第3話 血赤サンゴの思い出

 私は高校時代を長崎で過ごし、その後は横浜で暮らした。


(海上保安官になって、東シナ海のサンゴを密漁から守りたい)


 その夢はいつしか都会の喧騒にかき消され、なぜかメーカーで液晶技術者になっていた。しかし、勤め始めて数年間、何の充実感もないままの日々に疲れ、富江町を訪れたのである。


 もうこの地には実家はない。いっしょに黒岩に釣りに行った父もすでに亡くなった。私は当てもなく天保の海岸を通り、黒岩まで歩を進めたのだ。すでに太陽は没して満天の星空が広がり、打ち寄せる波の音が大きく聞こえてきた。


 翌朝、民宿を出て福江港方面行のバス停留所に向かった。途中町で一つだけの写真館のそばを通った。何気に覗き込んだ小さなショーウインドウの写真の中に、父母と写ったひとみの姿が…。フェリー乗り場で最後に会った日のままだ。首には、あの血赤サンゴ…。


 私は暫く写真に見入ってしまった。バスの時間が迫っていた。だが構わず中に飛び込み、店の人に写真のことを訪ねてみた。ひとみは地元の高校を卒業後、大阪で就職した。島を去る直前に、この家族写真を撮ったらしい。


(ひとみも遠い都会の空の下だったか…もう十年は経つか…)


 それでも体中に、思い切り力がみなぎるのを感じた。

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サンゴの町の物語 海辺野夏雲 @umibeno

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