉が開閉された音が聞こえる。
「……めっちゃ嬉しそうに飛び出して行ったな。しかし恵比寿とはまた遠い」
「それぐらい遠くないとすぐに帰ってきちゃうからね」
「なるほど。目的はそれか」
「半分正解。ガトーショコラが食べたいというのも本当だよ」
どうやら、龍夜を遠ざけるために恵比寿までケーキを買いに走らせたらしい。
「ところで、そろそろ本題に入っていいかな?」
「ああ。そういえばお話しに来たんだな」
そう言うと、航平はテーブルを挟んでソファに座る侑沙の反対側に座った。
「お話しに来た?ボクの中二病を治しに来たんじゃないの?」
「あのシスコンがいないから言うけど、俺はお前の中二病を治す気はさらさらない。別に治さなくてもいいと思ってるし、自然と治るもんだからな」
龍夜がいないのをいいことに、航平は本心を吐いた。
ファミレスでは引き受けると答えた航平だが、中二病の治療には今も前向きではない。放っておいても問題ないと考えているからだ。
「まぁ、中二病はともかく他に直すべきところはあるけどな」
「直すべきところ?」
「初対面、ひいては年上の人に対する呼び方とか態度な」
最初、侑沙は航平のことを「キミ」と呼んだ。航平はそれがあまりよろしくないと感じていたようだ。
「特に問題ないと思うけど。呼称なんてその人を指す記号の一つでしかない」
「お前の言うとおり、呼び方そのものは単純なものかもな。でも人間の感情はそこまで単純じゃない。呼ばれ方によってはイラッときたりするもんさ」
「……それは否定できないね。今まさにボクの中であまり好ましくない感情が生まれつつあるから」
航平に対して否定的な言葉を返していた侑沙だが、「お前」という呼ばれ方に苛立ちを覚え、認めざる終えなくなった。
「ん?あぁ…悪い悪い。女の子に対して「お前」はダメだな。普通に侑沙でいいか?」
「大丈夫だよ。ボクはなんて呼べばいいかな?」
「名前でいいんじゃないか?」
「シンプルで悪くない提案だね。でも、会って間もないのに名前で呼ぶのはどうかと思うけど」
「いきなりキミ呼ばわりするのもどうがと思うけどな」
「その件については否定しないよ」
その後、いろいろと話し合った結果、侑沙は航平を「先輩」と呼ぶことになった。
呼び方を巡るやり取りの中で航平はふと思うことがあったが、口には出さずに心の中に留めておくことにした。
それからいろんな話題で喋っている内に、航平はふと気になり、侑沙に訊ねる。
「そういえば、侑沙って今いくつなんだ?」
「15歳だけど」
「となると受験生か。どこに進学するんだ?兄貴と同じ学校か?」
「いや、
「聖鐘女子学院?どこだそれ」
「調布市の東側にある学校だよ。仙川駅近くの」
「仙川駅の近く?……あぁー。吉忠とか西竹屋とかがあるところか」
航平は思い出した。
京王線仙川駅から南へ少し歩いたところにある全寮制の私立高校。
航平はあまりよく知らないが、北多摩などでは割と有名な女子高である。
「しかし、全寮制か……そんなに兄貴といるのが嫌か」
「正直、嫌悪感を抱くぐらいには印象が悪化してるね」
龍夜は気づいていないかもしれないが、兄妹仲は着実に悪くなっているらしい。
「ボクの中二病よりも兄さんのシスコンを治して欲しいと心の底から思うよ」
「それ俺も思ったわ」
妹が絡むと文字通り人が変わる北原龍夜。
彼のシスコンぶりは二人から見ても病的と呼べるようだ。
それから、二人は弾むほどではないが止まることなく言葉のキャッチボールを続けていく。
中二病という共通点のある二人だが、それ以外にも考え方が似ているなどの共通点があるのかもしれない。
航平が北原家を訪れてから二時間ほど経った。
陽の光が伸びつつあることに気づいた航平はスマホで時間を確認する。
「むっ。長居しすぎたか」
立ち上がる航平を視線で追いつつ、侑沙が言葉を投げかける。
「もう帰るの?」
「ああ。そろそろ夕飯の買い物行かないといけないからな」
「夕飯の買い物?一人暮らしでもしてるのかな?」
「してないぞ。ただうちは母子家庭でな。母親は夜遅くまで仕事してるから俺が夕飯の買い出しとかいろいろやってんのさ」
「…少し悪いことを聞いちゃったみたいだね」
母子家庭というワードが飛び出し、侑沙は内心申し訳ない気持ちになった。
しかし、自らそのワードを口にした航平は気にしてない様子で答えた。
「気にするなって。俺も母さんも負い目に思っちゃいないし」
「そうか。そうだ―――」
侑沙は、自分のスマホを手に取って、航平にある提案をした。
「今後も治療という名目でボクと関わっていくなら連絡先を交換しておいた方が都合が良いと思うけど、どうかな?」
「あのシスコンに治療してるアピールをしないと面倒いだろうし、それしてくなら交換してた方がたしかに好都合だわな」
提案に乗ることにした航平は侑沙と通話アプリのIDを教えあった。
指先を器用に動かし、侑沙から聞いたIDを手早くに打ち込んでいく。
「これでよしっと。じゃぁそろそろ帰るわ」
「分かった。またね。先輩」
「またな」
簡単に別れの言葉を投げ合い、航平は北原家を後にする。
来た道を戻って駅へと向かっている最中、メッセージが来たことをスマホが知らせてきた。
ポケットから取り出してみると、さっそく侑沙がメッセージを送ってきた様子。
通話アプリを起動し、メッセージを見てみると―――
『今日はありがとう。久しぶりに人と話してて楽しいと思えた』
(全然楽しんでるようには見えなかったが、あれで楽しんでたのか)
侑沙と喋っていた時のことを思い出しつつ、文字を打っていく。
『こっちこそ。最初はどうなるものかと思ったが、楽しく話せてなによりだ』
メッセージを返してすぐに既読マークが付いた。しかし、時間は過ぎても返信はこない。
北原侑沙がどういう少女なのかまた一つ理解したところで白糸台駅に着いた航平は、そのまま改札を抜けて電車に乗り、三鷹へと帰っていくのだった。
恋の病と中二病 鈴井ロキ @loki1985
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。恋の病と中二病の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます