第34話 神様からの贈り物
食事が終わった後で、のんびりコーヒーなんかを頂いていると、十広さんが思い出したように言った。
「ああ、そう言えば、エリザベスさんからお手紙来てたわよ。結婚なさったんですって」
「へー。結婚したんですかぁ。そりゃあ良かった」
十広さんから渡された封書を開くと、中に写真が同封されていた。笑顔満開のエリザベスちゃんと、多分そのお相手の男性のツーショット。頭に猫耳乗っかってるから、同族の奴なのかと思う訳だが……
「こりゃぁまた……なんつーか……」
「猫耳付いてる以外は、
「ははは……ですね」
「要するに、おっさんみたいなのが、猫娘のドンピシャタイプだったって訳だな」
コリンが納得したように言う。
「だったのかなぁ……」
今更ながら、写真を見ながら苦笑するしかない。
もしかしたら……なんて、ちょっと思わなくもない。これまでの三十二年間で、あれほど分かりやすく好意を寄せられたことはなかった訳で。これから先の人生、ああいうことはもうそうそうないだろうと思う訳で……
そんなことを考えていると、横から写真を覗き込んでいたラムダリアが、何か言いたげにチラリと俺の顔を見た。
「なんだよ……?」
「惜しいことしたーって思ってたりして」
「いや、思ってないから」
そこは即答。いや、見栄とか張ってねーから。
「ホントに?」
なぜだか、この娘っこは念を押してくる。
「ホントに。ああ、十広さん、お祝いに何かドレスとか贈ってやりたいんですけど……お世話になった人だし」
「あらそう?じゃ、後で工房の方に顔出してね。見立ててあげる」
「お願いします」
言って俺が頭を下げた上から、十広さんがまた思い出したように言う。
「そうだ、忘れるところだったわ。ちぃちゃんから九世くんに、伝言があったの」
「うっ……八世さんから……ですか?」
もう面倒ごとの予感しかしない。
「『迷惑掛けたお詫びはする』ですって」
「……何ですか、それ」
「さあ?でも、お詫びって言うくらいだから、悪いことじゃないと思うけど?」
「だと良いですけどね」
十広さんは、概ね、八世さんに甘い。なので、その見立ては当てにならない気が、しますっ。
そして――
そんな俺の予感は、まあ何というか、不幸にも当たってしまうことになるのであった。
それから数週間。穏やかな日常に、俺がその悪い予感を忘れかけていた頃、それはいきなりやって来た。
とある朝御飯の食卓で、俺がフェリの芸術的な目玉焼きに感動していた正にその時――
「ちひろ~会いたかったよ~~」
そんな女の子の声と共に、いきなり背後から羽交い締めを食らった。その衝撃で、手にしていたフォークが黄身にプツンと突き刺さり、芸術的に美しかった目玉焼きは、無惨にも蹂躙された。
「あ↘ぁ」
こんな些細なことで、人生損した気分にさせられる。向かいの席のコリンには冷めた目で見られるし、横にいるラムダリアは無表情なまま、目玉焼きにツプツプとフォークを突き立てている。
部屋の温度が一気に十度位下がったんじゃないかと思う程の、空気の冷たさを感じる。
「でー?俺にぶら下がってるキミは……だれかなーっ?」
その答えは、十広さんが教えてくれた。
「あぁ、そう言えば、ちぃちゃんから、連絡貰ってたの忘れてたー」
「え?八世さん?」
反射的に背筋が伸びる。そこに双羽さんが付け加える。
「あ、そうなんだよ。次の魔王番がじきに来るから、よろしく面倒みてやってって」
「ま、魔王ぉ~?」
――こんな小さな女の子が?
「ハザマ
背中から女の子の弾んだ声が言う。
「ともかく、一回、ここから下りようか?」
俺が促すと、女の子はトンと軽い音を立てて床に着地する。
「ラムダリア」
「何かしら?」
「食事中に悪い、八世さんに繋いでくれ」
「……」
ラムダリアは黙って立ち上がると、つかつかつかと壁際に寄って、徐に壁を――
「……ま……わし、蹴り……って」
うっわ初めて見たわ。新バージョンかよ。ラムダリアの蹴りが決まった場所にぱあぁと魔法陣が浮かび、そこに扉が出現する。
「ていうか、何か怒ってる?」
「知らない」
――って言うときは、だいたい怒ってんだよな、こいつは。何怒ってんだか。
俺はラムダリアが魔法で出した扉を開く。扉の向こうは狭間の空間――つまり、八世さんのいる所だ。
「八世さんっ!!これ、一体どーいうことですか」
「やあ、来たね。あ、コーヒー飲む?」
「いりませんっ!新しい魔王って一体……」
「ああ、あれ?可愛い子でしょ?」
「そういう話じゃなくてですねぇ」
「あれ?僕としては、『お詫び』のつもりなんだけど」
「どこがお詫びてすかっ!」
「え?だって、九は子供の面倒みたりするの好きなんでしょ?」
「……違いますから。神様のくせに、全部分かってて言ってますよね」
俺が抗議をすると、八世さんはぬるーんとした笑みを浮かべる。ハザマさんも大概だったが、この神様も違う意味で困りモノだ。
「ま、ここだけの話だけどさ。お見合いした彼女、九は断っちゃったでしょ?」
「う、まあそうですが」
あの分岐を、俺は彼女のいない方の未来を選んだのだから。
「うん。そうしたら、なんと彼女、いつせさんの息子と結婚することになったらしくて。で、いつせさんから、申し訳ないから、九に誰か紹介してあげてって言われたんだよねー」
「随分ソフトに語ってますけど、その話の間に幾つ取り引き入ってます?」
「そこは企業秘密」
神和の宗主と神和の神様は、日常茶飯に喧々囂々そんなことをやっている。
「……ま、そんなことはどうでも良いですけどね。あんな小さな子に魔王やれなんて、無茶でしょうが、可愛そうですよ」
「いや、そこは、まーちゃんの希望だから」
「まーちゃん?」
「魔王だから、僕はまーちゃんって呼んでたけど。……あの子、名前ないんだ。だから、九も好きに呼んだらいいよ」
「名前がないって……」
――つまり……親がいないってことなのか。
「大丈夫。まーちゃん、あの年でなかなかの才女だし、大きくなったら、きっと美人になると思うの」
「だから?」
「九の彼女にどうかなって」
「……年齢差ありすぎでしょうが」
「あれっ?九って、ロリコンなんじゃないの?ちっちゃい子にすぐなつかれるじゃない」
「違いますから」
「ま、とりあえず面倒みてあげてね」
「これ、お詫びじゃないですよねっ?」
「神様からの遣わしモノだよ。有り難く受け取らなきゃ、バチが当たるよ?」
――勘弁しろよーーー
そんなこんなで俺の予感は、不幸にも当たってしまったのだった。
「あ、目玉焼き食べる?これねぇ、この希少な胡椒をパラッと振るのが一番美味しい食べ方だよ。ね?食べてみて?」
「……んま……おいしい。頬っぺた落ちるっ。んー幸せー」
俺が戻ると、コリンと十広さんと双羽さんの姿はすでになく――もう、仕事に出たのだろう――ラムダリアとフェリに挟まれたまーちゃん(仮)が、和気あいあいと一緒に朝御飯を食べていた。
――何だか馴染んでんなぁ……つーか。女の子三人並んでるとことか、眼福だなぁ……
「あ、千広さんお帰りなさい。食後のコーヒー飲みますか?」
俺を見つけたフェリに声を掛けられる。
「……おう、頼むわ」
元々、世話好きなのは、ラムダリアの方だ。まあ、まーちゃん(仮)が魔王をやるのかどうかはひとまず置いておいて、他にいく場所がないなら、ここに居ればいいよと思う。
「ちひろんと話、付いたの?」
ラムダリアがこちらを見て訊いた。
「ここで引き取ることに……した。お前が反対じゃないなら」
「いいんじゃない、別に」
「……うん。なら、決まりだ」
「ありがとう」
「ん?」
「訊いてくれて」
「ああ。だって、ここはお前の家じゃん?」
「それでも、よ」
「……?」
――ここを居場所に選んでくれて、ありがとう。
不意に近づいたラムダリアの顔に、ドキリとさせられた所で、耳元にそう囁かれた。それから耳にふわりと柔らかな感触を感じた。
――ふぁっ?なななな……っ……おまっ、、それ子供がするこっちゃないだろー
狼狽して耳を押さえて立ち上がると、俺を見上げたラムダリアは、クスリと笑ってそのまま姿を消した。
「仲良しうらやましー」
まーちゃん(仮)がこっちを見て、あどけない笑顔を見せてそう言った。
――え?仲良し……なの?俺たちは。顔を合わせれば、ケンカばっかしてるのに?
「ぇえ?」
そこで気づく――
彼女は魔法使いなのに、俺に対して一度も魔法を使ったことがない。酔っ払って絡んだ時なんか、その場で消し炭にされたっておかしくはなかったと思う。
――それってつまり、
「どういうことだよ?」
その答えが出るまでには、俺のある部分(主に恋愛関係)のスキルの低さから、もう少し時を待たなければならなかった。
そう。彼女が大人になる日まで――
【 例えどんなにチートでも、今日のキミは僕の下僕 完 】
例えどんなにチートでも、今日のキミは僕の下僕 抹茶かりんと @karintobooks
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