仙台のアニメショップなはぜ魚臭いのか?

安藤そど

第一章

 アパートの部屋からでてきた友人の眼球が飛び出している顔をみて、思わず魚だと思ったのだ。

「やあ、君か」

 声は掠れていたが聞き覚えのある声で安心した。俺は冗談っぽく言う。

「どうしたんだこの一ヶ月半大学にもでてこないで。田舎の大学だからってそろそろやべえぞ」

 彼は頬も身体も痩せこけていたが、眼光だけが鋭い。

「……入れよ」

 招かれて部屋に入ると生臭く甘ったるいにおいがした。

「お香でも炊いているのか?」

「いや? ここ最近まったく外にでていないんだ」

「ちゃんとご飯は食べているのか」

「食べているよ……体の調子がすごくいいんだ」

 外にでていないのに、食料があるのだろうか。

 居間に通されると、独特の臭気が強くなった。

「あのフィギュア見たことないけど、オリキャラ?」

「いや、うん……」

 レオタードのようなピッチリとした服を着ている。デッサンに使う素体みたいだ。

 小さな口元に大きな潤んだ目をしている。

 見つめ返された気がした。

 俺の喉が鳴る。

「このフィギュアは特別なんだ。ある街のショップでみつけてから虜になって、寝ても覚めてもずっと一緒に――おい! 触るな!」

 強い叱咤で止められて、そのとき俺がフィギュアに手を伸ばしていることに気がついた。

 手を引っ込めると、彼は我に帰ったようにまた小声でいった。

「ああ、すまない。でもすごいだろ」

「まるで生きているみたいだ」

「そうなんだよ! 耳を近づけてみろよ」

 俺は触れないように耳を傾けた。

 トクッ、トツ、トク。

 心音のようなものが聞こえる。

「ビサクなんだ」

「どういうことだ?」

 俺の問いに答えることなく、友人は立ち上がり部屋をでていった。バタンと扉が閉じた音がした。トイレに入ったようだ。これ以上この部屋にいるとおかしくなりそうだ。「もう帰るから」と一声かける。返事はなかった。


 二日後、友人が失踪した。

 友人の両親の了解を得て、部屋を調べてみることにした。

 部屋の中にあのフィギュアはなかった。

 ベッド脇の棚を調べてると、隙間に一枚の紙が挟まっていた。

 商品名に『ビサク』と書かれていた、某アニメショップのレシートだった。

 レシートの住所をみる。

 宮城県仙台市……


 次の日、電車を乗り継いで住所の場所に行くことにした。

 JR仙台駅から出ると、どんよりとした曇り空が広がっていた。

 目的地に近づくにつれて、友人の家で嗅いだ臭いが漂ってきた。目の前にあったのは魚屋であった。並びには魚屋だけではなく、様々な店がひしめいている

 通りの中央に垂れ幕が掲げられており『仙台朝市』と書いてあった。あの生臭さは魚介類のにおいだったのだ。

 目的地は古い雑居ビルだった。看板にアニメショップの名前が書いてある。

 友人はここでフィギュアを手に入れたに違いない。

 ショップの中をうろついていると、奥から騒がしい音が聞こえてきた。

 そこは小さなゲームコーナーだった。対戦型のゲーム筐体が向かい合わせに一組置かれていた。手前で黒いフードを深くかぶった人物がゲームをしている。俺からは影になってみえないが、対戦相手がいるらしい。

 正面の画面が目に入る。十五年前に発売された格闘ゲームだった。

 だがキャラが異様な動きをしている。後退したかと思うとぬるりと間合いに入っており、キモい。ゲームは知っているが、別物だ。

「ビサクのことを知りたいのだろう」

 画面を見たままフードの人物は話しかけた。

「あのフィギュアの正体は」

「我らビサクの幼体だ」

 問いに軽く答えた人物が振り向く。

 顔面が褐色のイボに覆われていた。いいや、目も口もない。

 卓上にある手は細長い管が何本も伸びてボタンやレバーに絡みついていた。画面では変わらず対戦を続けている。

 生臭さと甘ったるいにおいが鼻をついた。友人の部屋で嗅いだ臭いだ。

「ビサクとはなんだ、お前は何者なんだ」

「脊索動物門尾索ビサク動物亜門 ホヤ綱」

 ホヤとは海のパイナップルと呼ばれる食材だ。独特の風味で磯臭さとかすかな甘みがある。宮城県の特産物である。

「我々は仲間を増やすために海からやってきた。ここなら我等の体臭も誤魔化しやすく、活気もあって宿主もみつけやすい。しかし宿主の虜の仕方を迷っていた。そこでアニメを使うことにした」

「それがあのフィギュアか」

「架空を象るキャラと相性がよかったのだ。幼体をフィギュアに擬態せて陳列し、相性の良さそうな個体を選び、宿主に固着し、精力を奪い成長したのだ」

 ゲームの対戦が終わっていた。黒フードがパーフェクトで勝利していた。

「ところで、君はなぜここにきたのだ?」

 唐突に問いに戸惑う。

「友人の、失踪した、原因」

 断言できないでいる俺を鼻で笑う。

「嘘はダメさ。会いたいんだろう?」

 ガタンと椅子が動く音がした。

 ゲーム筐体の向こう側にいた対戦相手が立ち上がった。

「まだ動きがぎこちなくて、ゲームが下手でねえ」

 あのフィギュアと同じ格好で、私と同じ背丈のものが、私に近づき腕を絡めて――

 キスをしてきた。

 ホヤの風味が広がる。


 これが三年前に起きた事件のあらましだ。

 私は直後にビルから這い出て、地元に帰った。

 今では友人の消息も、黒フードの行方も知らない。

 ただ俺の身体からあの臭気が漂うようになってきた。またあの場所に行こう。そして――

 ホヤを食べよう。

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