僕らはボールの中に住んでいる。

ケンコーホーシ

第1話

 人類がボールに捕獲されるようになってから数百年の時が過ぎた。

 いまやこの地球の支配者は彼ら新人類のものとなっている。

 新人類は僕らと違い炎を吐くこともできないければ、電気を出すこともできない。

 空も飛べなければ海も渡れないし滝登りもできない。

 けど、彼らには知恵があった。

 木を切り倒し道具を作り出し、岩を掘り鉱石を研磨して武器とした。

 やがては高度な加工溶接技術を身につけ、さらには自分では出せないくせに電気を生み出すからくりを作り出し、それを運用しはじめた。

 その頃からだっただろうか、僕たちを捕まえるボールが生まれたのは。


 彼らとの付き合いは長かったが、それまでは比較的対等な関係だったと思う。

 僕らと新人類の間に境はなく、大きな目で見れば等しくこの大地に住む仲間であった。

 だが、今は事情が違う。

 新人類は僕らを捕獲する手段を用いて、ボールの中に閉じ込めた。

 捕まえられた僕たちは新人類の言うことを聞く下僕となり、

 彼らは僕らをペットにしたり、勝負に使うようになった。


 何百種類もの多様な生命体である僕ら旧人類は新人類の研究対象となり、図鑑に記録され形状を覚えさせられ分布を把握され、僕ら旧人類は新人類の管理下に置かれることになった。

 いわゆる幼年期の終り、人類史における一つの幕が閉じて、世界は新しいステージにアップデートされたのだ。

 ……なんてね。

 歴史をこうして紐解いていけば、僕ら旧人類は負けて新人類に支配されるようになった訳だけれども、今の時代を生きている僕らからすればそれはさほど大きな問題ではない。


 ボールの中は正直快適であるし、新人類の管理はそこまで厳しいものではないし、むしろこれまでの時代と同様に友達付き合いに親しい間柄でうまくやっていこうぜって連中も沢山いる。

 もちろん、僕ら旧人類を悪事につかったり、世界の滅亡の道具をして利用とする新人類も中にはいたけれど、大抵は新人類内でうまいこと処理されて大事には至っていない。

 もちろん僕らの倫理観からすればそれがどうして悪いのか、理解に苦しむところもあるのだが、まあ、いいだろう、管理下にある親の言うことは聞いておくもんだ。

 

「情けないな貴様は。旧人類としての誇りはないのか」

「ないよ別に。生活も楽ちんだしね」


 そんな僕はすでに新人類にボールで捕獲された側に回っており、すっかりと毒気も抜かれてぬくぬくとボール生活を堪能していた。

 ただ、最近はすこしだけ事情が変わってきており、僕を捕獲した新人類が僕を変な施設に預けて消えてしまったのだ。

 隣りにいるのは見慣れぬ同居人、彼(彼女?)も僕を捕獲した新人類を同じ親とするいわゆる兄弟なんだけど、……これって一体何なんだろう。

 

「ねぇ、君。ニンゲンさんはどこに行ったんだろうね」

「はんっ、そんなことも知らないのか。その尖った両耳は飾りか」


 酷いこと言うなぁと僕がガッカリしていると、同居人は手招きをして僕を施設の柵の近くに呼び寄せた。

 

「なに?」

「見てみろ、いるぞニンゲンだ」


 と、しーっと、器用に指を作って僕の方を見る。

 なんだ意外と優しいじゃないか。

 僕は彼の隣にたって柵の向こう側を見た。

 するとニンゲンさんが自転車に乗りながら走り回っていた。

 

 右へ。左へ。

 右へ。左へ。

 どこかへ向かうことが目的ではないようだ。同じ範囲のエリアを往復を繰り返してまるで運動をして痩せようとしてる人みたいだった。

 

「何してるのあれ?」

「時間を経過させてるのさ」


 確かにニンゲンさんが動くたびに太陽は動いてるし、雲は流れていく。

 でもそんなことをしなくても時間は経過するし、お腹は空くはずだ。

 

「あんなことしても時間は経たないよ?」

「まあ、アレは新人類のまじないみたいなものさ。生命体によって主観的な時間は異なるからな、アイツラはあれで時間の経過を認識するのさ」

「ふーん、わかんないや」

 

 僕は変わらず動き続けるニンゲンさんを見てると、眠くなってきたので欠伸をする。ふと同居人の身体に可愛らしい赤い糸が巻きつけられているのが目に入った。

 どうやら僕は彼のことをオスだと認識していたのだけれど、本当はメスのようだった。


「あ、ごめん、女の子だったんだね」

「……ん、ああ、これか。ちげーよ。アニメのキャラじゃないんだから、こんなんで性別判断するわけねーだろ。俺にはオスメスって概念がそもそもないのさ。どっちにもなれるって言ったほうがいいかな」

「あー僕の友達にもいたよ。そういう子」


 僕はもともと新人類がいなくなった発電所の近くに住んでいたんだけど、そこには金属でできた不思議な仲間がいっぱいいた。

 すぐ爆発しちゃう子とか、磁力を持って空を飛んでる変な子もいた。

 彼らも確か自分たちには性別がないって言ってたっけ。

 

「俺はアイツラとはまた違う。ある種選ばれた人類と言ってもいい。新人類の玉座を奪い、この地球の支配を再び取り戻す存在といってもいい」

「へーすごいね」


 興味のなさそうな僕のほっぺを同居人は思いっ切り、つねった。

 見るとその姿は元々僕が住んでいた故郷によくいた、磁石のあの子の見た目をしていた。

 

「うわ懐かしい! 痛い! ぎゅぅぅぅってしないで!」

「こういうことだ。俺は他の人類に見た目を変えることができる」


 と言って今度は僕の種族が進化した時の姿に見た目を変えた。

 うわ、スゴイ。本当に見た目を変えられるんだ。

 

「でも、どうして僕の進化系に?」

「ふふふ、それはだな……」


 と同居人は急に怪しげな瞳を輝かせた。

 なんだかさっきまでの間抜けな表情や、磁石のクールな表情とも違う。

 ちょっとだけヤンデレ気質な怪しげな気配を感じる。

 

「あ、あれ、どうしたの急に……」

「さてお喋りの時間はおしまいだ。これから貴様は俺の偉大なる野望の礎の生贄となるのだ」

「あ、あれ、あれあれあれ、ちょ、なんでそ、そこは待って待って待ってそんな入らわ、」


 うわぁぁ――――――!

 どこか遠くで、駆け抜ける自転車の音が聞こえていた。

 

 ◇

 

 察しの言い方は気づいたと思うけど、僕は同居人に殺された訳でも食べられた訳でもなかった。

 ……いや正確には食べられたといってもいいのかもしれないけど。

 現在の僕は20人の子宝に恵まれた大家族のパパとなっていた。

 まあ正直僕ら旧人類のほとんどは子育てはしないし、皆野生に帰っちゃったみたいで顔は合わせていないんだけど、これだけの子供ができて僕としては大満足だ。

 

 お相手は恥ずかしながら一緒にいた同居人だった。

 どうやら僕は気づいてなかったんだけど、この施設はいわゆる子供づくりのためのレンタルルーム的な場所であって、結局のところ僕は休憩所って書いてあったら休憩する所なんだなぁと素直に受け取ってしまうような青二才だった訳だ。

 いやはやお恥ずかしい……。

 

 でもあの日を境に僕の中で子供ができたこと意外に一つの変化があった。

 それは自分の生んだ子供たち、20人の意識がなんとなく分かるようになったのだ。

 どうもニュアンスを伝えるのは難しいんだけど、自分じゃないけど自分みたいな意識があって、

 どうやらこれは同居人がもっていた赤色の糸が原因らしい。

 

 あれはどうやら組紐と呼ばれるもので、よりあつまって形を作り、ねじれて絡まって、まるで時間のように複雑に絡み合う要素を象徴しているあの道具は、所有しているものが他の人類と交わることで、自身の意識が子供へと遺伝させることができるらしい。

 これをムスビといって新人類は僕らの優秀な才能や特性を引き継がせるために使用するそうだが、僕らの意識があの糸によって統一されていくことは知らないらしい。

 

「これが同居人の言ってた。新人類の玉座を降ろす方法かぁ」

 

 近年、発展した研究成果によって、僕たち旧人類に赤い糸をもたせて例の施設に入れることがブームになっているらしい。

 その尖兵として送り込まれるのが、僕のお相手でもある"へんしん"といった力をもった種族の旧人類であり、彼らはあらゆる僕ら人類の姿に化けて子供を生むことができる。

 

 僕が20人の子供をもってから数年の月日が流れたが、いまや倍々ゲームのように僕の子供たちはそれぞれ20人以上の子供をつくり、僕の意識は400人以上に浸透し、さらにその400人がさらに子供を生み、160000人となり、無限に僕の意識は偏在し出した。

 

 今や僕の意識は僕だけのものではなく、さらに言えば僕の種族が交わった違う種族の旧人類の意識も紛れ込み、さらにスゴイのは、僕の子孫がさらに"へんしん"を覚える彼らの種族と交わることで、僕の意識はその構造をつかむことが不可能に近いネットワークの中に埋没していった。

 

 そして広大なツリー構造の地平の果てで僕の子孫の一人がとんでもないことをしだした。

 新人類と交わったのだ。

 もちろん広い世界があればそういう酔狂なことをする存在も現れる。ただこの時世界に変化が訪れたのは、その交わりをした新人類のお相手が僕のベースとなった黄色の赤いほっぺたのネズミではなく、

 あの"へんしん"を使える種族だったのだ。

 

 あの生き物は子供を生んだ。悠々と当たり前のように新人類の子供を生んだ。

 そこからネットワークは格段に広がった。

 遮断された領域が崩れるように、ダムが決壊するように、激流のように僕らの意識は新人類へと蔓延していった。

 

 別にこれは征服でもなければ侵略でもない。

 道具によって至極単純に繋げられた遺伝の連鎖が新人類へと及んだ。

 それだけの話であった。

 

 いくつもの交わりを経て僕らは遠くない未来一つに統一されるだろう。

 それは別に怖いことではない。単一種族であろうとも"へんしん"を使える彼らであればどんな環境下でも生きていけるだろうから。

 

 人類史における一つの幕がまたあらたに閉ざされ、ボールに入っていた僕らは新人類を捕獲可能になった。

 全ては統一され世界はまたアップデートされるようになったのだ。

 ……なんてね。



◆あとがき

 最近ゲームが楽しすぎて小説を書けてないので戒めのつもりで書きました。

 執筆時間だいたい3時間くらい。

 書いてるときはノリノリだったんだけど、冷静に考えたらいろんな人に怒られそう。

 お口あんぐり。



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僕らはボールの中に住んでいる。 ケンコーホーシ @khoushi

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