第2話
風花の舞う冷たい旋風のなか、黒檀で作られたような輿を護り、冬宮の一行が大門に近い大路に現れた。
黒と金を基調とした重々しい行列は、こちらも竜女に先導され、鈴の音を響かせながら歩を進める。
騎馬や列の両脇を固める者は帯刀し、軽装ではあるが黒い鎧を身につけている。戦支度と言うには雅な装飾の多い姿ではあるが、使者というより兵士のようだ。大門の広場まで迎えに出た夏宮の天人たちは、近づいてくる一団に眉をひそめた。
北方の守として長きに渡り、人知れず魔風穴を抑えてきた人々だ。武人よりの文化に傾倒していても無理からぬこと。しかし、ほぼ初めてに近い交流の場に、矛や刀を持った一団が現れれば南の臣が不安を抱くのは当たり前の反応である。
初めてみる北の地の天人を、城下町の人々は固唾を呑んで見守っていいた。道を濡らす水さえ凍てつきそうな気配に、竜女が鳴らす鈴の音すらキンと冴える。
大門の上、重厚な城壁の上に設えられた瓦屋の楼閣から、身を乗り出すように、霰は冬宮の行列を見下ろしていた。既に顔なじみとなりつつある門番に『危ないから』と諌められつつも好奇心には逆らえない。
真っ黒で、
宇津田姫という名の冬宮の姫は、閉じた貝の中で育まれた真珠のように、大切に育てられていたに違いない。誰に聞いても明確な人となりを知っているものがいなかったのだ。物語でしか語られないような深窓の姫とは、どのような人だろう?
霰は一目見たいと思っていた。
門に近づいてくるにつれ、輿のなかがわずかに垣間見える。風に揺れた布の隙間に一瞬姫の顔が見えたかに思えた。雪のように美しい顔と目が合う。
思わず手を振ろうとした時、腕を引かれて楼閣へ引き戻された。
「そんなに身を乗り出したら落ちるよ!」
正装に身を包んだ彩華だった。
センが冬宮へ行っている間、霰は彩華の預かりとなっている。夏宮の者でない彼が使者の歓迎に加わる必要はないのだが、彩華も北の姫がどのような人なのか見てみたいと思ったらしい。目立たないように百官と同じく正装で身を固め、離れたところから見物する気でいるようだ。
「もうすぐ広間に冬宮の使者が通される。宇津田姫を見たければ一緒においで」
霰はその言葉に素直に従った。
お着きの声とともに、使者を迎えた大門が閉じる。
**
輿の屋根より下がる垂れ衣の隙間より、夏宮の城内が垣間見えた。
冬宮ではお目にかかれない南国特有の木や草花が、雪景色になれた姫の目に鮮やかに映る。これがただ一介の旅人として訪れたものなら、これ程心を浮き立たせるものもないだろう。しかし、これから曰く付きの宮預りとなる身としては、楽しめるものではなかった。
早朝、出立する宇津田姫を見送るものはなかった。
夏宮息を指示した
凍てつく城門より冬将軍が見送る姿を見たような気がした。しかし、それを喜ぶ気にはなれなかった。
かつては頼もしく思えたその姿も、見れば不安を募らせる。
自分が冬宮を去ったのち、何が起きるというのだろう。次にこの門をくぐる事は出来るのだろうか。
夏宮の大門をくぐりながら、宇津田姫はその門に冬宮の門を幻のように重ねて思い出していた。
大門を通り過ぎるほんの一時、城壁に子供の顔が覗いた。
通りにできた人垣や、迎え出た夏宮の天人など、皆が忌むべきものがやって来たとでも言いたげに、こちらを見ているなか。その少女だけは、透明感を持った視線で宇津田姫の輿を見下ろしていた。こちらが少女を見ていることに気がついたのか。微かに手を振ったように見える。その顔に敵意はなく、枯れ野に花を見つけたようにほっとした。
つられて手を上げるも、それを振る前に、少女の顔は城壁の縁より奥へと引っ込んでしまった。誰かに呼ばれたのかもしれない。
宇津田姫を送り届けるための長い長い行列は、大門の前の広場を埋め尽くすようにして整列していった。やがて全体が収まったのか、背後で大扉が軋みながら重厚な音を立てて閉まる。
宇津田姫はその音に、退路を断たれたような心地がした。
とうとう後戻りの出来ないところへ来てしまった。
されど、そもそも来ることを拒むことすらできぬ身だった。
退いても独り。進んでも独り。孤独はいつものこと、得意分野ではないか。この後に及び、一層凍てつく己の心を鼓舞するように自嘲めいた笑をこぼす。
やるしか無い。
これにしくじれば、冬宮の存在そのものが危うくなってしまうかもしれない。
やるしか無い。
己の宮へ帰るために。
輿のうち、伝達の上げるお着きの声を聴きながら、宇津田姫は凛と顔を上げた。
雨音く 縹 イチロ @furacoco
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