星都物語
古流望
第1話
JR姫新線をご存じだろうか。
兵庫県姫路市と岡山県新見市を結ぶローカル鉄道だ。2016年には開業80周年を迎えた。
昔から近隣住民の足となっている路線だが、全線を通して運行する列車は無く、姫路から岡山に行こうとすれば一度列車を乗り換える。乗り換える駅の一つが、佐用駅だ。
筆者が明石に住んでいた折、この佐用駅に降りる度に郷愁を感じた。駅のある佐用町は自分が生まれた故郷であり、幼少の時分を過ごした町だからだ。
小学生の時に友達と駅を利用したことなどをふと思い出すこともあり、変わらぬ様子に安堵さえした。
兵庫と岡山の境に位置する佐用町は、奈良時代に書かれた播磨国風土記にも登場するほど歴史のある町。佐用の語源もここに書かれていて、后神が種籾を五月夜に巻いたところ一晩で実り、そこから五月夜(さよ)の郡と名付けられたという。昔から夜に縁のあった町であったところに、趣を感じる。
また風土記によれば土地は豊かであり、実り多く産物豊富な場所とされ、特筆されているのは鉄を算出したことだ。
鹿庭山の四方十二の谷は皆、鉄を産する也と書かれている。
風土記に書かれた鹿庭山とは、現在では大撫山という。
この大撫山には日本屈指、世界に誇る天文台がある。
水清く蛍や鮎の住む川があるように、佐用は空気も澄んでいて天文観測に向く。山に囲まれた土地であることから、都市部の明かりに邪魔されることなく、夜に見上げれば宝石の如き煌きがあることは有名である。
これを指しては星の都と呼称し、佐用町のキャッチコピーにも使われた。
一口に星が綺麗と言っても、見る場所で星が変わるわけではない。星はいつも空にあり、いつだって我々を見守っている。
日本中を見渡せば、佐用以上に人工の明かりが少ない町や、空気が清らかで空の澄んだ町があるかもしれない。筆者は不勉強な身の上だが、うちの町の方が星も綺麗だという者は居るだろう。
しかし、佐用に生まれ育ち、佐用から離れたことのある筆者だからこそ断言できる、佐用が星の都と呼ばれる理由がある。
それは、五月夜の名前の通り、五月の夜に星が降ってくるからだ。
古来から日本の文化の基本は稲作。
かつては何処の集落でも、必ずと言っていいほど米作りを行っていた。宮沢賢治の詩に謳われる様に、一日に四合の玄米を食していた時代もそれほど昔のことではない。
古くからの伝統が残る佐用では未だに多くの田んぼが残っていて、春には田植え、秋には稲刈りといった光景もあちらこちらで見られる。
赤とんぼの歌に歌われるようなアキアカネの飛び交う光景などは、子供でなくともどこか楽しくなってくる趣があり、筆者などは網を持って駆け出したくなる童心を忘れられない。
米という字は、分解すれば八十八となる。これは、米作りに掛かる手間の数ともいわれるが、昔から稲作には手間がかかるもの。
土づくりに始まり、育苗、施肥、代搔き、田植え、水抜きなどなど。とにかく時間と労力が必要な稲作。
そして、五月ごろに行われるのが代掻き。一旦水を溜めた田んぼの土をかき混ぜて平らにする作業で、これが無ければ田植えが出来ない重要な作業。
田んぼの一枚一枚に、余すところなく水が張られる季節の風物詩。
五月。代掻きの終わった田んぼの中を、夜中に散歩したことがある。家の近くを流れる川の傍。
幾日か五月晴れの続いた日の夜だった。雲も無い夜空には、当然のように星が光っている。
輝き瞬く満点の空の中、ふと、光の粒が空だけでないことに気付く。
眼下に数え切れないほどの星が敷き詰められていた光景。田や川の水面に映った、天の川のような輝きを見た時。雨が地を濡らすが如き星降りの目撃者になったと心が震えた。
昨今は過疎も進み、この感動を知る者が段々と少なくなっていると聞く。
千年を越える歴史を持つ佐用もまた、時代の大きな流れには逆らえないのだろう。
しかし忘れてはいけないのは、川の流れが天にも輝くように、時代の流れもまた空にあるということだ。
時代を作るのは、人の想い。
いつの時代も、人は心が疲れた時、ふっと空を見ることがある。昼も夜もただそこにあり続ける星々。
もしも、いつか誰かが夜空を見上げた時。星都には星が降ることを知ってほしい。
きっと、すぐ傍の足元にも星が有る事に気付けるだろうから。
星都物語 古流望 @nozomu_koryu
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