恋の病と中二病

鈴井ロキ

第1話 黒き過去を持つ契約者

 ※注意※

 この物語はフィクションであり、実在の企業・団体・個人などとは関係ありません
















 秋が深まり、冬の色が見え始める頃。


 時刻は午後4時。近くに高校がいくつかあるためか、東京都三鷹駅から歩きで約3分のところにあるファミリーレストランは多くの高校生で賑わっていた。


 そんな店内に、二人の男子高校生が入ってきた。


 紺色のブレザーとダークグレイのパンツ、暗い赤のストライプのネクタイを首元から下げた二人。


 三鷹駅から南に少し歩いたところにある成連高校せいれんこうこうの制服を着た白混じりの金髪の男子と黒髪短髪の男子二人は、空いているテーブル席に座った。


 二人はメニュー表を開き、2分と経たずに注文する品を決めた二人はボタンを押して店員を呼ぶ。


 注文し終えて、店員が去り、ドリンクバーからドリンクを持ってきたところで白混じりの金髪の男子――成連高校2年の壱村航平いちむらこうへいが口を開く。




「……で、頼みごとってなんだよ?」




 訊ねられた黒髪短髪の男子――成連高校2年の北原龍夜きたはらたつやは深刻そうな顔をした。


 少し間を置いてから、龍夜は喋り始める。




「実はな………俺の妹の中二病を治してやって欲しいんだ」


「………は?」




 龍夜の口から飛び出した言葉が耳から耳へと通り過ぎそうになるのを航平はすんでで止めた。


 それを頭の中で処理するのに、ほんの少しだが時間がかかった。




「妹の中二病を治すって……お前の妹って中二病だったのか?」


「ああそうだ。とは言っても、アニメとかでよく見るタイプじゃないぞ」


「あぁ……なるほど。そっちのタイプか」




 ひとえに中二病と言っても主に二つのタイプがある。


 自分が人外だと思い込むタイプと、自分は他の人間とは違うと思い込むタイプだ。


 どちらも「自分は周りとは違う」と思い込む部分は共通している。違うのは人間の領域に残るか残らないかぐらいだ。


 アニメなどで見るのは自分は悪魔の眷属だと思い込み、無駄に難しい言葉の表現をするタイプで、龍夜の妹は「自分は周りの人とは違う」と思い込み、無駄に皮肉的シニカルな言葉の表現をするタイプなのだろう。


 龍夜の妹がどういうタイプの中二病なのか理解できた航平。


 しかしここで、ふととある疑問が浮かんだ。




「お前が言いたいことは大体分かった。しかし、なんで俺なんだ?」




 龍夜はなぜ、航平にそんなことをお願いしてきたのか……


 それが気になったから、航平は直接疑問を投げかけた。


 それに対して龍夜は答える。









「だってお前、中二の頃はリアルタイムで中二病だったんだろ?」









 次の瞬間、航平の心の中で殺意が一気に膨れ上がる。


 それが表にあふれでないように押しとどめつつ、航平はゆっくりと口を開く。




「……誰から聞いた?」


「吉田だよ。隣のクラスの」


(あいつかぁ………)




 その吉田の名前を、航平はよく知っていた。


 吉田弥よしだわたる。成連高校2年の男子生徒で、航平たちの隣のクラスの生徒だ。


 航平とは中学の頃からの付き合いで、彼が中二病だった頃を知る人物の一人だ。


 当時のことは航平にとってちょっとした黒歴史になっており、当時のことを知る友人たちには誰にも言わないように約束をとりつけていた。


 しかし、弥はその約束を裏切る形で龍夜に話してしまったようで………




「お、おい。大丈夫か?なんか変な笑い声出ちゃってるけど」


「ククククッ…大丈夫だ。ただあのゴミ野郎をどう処分するか考えてるだけだから」


「いやそれ大丈夫じゃないよね。主に吉田の身が」


「てか、人の心配をしている場合じゃないと思うぞ」




 少し引いている龍夜を見つめながら航平が言う。




「お前も俺の黒歴史を知る一人になったんだ。もしも誰かに俺の黒歴史をバラしたら………」


「バラさない!絶ッ対にバラさないから!」


「なら良し」




 航平の言葉に龍夜は安堵する。


 龍夜と航平は高校に入ってからの付き合いだが、怒った時の航平の怖さは身を持ってしていた。


 その後、龍夜はアップルティーを飲む航平に訊ねた。




「で、引き受けてくれるか?」


「ん?う~ん……そういうのは放っておけば治るもんだと思うけどなぁ。俺の時がそうだったし」




 中二病は精神疾患ではなく、中学二年生にありがちな言動や行動、ひいては大人になってもその時の考え方や捉え方が抜けきれない人を指す俗称だ。


 世の中には中二病を引きずったまま普通に働いている人もいるし、航平のように自然と治っていく人もいる。


「中二病は絶対に治さないといけない」というほどのものでもないのだ。




「放っておけば治るって……それで治らなかったどうするんだよ!!大人になっても治らないままで、それが原因で会社とかでいじめられたらどうするんだ!!」




 バンッ!とテーブルを叩き、大声を上げる龍夜。


 賑やかで活気漂う店内の空気がざわついた喧騒へと移り変わった。


 通路を挟んで向こう側の席のお客さんの視線を浴びながら、航平は思い出す。




(そういばそうだった。こいつ……頭に超が付くタイプのシスコンだったわ)




 普段は真面目なしっかり者で副部長という立場からバスケ部を支える縁の下の力持ちの龍夜。


 そんな龍夜を慕う後輩たちから相談事を持ちかけられることが多く、まるで自分のことのように親身になって話を聞き、時に悩んだりもする。


 人柄の良い好青年な印象を持たれやすい龍夜だが、あまり知られていない一面がある。


 妹を溺愛するあまり、妹が絡むと人の話を聞かずに暴走し続ける。ブレーキの壊れた機関車のような状態になるのだ。


 一度こうなってしまうと、何を言っても聞く耳を持たずに暴走し続けるので―――




「ふんっ!」


「いッ、つうううう!!!」




 スネを軽く蹴るなどといった乱暴なやり方で止めるしかない。


 こんな一面があるため、バスケ部では「妹」という言葉は絶対に発してはならないNGワードとなっていたりする。




「ファミレスの中で大声出すなバカ」


「す、すまん………」




 謝る龍夜を見て、航平はため息を吐く。




(断るみたいなことを言ったらまた暴走しそうだな……)




 龍夜からこの話を持ちかけられた時点で、選択肢などないだろうと航平は思う。


 そんな航平が次に言える言葉は一つだけだった。




「わーったよ。引き受けてやる」


「ほ、本当か!?」


「ただし!報酬の前払いとして注文したの奢れよ」


「えっ?」




 条件を提示されて、喜びかけた龍夜は一瞬動きを止め、ついさっき注文した時のことを思い出す。
















「ご注文は?」


「ドリンクバー二つとマルゲリータピザ一つ」


「あとリブステーキと地中海風ピラフのオーブン焼き、野菜ソースのグリルソーセージ、小エビのサラダ、プリンとティラミスの盛り合わせで」


「どんだけ食う気だよ……」


「体育の授業でどっかのバスケ部の副部長が本気出したせいでいつも以上に体動かしたから腹減ってんだよ。今夜は親いないからここで夕飯済ませちゃおうってのもあるしな」


「それにしたって頼み過ぎだろう。どんだけブルジョアなんだお前は」


「昨日がバイトの給料日だったからいける量だな。普段ならもっと抑えてる」
















「……ちょっと待て。あれ全部奢れと?」


「のべ2645円になります」


「それに俺のピザとドリンクバー二つ足して3424円ってか?ふざけてるのか?俺、部活やってるからバイトしてないんだぞ?小遣い暮らしなんだぞ?」


「知るか。払えないってんなら仕事は受けない。他を当たりな」




 航平からの条件の提示に龍夜は頭を抱える。


 親からの小遣いでやりくりしている龍夜にとって、3434円はかなり痛い出費となる。


 一方、航平からすれば龍夜が条件を飲んでも飲まなくてもどちらでもよかった。


 元々、龍夜からの「妹の中二病を治して欲しい」というお願いに対してやる気はなく、個人的な財政状況がとてもいいので龍夜が条件を飲まなくても問題はない。


 むしろ(面倒だから諦めてくれないかなぁ……)と思っているぐらいだ。


 しかし、そんな航平の思いとは裏腹に―――




「………分かった。身を削る思いでその条件を飲もう。妹を昔の「おにいちゃんだいすき~♪」と言っていた頃に戻してやってくれ」


「それはさすがに厳しいから中二病の治療だけで勘弁してくれ」




 龍夜は苦渋の決断で、条件を飲むことを選んだ。


 友人からのお願いを受けざる負えなくなり、航平は心の中で溜息を吐きつつ、メニュー表に手を伸ばし―――




「おい。まさか追加注文してそれも奢れって言うんじゃないだろうな?」


「ただ見るだけだって。そんな外道なことを俺がすると思うか?」


「今さっきされた気がするんだが、気のせいか?」


「気のせいだろ」




 そうこうしていると注文したものが届き、二人は違う話題で駄弁りながらメニューを平らげ始めた。
















 ファミレスの一件から数日後。




 日曜日の休日。


 航平は灰色の厚手のパーカーに深い藍色のインナー、ベージュのパンツという休日ルックで高くなりつつある陽の光を浴びながら、龍夜に教えてもらった住所へと向かっていた。


 三鷹駅から中央本線で武蔵境駅へ。そこから西武多摩川線に乗り換えて白糸台駅へ。


 静かな駅前を抜けて、スマホとの睨めっこを繰り返しながら一車線の小さな道を歩くこと約5分。


 畑が点在する住宅街の中を歩いていた航平の目の前に築数十年は経っていそうな「北原」という表札を掲げた薄黄色の一戸建てが現れた。


 その家のインターホンを鳴らすと、聞き慣れた声が聞こえてくる。




『どちら様ですか?』


「空飛ぶラーメン教の者ですが、入信しませんか?」


『間に合ってます』




 声が途切れて数秒後、玄関の扉が開いて3つの金のラインが縦に走る黒のジャージを着た龍夜が出てきた。




「ったくなんだよ空飛ぶラーメン教って。聞いたことないぞ」


「ラーメンは我々人類に幸福を与えてくださる至高の食べ物である」


「はいはい。とりあえず入れ」


「おじゃましましたー」


「じゃましてないのに帰るな!」




 航平は龍夜に言われ、あまり広くない北原家へと足を踏み入れる。


 中に入ると正面に2階へ続く階段が、右側には扉が現れて、扉を抜けるとキッチンとダイニングとリビングが一つになった大体20畳ぐらいの空間が広がっていた。


 そんな空間のリビングにあたる部分にあるソファに、黒のジャージ姿の少女が座っていた。


 セミロングの金髪をほんの少し揺らしながら、少女は入ってきた航平を見つめ、口を開く。




「キミが、兄さんの言ってた人かな?」




 喋り方と雰囲気から、航平は確信した。(こいつは本物だ)と。


 これが、元中二病の壱村航平と現役の中二病である北原侑沙きたはらありすとの出会いだった。

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